第六話 妖怪達は考える
「おやおや、意気揚々と帰られたエルフのお嬢さんじゃないですか?何でここに居るんです?お帰りになったのでは?」
武家屋敷特有の大きな玄関を上がった先に、山ン本が立っていた。
「クッ」
そう言われたサナリエンは顔をそっぽに向けながら、屈辱に身を震わせる事しか出来ない。
「おい山ン本。そうサナリエンちゃんを苛めるんじゃない。かわいそうじゃろうが」
マロ爺は気付いていないのか、地味にサナリエンを追撃する。
「…まぁいいでしょう。用件を伺いましょうか」
「おお、そうじゃった。今日はもう遅いから、サナリエンちゃんを里に泊めてほしいんじゃ」
「ああ、そういう事ですか。まぁ良いですよ。ですが、さすがに武器は、こちらで預かります。里の住人を傷つけられるのはゴメンですから。…それで何処に泊まらせる気なんです?この里には、宿屋なんてありませんよ」
「この屋敷じゃダメかのう?」
「家ですか?まぁ構いませんが…」
サナリエンはその言葉を聞いた時「えっ?」と顔を挙げ山ン本の顔を見た。山ン本が泊めてくれるとは思っていなかったのだろう。
だが、山ン本の話には続きがあった。
「座敷牢で良ければですけどね」
「ふざけないでよっ!何故私が牢で一晩明かさなきゃいけないのよっ!」
座敷牢での恐怖がよみがえり、サナリエンは反射的に拒否した。
「当たり前でしょう。ここは里を治める長の家ですよ?不審者を泊めるなら、安全の為に、それ位するのは当然でしょう?」
「私が一体何をしたと言うのよ!」
「問答無用でアオキを襲ったでしょうが。何を言ってるんですか?あなた」
「もういいわよ!私は適当に野宿でもするわ!あんたの世話になんかならないっ!」
「貴方がそれで良いなら、良いんじゃないですか?ああ、もちろん武器は置いて行ってくださいね」
「まぁまぁ。二人共そこまでじゃ。なぁ山ン本。不審者といっても婦女子を野宿させるというのはさすがにかわいそうじゃろう。こうしてはどうじゃろう。たしかアオキの住んでいる長屋の隣の部屋が開いていたじゃろう?あそこに泊めてやっては良いのではないかな?」
「不審者の里の住宅街に入れるのは、感心しませんね」
「もちろん、それについても考えておる。監視役としてアオキを付ければ良い。部屋も隣だし一石二鳥じゃ」
マロ爺は両手で落ち着くようにと手を上下に動かしながら二人の間に入る。
「ふむ。それなら…まぁいいでしょう」
山ン本は手を顎に当てて少し考えると答えた。
「コイツと同じ屋根の下入らないなら何でも良いわよっ!」
もう自棄になっているサナリエンは、山ン本を睨みつけながら叫んだ。
「そうかそうか。ならアオキ案内してやってくれ」
「それはいいが、あの部屋には、家財道具は一切無いぞ」
「そうじゃったか?なら、山ン本、布団を貸してくれんか?」
「それ位ならいいでしょう。おい!」
山ン本が屋敷の中に声を掛けると「は~い!」と幼いが威勢の良い声が聞こえ、屏風の陰から小柄な人影が現れた。それを見た瞬間、サナリエンは思わず身構えた。
「サイクロプスだと!?何でこんな所に!?」
今にも刃物を抜きそうな雰囲気にアオキが、咄嗟にサナリエンの両肩を掴む。それだけでサナリエンは動けなくなった。
「離せっ!」
慌てている様子を、そのサイクロプス…一つ目小僧は目を丸くして見ていた。
「大丈夫じゃよ。そやつはサイクロプスではないぞ。妖怪一つ目小僧じゃ。ほれサイクロプスがこんなに小さいはずなかろう?」
一つ目小僧は、威圧してくるサナリエンに少しビクビクしながらも、主人である山ン本に用件を伺った。
「お呼びでしょうか。旦那様」
「ああ、座敷牢に敷いてある布団を一式持ってきてくれ。そこの小心者のエルフに貸してやる事になった」
「へぇ。分かりました」
