すごい殺人鬼に追われてるよ!
走る。
今まで生きてきた中で一番速く、そして無我夢中で。
もしリミッターがあるとしたなら、今なら振り切ってると確信できる。
心臓が破裂しそう、酸素の取り込みが追いつかない。
でも、僕は走る。
だって、ここで足を止めたら。
僕は確実に。
殺されてしまうから。
薄暗い中でぼんやりと浮き出る白い壁。
見知らぬ廊下を駆け、表示された場所に急ぐ。
後ろは振り向かない。
そのロスが生死の分かれ目になるかもしれない。
顔を向けたら、眼前に追撃者の顔があるかもなのだ。
だから足だけを必死に動かす。
階段を何段も飛び越え、その度崩れたバランスを無理矢理整えながら下る。
遠い。
途轍もなく距離を感じる。
実際はさほどでもないはずなのに、今はゴールが無いんじゃないかとさえ思う。
それでも目的地には確実に近づいてる。
曲がり角を膨らみながらカーブすると、直線の先に扉が見えた。
ここから100メートルほど。
万全の状態なら、12、3秒で辿り着く。
でも、もう息は完全に上がり、太股も悲鳴を上げてる。
スピードは失速、そうなると倍かかってもおかしくない。
間に合うのか。
そもそも、あの扉の先に希望はあるのか。
もしかしたらさらなる絶望しかないのかもしれない。
でも。
それでも。
僕は手を伸ばすしかない。
「追いついたぁ~」
声が耳に入る。かなり近い。
その瞬間、僕は床を転がった。
急に足を止められ、慣性で勢いよく体が飛んだ。
目を開けると、扉は後少しだった、でもまだ手は届かない。
俯せだった僕は、上半身を捻って体を半分起こす。
そして後方を見据えると。
いた。
僕を追ってきた人物が。
すぐ目の前に。
「結構逃げたねぇ~、えらい、えらいよ~、でもどうせ行き止まりだったけど~」
目の周りが真っ黒で。
手には千枚通しが握られていて。
それらを向けるおかっぱの少女。
「な、なんで、僕を襲う!?」
ある行程の途中、僕は彼女と遭遇し、そしていきなり刺されそうになった。
明らかな殺意。
そして執拗なまで顔を狙ってきた。
もし、彼女になんだかの拘りが無かったなら僕はとっくに穴ボコだ。
僕の質問に、彼女は首を傾げ、目線を上に向けた。
「ん~、ポイント? オーナーのため? でも、一番は殺したいから。目が合った瞬間、その眼球が欲しくなったの~」
なんだ、こいつ。
一般人とは一線を画す存在なのは、よくわかる。
話し合いとか、そういうのが一切無駄ってのを悟れるほど。
これは、この世にいてはならないモノだ。
人であって人ではない。
神の手違いで創られた欠陥品だ。
こんなのを前にして僕はどうすればいいんだ。
背を向けて逃げるか。
相手は女の子と高をくくって向かっていくか。
心の中で首を振る。どちらも不正解。
選んだ先は両方デッドエンド。
なら、どうする。
交渉するにも材料がない。
そもそも聞く耳を持っているのだろうか。
待ち受けるは死。
ふと、脳を過ぎる考え。
とんでもなく恐ろしい方法。
とても無理。思いつくだけで行動はできない。
でも、死を0とするならば。
全てが終わってしまうというならば。
やらなくてはならない。
覚悟を決めなくては。
このまま死ぬよりは、幾分ましだろう。
だから、僕は色々なものを遮断した。