第四章 “Love For love”〔1〕
心の中を見抜けたら、こんなことでいちいち悩まなかったんだろうか。
第四章 “Love For love”
昼休み。私はユキと二人で、裏庭でお弁当を広げていた。生徒たちの沢山いる教室では、先生のことは話せない。察したユキが私を気遣って、あまり生徒の来ない裏庭で食べようと言ってきたのだ。
一晩悩みぬいた私の目の下には、小さなくまができている。何でもない話をしていても、常に頭をよぎっているのはあのときの映像。壁際に追いやられ、間近で感じた彼の吐息。あのまま強引に、キスされると思ったのに。
「ねぇユキ。どうやったら相手の思ってること、見抜けるのかな」
無駄にお弁当の包みを見つめながら、私はぽつりとこぼす。午後に、月原先生の授業を控えているのだ。こんな気持ちのまま、私は授業する彼を見ていられるだろうか。
「……大人はずるいからなぁ! 子供と違って、表面を取り繕うってことを知ってるじゃない? 心の内を簡単に見せようとしないし、隠すのがうまい」
ユキの言葉に、確かに、と納得してしまった。大人の彼にとって、心を隠すなんて簡単なこと。センセイという建前を使って壁を作り、私達生徒には心の中まで決して立ち入らせない。
だけど、それだけじゃなくて。昨日の彼は、様子がおかしかった。彼が発する小さな合図を、私はもしかしたら見落としているんじゃないだろうか。それがわかっても、キスの仕方すら知らない私はただとまどうことしかできない。
「今日、月原先生の授業の日だね」
黙ってしまった私をどう思ったのか、ユキがふと思いついたように言った。
昨夜何度も考えたこと。昨日旧校舎であんなことがあったのだ。先生の態度も、何か変わるかと思った。だけど良く考えれば、先生はセンセイなわけで。
「ユキ。月原先生はね、どんなことがあっても、授業中はあくまでセンセイだと思う。良くも悪くも、仕事に忠実でしょ?」
自分の心を見せないのも、生徒と仕事以上のかかわりを持たないため。真面目なわけじゃない。熱心なわけでもない。ただ、淡々と仕事をこなしている。機械のように、忠実に。
「先生がセンセイであるって事実は変えられない。私が生徒だってことも変えられない。じゃあ、どうすれば近づけるのかって考えてた」
ユキは驚いたようにまじまじと私を見た。
「……麻耶さ、変わったよね。この短期間で」
「変わった? 私が?」
「うん。以前の麻耶だったらきっと、諦めてたんじゃないかな。先生に恋しても無駄だって」
そうかもしれないと思った。ユキに言われるまで気付かなかったけど、私は今までそうやって生きてきた。先生のことを冷めていると思っていたけど、私だって同じくらい冷めていたんだ。
「麻耶、あたし学祭の実行委員になってるんだけど、それ交代してくれない?」
ふと、ユキが思い出したように突然切り出してきた。ここまでの話の流れに完全に沿っていない。
……学祭。少し前に実行委員を決めたまま忘れていたけれど、もうそろそろ準備が始まる時期だっただろうか。
「なんで? ユキやりたがってたよね?」
私は眉を顰める。実行委員を決める話し合いの時、ユキは自分から立候補していたのに。
「とにかく変わって。絶対麻耶のためになるから」
そう言って、ユキはにっこりと笑った。