第二話 第一異世界人発見
太陽が一つに月と思われる星が二つ空に浮いている。異世界に飛ばされるという状況にあっても里の周りにある森は変わらない。しかしそれは一般人から見た感想でしかない。森の動物達も突然の変化に戸惑い、小さな動物達は声を潜めて巣に隠れ、大型の動物は無駄に攻撃的になっている。
(木霊達が怯えている)
里の長に許可を取り再び森に入ったアオキの目には、木の洞や高い木の枝の上に隠れ、ふるふると震えている木霊が見えていた。
木霊とは、一種の森の精霊である。普通の樹木に宿り、時々森に来る妖怪達に悪戯をしたりするが基本的に無害な精霊である。姿は緑色の半透明の小人と言った感じだ。
いつもは森の中を飛びまわり、森の動物達と遊んでいたり、アオキが森に入ってくるとじゃれ付いたりするのに、あの地震があってからは皆隠れてしまっていた。
(木霊達も異変を感じているのか)
アオキは慎重に目的地に向かった。
斧を置いてきてしまった場所の近くまで来た時、アオキに向けて鋭い殺気が飛んできた。
その瞬間アオキは、本能に従いその場から、前に転がる。
ドスッ!
すると今までアオキが居た場所に一本の矢が突き刺さった。
アオキはすぐさま立ち上がると、矢が飛んで来た方向を確認し、近くの木の裏へと身を隠す。だが、アオキの体は大きく、普通に生えている木など体の半分位を隠すのが精々だ。
「何をする」
体を横にして何とか体を隠しながらも矢を放った存在へ抗議の声を上げる。その声はけして大きくは無いが、森に良く響いた。
しかし帰って来たのは無言の一矢。
ダンッ!と重苦しい音を響かせ、アオキの隠れている杉の幹に突き刺さった。
たまったものではないのは、アオキが隠れていた杉に宿っていた木霊だ。
その木に宿っていた木霊は、突然異世界に飛ばされた事により怯え自身の宿っている杉の高い枝へと隠れていた。その時突然 寄り代である杉の幹が傷つけられた為、思わず悲鳴を上げた。
この森の木々はあやかしの里の妖怪達に手入れされ、建築の為に木を切る時もその木に木霊が居ない事確認してから切っている。
傷自体は大した事なくてもここ千年ばかり、傷一つついた事の無い木霊には衝撃の出来事だったのだ。
木霊の悲鳴に呼応してザワザワと森がざわめきだし何処か怯えていたような森の雰囲気が一変する。木霊達の敵意が襲撃者に突き刺さる。だが、敵意程度では襲撃者に傷一つ負わせる事は出来ない。
「何だ!?」
しかし襲撃者は、予想外にも狼狽した声を上げた。
驚いた事に、襲撃者の声は女だった。
「木霊、矢を放った奴は何処にいる?」
アオキは、自身が隠れている杉の木を見あげ、悲鳴を上げた木霊に声を掛けた。木霊は怒った表情でズビシッ!と矢を放った者の居る方向を指差した。
「ありがとう」
礼を言うとアオキは木の裏から飛び出して斧を置いてきた場所に向かって走った。
(ここでやりあうのは不味い)
アオキが居る場所の周辺には木霊の寄り代が多く、このまま戦うのはアオキには躊躇われた。
ひゅんひゅんと風切り音が連続して聞こえ、走るアオキの足元に次々と突き刺さる。
(矢の精度が下がってる?)
先ほどは正確にアオキの頭部に向けて矢を放っていたのに、今はその見る影も無い。その事を疑問に思いながらも、これ幸いとジグザグに森の中を走る。
少し走ると少し森が開いている場所に出た。アオキが木を切っていた場所だ。
地面に放り出してあった斧を掴み、構える。
「どっちから来る?」
いつの間にかアオキの肩に乗っていた木霊に襲撃者がどの方向から来るか聞く。すると木霊は耳をすますように目を閉じ、耳の横に手を当てた。
何度が頷くように頭を振るとカッと目を見開いてある方向を指差した。
「分かった」
そう言うとその方向に向かって両手で持った斧を向ける。
それから大した間もなく木々の間から一本の矢が飛んできた。
矢は、アオキの足が止まった事もあり、正確に顔を狙って放たれていた。
キン!
だが、矢はアオキを貫く事は無い。アオキは盾代わりに斧のヘリで弾いたのだ。
驚いた様な気配がしたが、それは一瞬の事で次から次へと連続で矢が放たれた。
シュシュシュシュ!
それはまるでマシンガンの様な速さだった。だが、アオキはそのすべてを斧で叩き落し、切り落とし防ぎきった。
「俺を矢で殺そう何て1000年早い」
それきり、弓矢の攻撃は止まった。だが殺気は止まず、それ所か益々強くなっていた。
すると、ザッザッと森の置くから緑の服に皮で出来ているであろう軽鎧を着た女が油断無く弓を引いた状態で出てきた。
アオキは驚いた。その女が人間でも、妖怪でもなかったからだ。
その女の耳は長く、殆どの物語で美形と言われている通り美しい容姿をしていた。
だが顔は憤怒に彩られ、アオキは心の中で夜叉女みたいだと思った。
(たしか、前に映画で見たエルフとか言う奴か?)
