すごい殺人鬼と出会ったよ!
僕は立ち上がり、ポケットに手を入れた。
彼女は特に警戒していない。僕を見下してるから、なにをしようが取るに足りないと思っているのだろう。
その慢心が僕を生かす。
握ったのは鍵。自宅のものだ。
取り出すと、僅かに震える指先に力を込める。
「ん~、なになに、それで応戦するの~、やめといたほうがいいん・・・・・・」
女はなにか勘違いしていたらしい。
でも、その直後の僕の行為に、口が止まった。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁっぁあぁっ」
大声を出し、僕は鍵を左目に思いっきり突き刺した。
激痛が走る、でも手は止めない。
抉る、抉る、抉る、抉る、抉る、抉る。
手が血まみれになろうが構わない。
深く差し込み、掻き出す。
「あああがうしゃううあはうはうあああうあうあふあ」
泣き叫びながら、捻回す。
「あ、あ、あ、なにして、あ、あ、あ、勿体ない、素人が、あ、あ、あ、あ」
少女は手をこまねいて慌てている。
彼女は言った、その眼球が欲しいと。
ならくれてやる。
これで少しだけ時間が稼げる。
手に赤く染まった丸いモノが収まる。
「こ、これが欲しいんだろっ! ほら、拾えっ!」
力いっぱい手の中の物を投げた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
赤くぼやける視界の中、彼女は背を見せ、それを必死に追いかけた。
今だ。
この時を逃すな。
踵を返し、覚束ない足どりで、ゆっくり扉に向かう。
左目、それがあった場所を押さえながら近づいていく。
着いた先には、ナンバーをいれるタッチパネルが壁に設置してあった。
数字をいれる。
3、7、5、6、4。
最後の指が離れると、施錠が解かれた音がした。
スライド式の戸をずらす。
中に見えたのは。
何もない室内、中央にぽつりと置かれた椅子に座るは制服姿の女の子。
静かに本を読んでいた。
僕の出現にも、我関さずとページを捲る。
「お、おいっ!」
大声で声をかけると、のろりとこちらに顔を向けた。
視線が合う。
僕を見て、その女の子はふっと短く息を吐いた。
そして本を閉じる。
「ふぅ、折角ゆっくりできると思ったのにね。もう始まっちゃうのか」
耳が少しかかるくらいのショートカット。
小柄の少女は立ち上がると、本を持ったままこちらに歩み寄る。
あぁ、この子も同じだ。
目に入れて即座に分かった。
「ん、中に入ってて、あれ、追い返すから」
そう言うと、僕を通り過ぎ、部屋から出た。
彼女の目線の先には、あいつがいて。
「ぺちゃころ、ぺちゃころ、あぁ、美味しい~」
飴玉を舌で転がすように、頬を膨らませ、さっきの奴がこっちに歩いてくる。
「美味しい、美味しい、あ、あ、あ、あ、だから~、もう片方もくださいな~」
悦に入って、妖艶に微笑んでいる。
「たく、いきなり凄いの惹きつけてきたのね。眼球アルバムか。やりたくないなぁ」
「ん~、あれ~、君、あれだ~、首切り狂璃ちゃんじゃない~、これは困った~」
二人の少女は一定の距離を保ち対峙すると、動きを止めた。
と思った瞬間、二人の姿がぶれた。
お互い間合いを一気に詰め衝突する。
「・・・・・・う~ん、やっぱり駄目だ~、今やっても、どっちも怪我するだけだね~」
「こんな序盤で致命傷を負うのは得策じゃないよ。今回は見逃してあがるから、帰りな」
「ふ~ん、じゃあ見逃してもらおうかな~、でも今度会ったら、君の目も貰うね~、それまで死んじゃヤダよ~」
二人が会話を終えると、眼球アルバムと呼ばれた少女が背を向けた。
千枚通しをくるくる回しながら去って行く。
姿が完全に見えなくなるのを確認すると、こちらの少女も体を戻した。
「あぁ、良かった。あのままやってたらどっちもただじゃ済まなかったよ、ねぇ、これ見て」
そういうと、彼女は手に持っていた本を僕に見せた。
真ん中付近に三つほど穴が開いていた。
「ね、怖いでしょ。瞬時に三回刺してきたよ。心臓目掛けて一直線。怖い怖い」
「・・・・・・はぁ、はぁ、悪いけど、なに言ってるかよく聞き取れなくなってきた・・・・・・」
この間も僕の左目からは血が流れ出してる。止まる気配はない。
それにともない、頭がくらくらして、体がふらつく。
視界はぼけ、意識が遠のいていく。
それでも、まだ倒れるのを堪えているのは安心できてないから。
「あら、すごい血が出てる。なに、あいつにやられたの? いや、違うな、その時点で生きてるはずがない。てことは、もしかして、それ自分で?」
幻聴のように聞こえる彼女の声を、首を縦に振るだけで答える。
「おー。やるじゃん。ふ~ん、その君が私を引き当てたか。なるほどね」
もう限界だ、そろそろ倒れたい。
でも、これだけは確認しなければ。
「あ、あんたは、ぼ、僕の・・・・・・味方・・・・・・か?」
僕の絞り出した問いかけ。
彼女はにっこり笑った。
「うん、私、狂璃。なんか世間では首切り狂璃って呼ばれてるみたい。こう見えて殺人鬼だけど・・・・・・一応、君の味方だよ」
「・・・・・・・・・・・・」
都合のいい単語は聞き流そう、僕は味方という言葉だけを耳に取り込み、そして意識を失い、体が傾いていった。