一つ目小僧はそう言ってチラリとサナリエンを見ると、早足で座敷牢がある建物の方へと小走りで廊下の奥へと消えていった。
一つ目小僧が視界から消えた時、ようやくサナリエンの体から力が抜けた。
「ククク。無害な一つ目小僧を見ただけでこれか。大丈夫なのか?そんなんで里へ行って?」
「何よ!サイクロプスに警戒するなって言うの」
サイクロプスとは、一つ目の巨人の事だ。このサイクロプスには二つの面がある。一つは神としてのサイクロプス。卓越した鍛冶の腕を持ち、自らを助けてくれたゼウス神に雷霆をポセイドンには三叉の槍を作り、ハーデースには兜を作り贈ったそうだ。もう一つは怪物としてのサイクロプス。よくファンタジー小説やRPGの敵として出てくる一つ目の乱暴者の巨人。
どうやらこの世界では、サイクロプスとは、後者のようなものらしかった。
「だからあいつは妖怪一つ目小僧だと言っておろうが」
「里には、一つ目小僧より奇怪で、奇妙で、奇異な連中がわんさと居るぞ?そんなので大丈夫か?」
「なんですって!?」
サナリエンの顔が青ざめる。
それを見た山ン本達の口の端が、僅かに釣りあがる。妖怪としての本能で人を脅かすのが大好きなのだ。だが、マロ爺は直ぐに表情をいかにも怒ってますといった感じに変えて言った。
「こりゃ!婦女子を怖がらせるなど何事じゃ!」
「それが我々の本分ですから」
「サナリエンちゃん安心せい。この里の連中は姿は変わっておるが、良い奴らばかりじゃ。無闇矢鱈と襲う様な不届き者はおりゃせん」
「ここにアオキに無闇矢鱈と襲い掛かった不届きモノは居ますがね」
「山ン本!いい加減にせんか!」
マロ爺が怒鳴った時、丁度一つ目小僧が布団を持って現れた。布団はご丁寧に大きな風呂敷に包まれ、持ち運びしやすい様にされていた。
「お待たせしました。旦那様」
「そうか、ならアオキに渡してくれ。それとお嬢さんは装備を一つ目小僧に渡してくれ」
「はい、どうぞ」
「ああ」
青木は、一つ目小僧がえっちらおっちら両手で持ってきた布団の風呂敷の結び目をむんずと片手で掴むと軽々と持ち上げた。
一方サナリエンの方は、仕方なく鎧や装備を外して纏めると、少々びくつきながら一つ目小僧に渡した。
「じゃあ、ワシらはサナリエンちゃんを長屋まで送ってくるかの」
マロ爺はそう言うとくるりと向きを変え、サナリエンのを連れて外へと向かおうとした。
「ちょっと待ってください。マロ爺には、話があるので残ってください」
「なんじゃ?サナリエンちゃんを夜のあやかしの里を案内しようと言うのに邪魔するのか?」
「いい加減にしてください。ちゃんと相談役の仕事をしてください。これからの事に付いて、確認しておきたい事があるんですよ」
「ちっ」
マロ爺は舌打ちをしたと思うと、サナリエンに振り返り言った。
「悪いのう。ワシは一緒に行けんようじゃ。サナリエンちゃん。案内はアオキにさせるから今日はもう休むんじゃ」
「えっ?」
「じゃあアオキ頼んだぞ」
「ああ、分かった。行くぞ」
今まで一緒に来ていたマロ爺が別れるという事が不安なのか、布団を担ぐ様に持って玄関を出たアオキと玄関を上がるマロ爺を交互に見るサナリエン。その様子に気付いたマロ爺が相好を崩して言った。
「大丈夫じゃ。アオキは信頼できる鬼じゃ。安心して付いて行くがええ」
「…分かりました」
サナリエンが頷いて外に出るのを見てマロ爺は満足そうに頷いた。
既に日は完全に見たことも無い山の向こうに落ち、闇が支配する時間となった。
異世界に来て始めての夜だ。
普通の人間なら人口の明かりがまったく無い異世界の夜に恐怖を覚えるだろう。しかし、妖怪達にとっては昼よりは馴染みのある安心出来る夜だった。
里の妖怪達は、昼間とはうって変わり活発に活動を開始し始めた。
夜は妖怪の時間なのだ。
