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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第五話 エルフは帰れない

「帰れないって、どう言う事よっ!」

 サナリエンは足が痺れて倒れたまま聞いた。

「言った通りだ。しばらくこの里には、誰も入る事も出る事も出来ない。神主が霧惑いの結界を張ったからな」

「何よ!そのキリマドイノケッカイって」

「まぁ簡単に言えば、今この里の周囲にある森に入ると絶対に迷ってしまい、結局は自分が入ってきた場所に戻ってきてしまうのだ」

「まさかっ!迷いの森を作ったって言うの」

「その迷いの森がどの様な物かは知らないが、実際に見てもらった方が早いだろう。付いて来い」

 そう言うと、山ン本はゆるりと立ち上がった。

「待ってよ!」

「何だ」

「さっきから感じるこの足の痛みは何だ!貴様ら謀ったか!」

「あ~あ、慣れて居ないのに正座なんかするから。しばらく、大人しくしてれば直る」

 サナリエンにとって正座をするのは生まれてきて初めての事だった。まるで沢山の細い針を同時に延々とチクチクチクチクと刺される様な未知の痛みにサナリエンは顔を顰める。

「じゃあ、あっしは、これで失礼します。なんか伝言とかありましたら承りますが?」

「なら、神主に外部の人間が一人、入ったままになってしまった。どうしてくれる。と伝えてくれ」

「へい。分かりました」

 輪入道は、そう言うと神主に伝言を伝えるべく、またガラガラと音を立てて山ン本の武家屋敷を後にした。

「アレは生き物なのか?」

 燃えた木製の車輪の中心に人の顔の付いた生き物など見た事も、聞いたことも無いサナリエンは、足の痺れと戦いながらも輪入道を見送る。

「生き物かどうかと問われれば、まぁ否じゃろうな。だからこそ我らは妖しい怪物…妖怪と呼ばれておるんじゃ」

 ぬらりひょんはそう言うとお茶を一口すすった。


 しばらく、座敷で休みようやくサナリエンの足から痺れが取れるのを待ち、一行は森の前へとやって来た。来る途中、他の妖怪にサナリエンがあって余計な揉め事が無いように、住宅街やメインストリートを避け、妖怪通りの少ない里の外延部小道を通った。

「これは…」

 サナリエンは自分の見た光景に息を呑んだ。

 彼女が今居るのは、アオキが彼女を里に運んできた時に通った橋の上だった。とは言え彼女はその時の記憶は無いが。

 美しいアーチを描いた古式ゆかしい木製の橋で、いかにも牛若丸が飛び跳ねそうな欄干が特徴だ。

 

 そして彼女の目の前には、真っ白な霧に包まれた森が鎮座していた。しかし空を見上げればそこには青空があり、霧が発生しているのは森の中だけだというのが分かった。一目見て尋常ではない状況だとわかる。

 しかし、サナリエンは「ふん。この程度の霧、森を熟知しているエルフには何の問題も無いわ」と強気の発言をした。

「帰りたければどうぞ。荷物はこちらに用意してありますよ」

 山ン本はその発言は予想の範囲内だったので、あらかじめ屋敷からアオキにサナリエンの荷物を持ってこさせていたのだ。

「…」

 アオキは、無言で荷物をサナリエンに差し出すとフンと鼻を鳴らして受け取った。

「それではお嬢さん。出来るものなら、さようなら」

 山ン本がニヤニヤと慇懃無礼に別れの言葉を口にし、手を振った。

「二度とこんな場所に来るもんですか!お前らも我らの森に入ってくるんじゃないわよ!入ってきたら問答無用で排除するわ!」

 サナリエンはそう言いながら山ン本を指差すと、鼻息荒く乳白色の霧の中へと消えていった。

「気をつけてのぅ」

 最後にぬらりひょんが声を掛けるが、その時は既にサナリエンは霧が立ち込める森の中に飛び込んでいた。

 それを見送るアオキはそれを無言で見送った。


「馬鹿にしてっ!」

 サナリエンは白い霧の中を肩を怒らせがら歩いていた。

 今日は散々な一日だった。森に入ったと思えば地震に合い、何かと思って見回れば、服を着たオーガが見慣れなくなってしまった森を闊歩しており、倒そうと矢を放てば返り討ちに合い。自慢の弓を壊してしまった。捕虜にされ、目覚めてみれば化物共…妖怪達の集落。そこの偉そうな爺さんのお陰で出して貰えたが、故意ではないとは言え、いくらか自分達の情報を渡してしまった。

 早くこの事を村に戻って伝えねば……。サナリエンはそう思って足を速めた。


 エルフは森の防人を自負しているだけあって、森の歩き方は熟知している。苔の生え方や植物の植生を見れば、例え霧に囲まれていたとしても大体の方向は分かる。

 そうして三時間ほど歩いた時、正面の霧が明るくなっている事に気がついた。

「ふんっ!エルフを森で迷わそうとは1000年早い」

 口元には笑みが浮かび、意気揚々と明るくなっている方へと駆け出した。


「え?」 

 ボフッという音が聞こえそうな感じで霧の森を抜けるとそこには、あやかしの里が目の前に広がっていた。しかも自分が森に入る時に通った橋が目の前にある。

 その事に呆然としていると声を掛けられた。

「戻ったか」

「サナリエンちゃんお帰り。ささ疲れたじゃろう。お茶でもどうじゃ?」

 声のする方を見ると橋の袂で御座を敷いてお茶をすすっているアオキとマロ爺、そして橋姫の姿が目に入った。

 山ン本は居ない。彼は忙しい為、直ぐに屋敷に帰ったのだ。

 

 しかし、あっけに取られた様な表情でそれを見ていたサナリエンは、今度は顔を真っ赤にして再び森の中へと飛び込んでいった。

「行ってらっしゃい。気をつけてのう!」

 ぬらりひょんの見送りの言葉を背にしながら。


 そして数時間経過すると、今度は矢が飛び出るかの様に、霧がかき分けられサナリエンが飛び出してくる。

 目の前にある光景が、あやかしの里の前にある橋の袂だと分かると「なんでよっ!」と一言叫んでまた森に飛び込んだ。

 ぬらりひょん達はその様子を生暖かい目で見守っていた。

 

(なんでなんでなんで!)

