クーちゃん、興奮する。
瞼に光を感じる。
「ん・・・・・・」
目を開けると、見知らぬ天井が見えた。
視界が狭い。半分真っ暗だ。自分では開けているつもりなのに。
「お、起きたね」
声のする方へ顔を向けた。
そこには椅子に座り本を読んでいた少女がいた。
こちらは見ていない、視線は本に向けられたままだ。
それを見て、僕はあぁ、あれは夢ではなかったのだと落胆した。
「さて、とりあえず説明するよ。まず、ここは保健室。本来ここの利用はポイントが必要なんだけど、初回だけゼロでいいみたい。で、その左目の処置をした。君はもう三日は寝ていたのさ。お陰でゆっくり本を読めたけどね。でも、その分、大きく出遅れたね。すでに結構リタイヤしてるよ」
相変わらずこちらを見ない。淡々と口を動かしているだけ。
「ここでやっていくには、何においてもポイントが必要になる。施設の利用、食料、備品などなど。そのポイントは他のプレイヤーを狩ることで得られる。パートナーである殺人鬼はそのレア度によって変わるけど、プレイヤーの方は現時点でもってるポイントがそのままいただけるって寸法さ」
彼女がページを捲る。
「君は、ここがどこだか・・・・・・」
問いかけようと、すると彼女の言葉が割り込んできた。
「狂璃。次からそう呼んでね。クーちゃんでもいいよ。私は、そうだね、君の事をシッスンとでも呼ぼうかな」
「・・・・・・じゃあクーちゃん・・・・・・」
「お、本当に呼んでくれるんだ。それじゃこっちも、なんだいシッスン」
僕は随分昏睡してたらしい。
彼女は、自分達は出遅れているといった。
なら、関係ない話題はすぐに飛ばしたほうがいい。
「クーちゃんはここがどこだかわかるの?」
「うん。ここはね、景気が良かった時に建てられた元学園さ。しかも、無駄にでかいんだよ。一般的な校舎が三つ、隣あって三角形のような形を作ってる。それぞれ小、中、高等部だったみたいだけど、バブルは弾け、少子化の波にのまれて、数年前に閉鎖になった。だから今は廃墟に近い」
クーちゃんは僕よりずっと今の状況に詳しいみたいだ。
他にも聞きたい事は山ほどある。
僕が口を開くと、クーちゃんは予見してたように声を被せる。
「色々聞きたいこともあると思うけど、それはおいおいしていこう。さっきも言ったけど狂璃達は大きく出遅れちゃったんだよ。だから挽回しなきゃよ?」
クーちゃんはここで本を閉じて、椅子から立ち上がる。
「さ、もう大丈夫だよね? 早く準備して、そろそろ行こう」
彼女は起きたばかりの僕を急かす。
「行こうって、どこに・・・・・・?」
まだまだ分からないことだらけ。
彼女はどこに向かおうというのか。
「どこって、決まってるでしょ」
短い髪が揺らめく。
目を細め。
口角をつり上げて。
彼女は言った。
「殺し捲りだよ。目的地なんてない。手当たり次第、目に付き次第、プレイヤーと殺人鬼を片っ端から排除して行く」
ざわざわと肌が波打つ。
ぞくりと背筋に一本冷たい物が流れた。
クーちゃんは、ドアの前まで行くと、そこで止まり持っていた本をバタバタと開いたり閉じたりを繰り返す。
無言で僕に圧力をかけ、早く行くよと態度で示した。
慌てて、上半身を起こすと、自分が裸なのに気づく。
薄いシーツが肌からはらりと落ちていく。
「わっ、なんで全裸なのっ!?」
僕があたふたしはじめると、クーちゃんはその様子をニヤニヤと見ていた。
「あはは、血で随分汚れてたからね、水道で洗っておいたのさ。それにしてもシッスン。中々良い物持ってるじゃないか。どこもかしこも、吸い付きたいくらいだったね」
自分の裸を見られた羞恥心で顔が真っ赤になる。さらに言葉で辱めてくる。
クーちゃんはからかうのが好きみたいだ。
こういう奴は、こちらが弱みを見せると余計にいじってくる。
だから、僕は表面上恥ずかしがるのを止め、必死に堪えた。
「あ、そうなんだ。ありがとう。で、その着替えはどこ?」
平静さを装って、そのまま全裸でベットから起きた。
余裕を演じて裸のまま、部屋を彷徨う。
「へ、へぇぇ、なるほど、なるほど。特に負い目は無しか。いいね、いいね、シッスンいいよ、いいじゃない」
クーちゃんが喋りながらロッカーを指さした。
「服はそこにある。すぐに着替えて。なんだか、分からないけど狂璃、今とても興奮してる」
急に体をくねらせたクーちゃんは、自ら、自分の体を舐めるようにさすっていく。
頬、首、胸、お腹、下腹部、太股、流れるように手を滑らせた。
「あ、あ、あ、あぁ、なるほど、なるほど、これはいいね」
虚空を見つめ、頬を染め息を荒げる。
「・・・・・・お待たせ、じゃあ行こうか」
「・・・・・・うん。なんかスイッチ入ったみたい。普通二、三人殺さなきゃエンジンかからないのに、なんだろ、おかしいね、誰の首も飛ばしてないのに・・・・・・とってもいい気分」
この時、僕達は色々おかしかった。
でもお互い違和感すら無かった。
それに気づくのはもう少し後になるだろう。
こうして、僕とクーちゃんは並んで部屋を出た。
足踏みしていた僕達が、ようやくスタートを切ったのだ。