「作戦は今の所、成功と言う感じでしょうか」
「そうじゃな。さっきの様子から、ある程度はワシを信用してくれているようじゃな」
山ン本の武家屋敷の行灯の明かりが灯る薄暗い一室で、二人…いや二体の妖怪がちゃぶ台を囲って座っていた。
この部屋は妖怪達を集めた時とサナリエンを案内した座敷とは違い、六畳のこじんまりとした書院造の部屋だった。
ちゃぶ台の上には四つの湯飲み、急須、茶筒、そして大きな魔法瓶が載ったお盆が用意されている。
「ククク、なら作戦通りですね」
「ワシとしては心が痛いんじゃがな」
「何を言ってるんです?顔が笑っていますよ」
行灯に照らされてマロ爺の皺くちゃな笑顔が不気味に浮かび上がり、それを見た山ン本が苦笑する。
「やや、これは何かの間違いじゃよ。ヒョヒョ」
その時、部屋の襖がすっと開かれた。山ン本とマロ爺がそちらの方を向くと自家製の松葉杖をついた妖怪が立っていた。
「何を言っておるか。この性悪妖怪どもが」
入ってきたのは、隻眼に足が一本しかない妖怪だった。もしサナリエンがこの場所にいたら間違いなく彼をサイクロプスだと騒いだ事だろう。山ン本は、内心笑しながら部屋に来た客人を出迎えた。
「これはこれは一本だたら殿。お待ちしておりました」
山ン本は、立ち上がって一本だたらを迎えた。
一本だたら、一般には山に住む一つ目片足の妖怪で、雪山に一本足の足跡を残したり、旅人を襲ったりと日本各地にその伝承を残している。この里の一本だたらは'だたら'が示す通りこの里でたたら師(鍛冶師)を営んでおり、里の金物はほぼ全て一本だたらの作だ。
「遅くなって悪かったな。今日は仕事が押していたからな」
「いえいえ、一本だたら殿の仕事を邪魔する程、切羽詰ってはおりませんよ」
「それで神主は?4人集まる予定だと聞いていたが?」
「ああ、彼もじきに来るでしょう…いえ、来たようですね」
山ン本が一本だたらが入ってきた襖から顔を出すと暗い廊下を、鬼火を従えた神主が部屋に向かってくるのが見えた。
「おやおや、私が最後でしたか。お待たせしてすいません」
「いや、俺も丁度今来たとこだ」
「では、始めましょうか」
「はい」
「おお」
「そうじゃな」
四人はちゃぶ台を囲むように座った。山ン本と神主は正座、マロ爺と一本だたらは、胡坐をかいた。
山ン本はちゃぶ台の上に乗せられていたお盆の上にある茶筒を取ると手馴れた様子でお茶を入れ始めた。
「皆さんをお呼びしたのは他でも無い、現在あやかしの里で起きている異変についてです」
山ン本はそう言いながら、それぞれにお茶を入れた湯飲みを配った。
「異世界に里事飛ばされた…か、あの二つあるお月さんを見ても早々信じられん事態だな」
「狐狸達に化かされてるんだと言っていたものも、おりましたねぇ」
「ヒャヒャヒャ。狐狸達も災難じゃな。まぁ日頃の行いのせいとも言えるがな」
「そして我々は幸いな事に現地人を捕虜にする事に成功しました」
「アオキがその現地人に襲われたそうだな。まったく運のない奴だな。襲った奴は」
「ククク。本当に」
一本だたらの軽口に神主が返す。
「でも、そのお陰で外部の人間…少なくとも人型の生物がいる事、そして驚くべき事に言語によるコミュニケーションが取れる事がわかりました」
「そうじゃそうじゃ言語チートじゃ」
「なんだ、その"言語ちぃと"とは?」
「言語チートとはな、異世界の言葉が自動的に日本語に変換されて聞こえてくるんじゃ。そして、言語チート持つものが話す事も相手に正確に伝わるというなんとも世界旅行には便利な能力じゃ」
「それが我々に備わっていると?」
「そうじゃ。そのお陰でワシはサナリエンちゃんとおしゃべりできたんじゃ!」
「我々にそんな術が掛けられた気配はしませんでしたが……」