 森がエルフの味方をしてくれない。それはサナリエンにとって初めての経験だった。いや、今この世界で生きているエルフとっても初めてであっただろう。エルフにとって森は、守るべき対象であり、恵みを分けてくれる仲間であり、時に助けてくれる絶対の味方だった。食料を分けて貰い、時には戦闘の時には精霊魔法を使い助けて貰う。かわりに森を荒らそうとする人間や増えすぎた動物の駆除をする、共存共栄の関係だった。

 森は、いつも教えてくれた。獲物の居る場所を。

 森は、いつも教えてくれた。危険のある場所を。

 森は、いつも教えてくれた。帰るべき道筋を。

 それは何処の森でも同じだ。それがエルフ達の常識だった。

 だがそれは、たった今、打ち砕かれた。

 この森は、獲物の場所を教えてくれない。

 この森は、危険な場所を教えてくれない。

 この森は、帰るべき道筋を教えてくれない。

 

 サナリエンの心に徐々に恐怖心が顔を出し始めた。

 そこはエルフにとってふるさとである森なのに。

 そこはエルフにとって守るべき森なのに。

 同じ森であるからこそ、強烈な違和感がサナリエンを襲う。

 まるで親しい仲間達に囲まれていたのに、突然その仲間達が、全員自分の事を忘れ、敵対すべき異分子として見ている様だった。

 森の精霊に出口を聞こうとしても、向こうはまるでヒューマンにでも遭ったかの様にサナリエンから逃げ去った。

 精霊魔法を使って出口を探そうとしても、どの精霊も力を貸してはくれなかった。

 そして時折、森でさ迷っているサナリエンをクスクスと嘲笑う声すら聞こえてくる。

 

 この森は、エルフの味方では無い。

 サナリエンは、初めて森に恐怖した。

 いつの間にか歩いていた足が、早歩きになり、それが駆け足になるのにはそう時間は掛からなかった。

(怖い怖い怖い)

 彼女は右も左も分からず、ただただ前だけを見つめて進む事しか出来ない。

 何時間走っていただろうか、サナリエンには分からない。彼女にしてみれば、何年も森の中を、さ迷い続けた様な気さえする。

(早くこの森から出たい)

 その時、再び森の奥の霧が明るくなっているのが見えた。サナリエンは駆け出した。ただその顔は、この森から出る、それだけを求めていた。

 そして森から出た瞬間彼女は安堵によって脱力し、四肢を地面につけた。

「はぁはぁはぁ」

 例えその場所が、自らが入ってきたあやかしの里の入り口だったとしても。


「お帰り、サナちゃん。疲れたじゃろう。これでも飲んで落ち付くんじゃ。うまいぞ」

 いつの間にか近寄って着ていたぬらりひょんは、湯飲みに入ったお茶を差し出すと、サナリエンは奪うように湯飲みを取ると一気に喉に流し込んだ。

「はぁー」

 その後、大きく息をはくと、その場にへたり込んだ。

「わかったじゃろう?今は、この森を抜ける事はできないんじゃ。たとえ空を飛ぼうとも何処からとも無く現れる霧に巻かれて感覚を奪われて落ちてしまうんじゃ。もう日が暮れる。今日は里に泊まって行くとええ」

 しかし、疲れきっているサナリエンは答える事が出来なかった。何とか声を出そうとしても口をパクパクとさせるだけだった。

「すまんけど、もうちょっと休んだら、また山ン本の屋敷までいってもらうでな。サナリエンちゃんが戻ってきた事を奴に報告せんといかんでの」

 ぬらりひょんがそう言うと同時にサナリエンは安堵から気を失った。


(あたたかい…)

 サナリエンが気がついたのは、アオキにおんぶされ、山ン本の屋敷へと運ばれている途中だった。

「え?きゃあ!」

 アオキはサナリエンが起きた事に気がつくと「マロ爺。起きたぞ」と言い、アオキの背中で暴れているサナリエンを下す為にかがんだ。

 サナリエンはアオキの背中から降りると、近くに歩いていたマロ爺が話しかけてきた。

「おはようサナリエンちゃん。気がついたんじゃな。我々は今山ン本の屋敷に向かっているところじゃ」

「私は…」

「サナリエンちゃんは、森から出てきたら直ぐに気を失ってしまったんじゃ。…霧惑いの結界は、結界内の人間を惑わすだけで、普通は、あんな風にはならんもんじゃがのう」

 ぬらりひょんは顎に手をやって考える。しかし、分かる事はないだろう。その恐怖はエルフにしか分からないものだから。

「まぁ、何にせよ。今日はもう森に入るのは止めるんじゃ。入るにするも明日にした方がええ。もう日が落ちる」

 既に西の方に日が傾き、ぬらりひょん達の見たことの無かった山に日に沈むのが見える。


 ぬらりひょん達が山ン本の屋敷についた時、太陽は山に隠れてしまっていた。

「おやおや、意気揚々と帰られたエルフのお嬢さんじゃないですか?何でここに居るんです?」

 山ン本はサナリエンを見ると開口一番わざとらしく言った。

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