あやかしの里では、たまにぬらりひょんの爺さんがちょろまかしてきた映画のDVDを、同じくちょろまかしてきたDVDプレイヤーとプロジェクターを使ってぬりかべに映す、映画鑑賞会が開かれているのだ。
上演された映画の中にはもちろん洋画も多く、ついこの間も某ロードなリングに纏わる映画を上映していたからアオキもエルフの事を知っていたのだ。
「オーガ風情が、よくも吼えた物だ」
その声音には嘲りが込められ、普通の鬼であるアオキは少しムッとなった。
「オーガ?何の事だ」
「嘘も言えるのか。しかし愚かなのは変わらんな。その額にある角がオーガである証拠だ」
(オーガ?たしか、映画に出てた西洋鬼か)
巷ではオーガを日本語に翻訳する時、よく'鬼'と訳されるが、当の鬼であるアオキにとってそれは不本意な事だった。
「俺はオーガではない。鬼だ」
「オニ?何だそれは?」
「知らないのか?」
「ああ」
「そうか」
異世界であれば知らなくて当然と言えば当然なのだが、アオキの声には落胆の色があった。
「まぁいい。我ら森の防人たるエルフの管轄する森に入ったんだ。覚悟して貰うぞ」
「一つ聞きたい。何故出て来た?」
森の中から姿を隠しながら矢を放っていれば遠距離攻撃の手段が無いアオキと安全に戦える。それにその状態なら矢が尽きても簡単に逃げる事も出来ただろう。しかし目の前のエルフはしなかった。何故そんな事をしているのかアオキは気になったのだ。
「オーガ風情に馬鹿にされたままで居られるものかっ!私が直接貴様に自分の愚かしさを死を持って分からせてやる!」
目の前に居たエルフは、いたくプライドを傷つけられてご立腹という訳だ。
「そうか」
アオキは、一言そう答えた。
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「良かったんですか?アオキを外に出して」
会議が終わり、妖怪が殆どいなくなった座敷で犬神が里長に聞いた。
「構いませんよ」
里長は事もなげ言う。
「ですがアイツの性格は戦闘向きではありません。何かあった時……」
「大丈夫ですよ。…ああ、君はアオキが戦っている所を見た事が無かったんでしたっけ」
里長は一度何を言っているのだろうという表情をした納得したように言った。
「はい、私はアオキより後に、この里に来ましたから」
「彼は鬼ですよ?それも一鬼倒千のね」
里長は不敵に笑った。
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基本的にアオキは無口だ。いや正確に言うならしゃべる事が不得意なのだ。本来なら「どうして殺そうとするんだ!」とか「お前に危害を加えるつもりはない!」とか、言うべき事は沢山あるのだが、沢山ありすぎてアオキは何から話せば良いか分からなくなっていた。
そして考えるのが面倒になったアオキは一つの結論に至る。
(こいつを里に連れてって山ン本にでも説明して貰おう)
丸投げだった。
アオキはエルフに向かって突撃を開始した。
「うぉおおおおおお!」
斧(例えそれが伐採用の斧だとしても)を携えた大男が大声を上げて全力で突進してくるという状況は、大の大人でも裸足で逃げ出しても、おかしくは無い。だが弓を構えているエルフは、ひるまず矢を放った。
矢はまっすぐ飛び、アオキに襲い掛かるが、難なく斧で弾き返す。
するとエルフはにやりと笑った。
「森の精よ!我が魔力をもって、かの者を捕らえ給え!バインド・ヴァイン!」
二の矢を矢筒から抜き出しながら、エルフが魔法の呪文らしきものを唱えた。
アオキも全周囲に気を配り、何が起きても対処できる様にしていたが、それは無駄に終わった
「えっ?」
何故なら何も起きなかったからだ。
(何だ?何がしたかったんだ?)
アオキはそれを不振に思いながらも、エルフの前まで来るとエルフを殺さないように刃を逆向きにした斧を振り上げた。
「っく!土の精よ!我が魔力をもって、我の前に壁を作れ!アース・ウォール!」
またエルフが呪文を唱えるが何も起きない。エルフの表情が絶望に染まる。
なんとか矢を放つ事はできたが、碌に狙うことの出来て居ない苦し紛れの矢だった。しかし奇跡的にその矢はアオキの頭へと飛んで行った。
それを目にしたエルフは一瞬喜色を浮かべた。
ドッ!っとアオキの頭に矢が命中する。
しかし、アオキはお構いなしで斧を横なぎに振りぬいた。
「ぎゃふっ!」
斧はエルフがとっさに前に差し出した弓を砕きながら胴体にめり込み、エルフを吹き飛ばす。吹き飛ばされたエルフは近くに生えていた木に背中から激突した。そしてそのままずるずると地面に倒れこんだ。何とか立ち上がろうと顔を上げるエルフ。その顔が驚愕に歪む。
「何故…だ。どお…して…生きて…」
最後にエルフは空ろな目でそう言うと力尽き、気を失った。エルフが見ていた視線の先には、頭に矢を受けたはずのアオキが平然と斧を構えていた。
「ふぅ。ああ痛い」
アオキは、エルフが気絶するのを確認するとそこでようやく気を抜いた。額に手を当てて矢が当たった部分をさする。驚いた事に矢が当たった場所はただ赤くなっているのみで、痣にすらなってい無い。
アオキが一息ついて肩の方に目をやると木霊がエルフに向かってあっかんべーをしていた。余程矢を寄り代に刺された事を根に持っているようだ。
倒れているエルフに近づき、改めてその姿を確認する。
プラチナブロンドと呼ばれる綺麗な髪に西洋的に整った容姿、そして耳が長い。
(やっぱりエルフだ。面倒だが、里まで連れて行く)
美しい女が、目の前で気を失っている。普通の男ならいけない妄想の一つでも沸きそうな状況では合ったが、アオキは淡々と持っていたロープでエルフを縛り上げると、肩に担いで里へと歩き始めた。