神主が顔を顰める。神主は里一番の術者だ自分を含め自分が守護する里の住人達に怪しげな術が施されたのが気に入らないのだ。
「我々の知らない術の可能性もありますよ。アオキが襲われた時、サナリエンが呪文らしきものを唱えたと言っていました」
山ン本は、難しい顔をして言った。
「ほう、それは興味深い。それでどうなりました?」
神主は興味深そうな表情をしながら言った。
「何も起きなかったそうです」
「え?では、それは呪文ではなかったのでは?」
「その可能性もあります。しかし、呪文を唱えた後、そのエルフが驚愕した表情になったそうです。何か起きるべき事が起きなかったかの様に…」
「つまり呪文を唱えたが、術が発動しなかったと?」
「そういう事だと思います」
「フム。あの時の里山には何一つ術は掛かっていなかったはずですけどねぇ。…その呪文とかわかりますか?」
「正確にはわからないですが'森の精'がどうたらこうたらと言っていたそうですよ」
それを聞くとマロ爺は立ち上がりながら言った。そして何故か握りこぶしを作っていた。
「森の精じゃと!ならばサナリエンちゃんが使おうとしたのは精霊魔法じゃ!」
「フム。精霊魔法とは何ですか?」
「何じゃ。知らんのか?精霊魔法とは、精霊の力を借りて任意の現象を起す魔法の事じゃ。火を出したければ火の精霊に、水を出したければ水の精霊に魔力やら何やらを代償として渡して、その現象を起して貰う魔法の事じゃ!」
「ほう。そういう物もあるのですね」
それを聞いた神主が感心したように頷いた。
「気をつけて欲しいのは、その知識は元の世界にあった架空の物語の設定だという事です。マロ爺が言っている事が確実に正しいとは言えません。それとマロ爺。座ってください」
「いえいえ、それでも十分に役に立ちましたよ。もし仮にそのサナリエンさんが使おうとしたのが精霊魔法だった場合、何故使えなかったがわかりました」
「本当ですか?」
怪訝そうな顔をして山ン本は神主に言った。
「ええ、簡単な話ですよ。森の精が力を貸さなかったからですよ」
「何故森の精は力を貸さなかったんだ?」
「当然でしょう。見ず知らずの人間にいきなり力を貸せと言われて普通貸す森の精はいませんよ」
さも当然といった感じで神主は方をすくめた。
「神主は森の精と知り合いかなんかなのか?」
「ああ、'森の精'って言ってるから分からないんですよ。森の精とは木霊の事だと思いますよ」
「木霊か…あやつらは大抵の里の住人には人懐っこいが、それ以外となると思いっきり人見知りするからなぁ」
そう言うと話を聞いているだけだった一本だたらが腕を組んで頷いた。
「一応明日にでも木霊達にその時何かあったか聞いておきましょう」
「頼む。こうなると、この世界には魔法なんてモノもあるかもしれないな」
「ひょひょ。それはそれで楽しみじゃのう。魔法を使うのは夢だったんじゃ」
「似た様な物なら使えるじゃないですか」
山ン本は呆れたようにマロ爺に言った。
「妖術と魔法は別物じゃよ」
「それに妖術=魔法かもしれませんよ」
マロ爺は反論するが即座に神主に茶々を入れられた。
「嫌じゃい!嫌じゃい!ワシは異常な魔力で内政チートの、ウハウハハーレムを作るんじゃい!」
「何を言ってるんですかマロ爺。まったく。ネット小説とやらに毒されてしまって……」
山ン本が鎮痛そうな顔をして右手を頭にあてると、頭を横に振った。
「ふん!そのお陰でサナリエンちゃんを捕まえた時の対処方法が分かったんじゃろうが!感謝せい!」
「はぁ…。それで神主、結界の再構築と我々の日本への帰還する可能性について聞きたいんだが」
「はい、お答えします。まず最初に結界の再構築ですが、現状不可能です」
「…」
「本当かよ」
「前にも言いましたが、この里を覆っていた結界は、祖父が自分の持てる技術の粋を凝らして作られたものです。地脈や星辰、暦、方位その他諸々の力を計算し、それらの力を束ねる事により、莫大な力を得。その力を更に里を覆う特殊な結界へと変化させていました。ですが、異世界に飛ばされた事により、その殆どが、分からなくなってしまっています。今からその全てを一から調べても、元のような結界を構築するには、最低でも300年位かかると思います。いやはや本当、大変ですよ」
「大変ですよって言ってる割には、楽しそうじゃねぇか」
扇で口元を隠している神主だが、目が笑っている。
「ああ、これは失礼。何せ、今までに一度も見たことの無い星空。天文観測が楽しみで仕方が無いのですよ。なので、ご老公」
「何じゃ?」
「貴方の持っている天文観測機器を全てください。たしか、持っていましたよね?」
「…ああ、あの人口衛星が帰還する時に貰った奴があったのう。ええじゃろ。全部で持ってけ」
「ありがとうございます。次に元の世界に帰還する可能性ですが…はっきり言って分かりません。何故この世界に我々が来たのか、呼ばれてなのか、偶然なのか、それとも巻き込まれてなのか。さっぱりです。一応調べてみますが、あまり期待しないでください」
「そうか、分かった。…次の議題に行きましょうか。この世界…いや、エルフの技術レベルについてです」
「技術レベル?」
「はい、簡単に言えば何が作れて何が作れないか。ですね。それについて意見を聞きたくて一本だたら殿をお呼びしたのです」
「ああ、そういう事か俺が呼ばれた理由は?」
「コレを見てください」
そう言うと、山ン本はちゃぶ台の下に置いてあった壊れた弓と矢筒、そしてナイフを取り出した。
もちろんこれらの物は、サナリエンが里に宿泊する条件として預かった物だ。
「ほう」
一本だたらは、壊れた弓を手にとってしげしげと眺めた。壊れた弓は持ち手の直ぐ上辺りから真っ二つに壊れていた。ただし、弦だけはその二つにくっ付いており、完全に二つに分かれているわけではなかった。
それを一本だたらは曲げたり、折れた箇所を繋ぎ合わせたり、弦を引っ張ったりした。
「面白い弓だな。こっちが、その矢と」
矢筒から矢を一本取り出すとしげしげと眺めた。
「どうですか?」
「そう急くない。全部見てからだ」
そう言うと矢をちゃぶ台に置いて今度は皮の鞘に入ったナイフを抜いた。
さすが本職と言うべきなのか、ナイフを抜いた瞬間、一気に顔は真剣になり、鞘の作りや刃筋をつぶさに観察する。
サナリエンの持っていたナイフは作業用であるらしく、刃渡りは15センチ程。柄は簡素でなめした革をきつく巻きつけ、樹脂で固めてあった。
「なるほど」
弓とは打って変わりたっぷり十分ほどナイフをためつすかめず、舐めるように観察するとようやくナイフを鞘に戻した。
「ふぅ。いや良いもん見せてもらったぜ」
ナイフを見た一本だたらは満足そうだった。
「どうですか?何が分かりましたか?」
「ああ、最初はこの弓から行こうか。何と驚いた事に、こいつは一本の木だけで出来てやがる」
「それの何処が驚くことなのですか?確かに和弓は木と竹を組み合わせて作られますが、木だけの弓がないわけではありませんが?」
「ああ、言い方が悪かったな。確かにイチイの木やらで作る弓はある。西洋のロングボウとか言うのがそうだ。だがなこの弓は一本の木、その物なんだよ」
「その物?どう言うことですか?」
「簡単に言やあ。この弓は地面から生えてきた弓だって事だ。俺達職人の手によって作られたもんじゃねぇ」
「弓が生えてくるって…なんですか、それは?」
「あ~確かエルヴンボウとか言う弓じゃな。ワシもネットでチラッと書いてあった事しか覚えとらんが、エルフにとってその弓の木を育てて自分の弓を作ることが成人の証らしいのう」
「所変われば品変わるとは言いますが、木がそのまま弓なるとは…。さすがファンタジーと言った所でしょうか」
「次にこの矢だが」
「もしかして、この矢も地面から生えてきたとは言いませんよね?」
「ははは、これはさすがに普通の矢だぜ。ただちょっと気になるのはこの矢の鏃が石だって事だな。ナイフが金属なのになんで鏃が石なんだ?」
「それは私達も気付きました。たぶん、エルフ達は鉄が入手し難いんじゃないかと思います」
「…ああ、だからか」
それを聞くと一本だたらは納得言ったように頷いた。
「だからとは?」
「ナイフの時に話そうと思ったんだが、このナイフ…正確に言うならナイフの刀身な。それと拵えが妙にちぐはぐなんだわ。なんつーか、刀身が西洋剣なのに刀の拵えをしてるって感じだな」
「…つまりナイフの刀身は別の所で作られていて、こしらえや鞘はエルフ達自前でやっている可能性があると…」
「ドワーフじゃ!きっとドワーフと取引をしてるんじゃ!ドワーフとは鍛冶や細工が得意な小柄な一族なんじゃ!」
嬉々としてマロ爺は主張した。その様子に半ば呆れた視線を向ける3人。
「まぁそうかもしれませんね。とりあえずエルフには金属を加工する技術は無い又は、あったとしても大量の鉄製品を作れるほどじゃないと見るべきでしょうね」
「そうだな」
「ええ」
「じゃな」
四人はそれぞれ頷いた。
「技術レベルは本当に中世レベル。少なくともエルフ達の技術レベルは…」
「とは言っても我々の技術レベルもそう大した事はないがな。精々明治レベルと言った所か?」
「そんな所ですね。まぁマロ爺の部屋だけは現代日本並ですが…」
「たしか、マロ爺の部屋にはパソコンが置いてあるんでしたっけ?」
「ひょひょそうじゃよ。前にちょっと小金持ちの家に行った時に家人にどうぞ持ってってくださいと言われたから貰ってきたんじゃ。色々入っておるから内政チートも思いのままじゃ」
「貰ってくるのは良いですが、私の屋敷を改造する止めてくれませんか?屋根にソーラーパネルを載せるわ、川には水力発電機おいて、家まで配線させるし。それに大きな家庭用蓄電池まで…古式ゆかしい、私の武家屋敷が……」
山ン本は、うつむき頭に手を当てた。
「ふん。良いではないか。そのお陰でこの屋敷は里で唯一ネットが出来、電化製品が使える場所になったではないか!感謝されこそすれ、けなされる謂れは無いわい」
マロ爺は鼻を鳴らすとお茶をすすった。
その様子を山ン本はその様子を恨めしそうに見ていた。
「話がずれているぞ。今の議題はエルフの技術力についてだろう」
「そうでした」
「我らの技術とエルフの技術を比べた時、一応、我らの方が優れているという事でしたな」
神主か確認するように言った。
「ええ、次に問題になるのは、エルフと名乗る人達の数です。今回保護しているサナリエンさんの話からして、近くに彼女達の村があるようです。村と言っている事から、あまり人口は多くは無いでしょう。とは言え、エルフの村が近くに複数ある可能性もありますから、正確な人数は分かりませんね」
「ククク…まるで、戦の準備をしているみたいだな」
話を静かに聴いていた、一本だたらが呟いた。
「そうですよ。それが何か?私は里の長として、常に最悪の事態に備えているだけですよ」
山ン本は事も無げに言った。
「わしは、サナリエンちゃん達と仲良くしたいのじゃがなぁ」
「何をおっしゃっているのです。ご老公。自ら率先して、情報を集めておられる方が…」
神主が、いかにも残念といった顔をしているマロ爺に突っ込んだ。
「いやいや、わしは、純粋にサナリエンちゃんと仲良くなりたいだけじゃて。ほっほっほ」
「こんな狸に纏わり付かれる、そのお嬢ちゃんに同情するぜ」
一本だたらは、呆れた様子で方をすくめた。