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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第一話 戸惑う妖怪達

 そこは、日本の地図には何処にも載っていない里。しかしここは、確かに日本だった。

 その里は不思議な場所だった。

 茅葺屋根の家があり、瓦屋根の家がある。だが、そこには現代日本にあるような金属で出来た屋根は一切無い。それどころかこの里には電柱が一本も無い。

 里の北側には、大きな山があり、山の中腹にはこじんまりとしてはいたが、立派な造りをした神社が建てられていた。神社に繋がる参道の下には、まるで江戸時代にタイムスリップしたかの様な光景が広がっている。地面はアスファルトで覆われておらず、土がむき出し。参道に繋がっているメインストリートには瓦葺された木造の商店が並び、一歩奥へ入ると板葺の町屋が軒を連ねていた。

 もし普通の人間が見たら江戸時代をモチーフにしたアミューズメント施設かと思うかもしれない。が、アミューズメント施設ではありえない生活感がその場所には溢れていた。庭に洗濯物が干され、道にはわだちが出来ている。

 里の東に目を向けてみれば、豊富な水量を誇る川が流れ、そこから敷かれた用水路からまだ苗を植えられていない水田へと水が運ばれ、太陽の光をキラキラと照り返している。近くには用水路を流れる水の力を利用する為に木製の水車小屋があった。水車小屋は自分は現役だと誇るようにギッコンバッタンと働いている。


 そんな不思議な里の西側に作られた大きな武家屋敷の一室に怒鳴り声が響いた

「一体どうなっておるんじゃ!」

 怒鳴ったのは、修験者が良く来ている服を着た鼻の大きな赤ら顔の男だった。

「うるせえ!大の男がキャンキャン騒ぐんじゃねぇ!」

 怒鳴り返したのは赤ら顔の男の隣に座っていた赤いジャージを着た男だ。その男の顔は人間の顔とは著しく異なっていた。一言で言うなら犬の顔をしていた。もちろん隠喩ではなく直喩だ。

「はっ!キャンキャン言うのは、てめぇだろうが犬神!」

「びびってる天狗がよく言うぜ!」

「およしよ二人共、そろそろ時間だ。里長がお見えになるよ」

 するといがみあっている二人の間に一人の女性の顔が割って入った。ただ割って入ったのは顔だけだった。二人の正面2m程はなれた場所に正座している女が、首だけを異様に長く伸ばして二人の間に割って入ったのだ。明らかに人間業ではない。

 同じ部屋に居た周囲の者達も、首の長い女に賛同して、そうだそうだと言った。

 小心者がその部屋を見たら心臓が止まるだろう。しかし、ソレに興味を持つ者が居たら狂喜乱舞しただろう。

 部屋の中には、魑魅魍魎が正に跋扈していた。

 河童が、唐傘お化けが、小豆洗いが、一つ目小僧が、その部屋には所狭しと集まって畳敷きの広い座敷に座っていた。一見普通の人間の様な姿をしている者も居るが、この場で平然とした態度を取っている事から、まともな者ではないだろう。

「チッ!」

「フン。わかったよ。ろくろ首」

 二人は自分達が劣勢である事を知ると、お互いに顔を背けて黙る事にした。


 そう、この里の住人達は人間ではない。妖怪だ。

 その集落は'あやかしの隠れ里'と住む者達には、そう呼ばれていた。


「皆待たせたな」

 障子がスッと開かれ、着流しを着た若い男と神社の神職が着る狩衣を纏った狐目の男が座敷に入ってきた。

 男が入ってくると、座敷に集まっていた妖怪達が一斉に居住まいを正し、頭を下げた。先ほどまで言い争っていた天狗と犬神の両名も拳を畳に付け頭を下げている。

 男はそのまま部屋の一番上座の位置に用意されていた座布団に座る。男に続いて入ってきた狐目の男もその隣にある座布団に座った。

 これだけでこの男が妖怪達の中で高い地位に居るのが分かるだろう。事実この男は、この里の長だった。

 今この座敷に居るのは、この里で重要な役職についている者と何の役職にも付いては居ないが住人達から一目置かれている有名な妖怪、それとこの屋敷に居候しているちょっと特殊な妖怪達だ。


「さて、皆さん。顔を上げて。今里で起きている異変について話し合いましょうか。まずは神主。何が起きた?」

 妖怪達が一斉に顔を上げると、里長の後ろに控えていた男が話し出した。

「はい。ことの始まりは、今朝起きた地震でございます。本来ならこの里で地震など有り得ぬのですが、今朝のアレは地震としか言いようがありません。私は慌てて外に出ますと空には見知らぬ月が二つ浮いておりました」

 神主は、閉ざされた障子の向こうにある空に浮いている月を見るかの様に視線を外に向けながら語った。

「皆さんもご存知の通り、この里は浮世とは切り離された異次元にある場所に御座います。私の曽祖父が自身の持つ技術の粋を凝らして、何十にも結界を張り、土地の力を引き出し、星の力を利用し、この場所を作りました。本来ならこの場所は地震などの天変地異など無縁の土地です。ですが、あの地震です。あの地震の後、急いで調べてみると大変な事が分かりました。曽祖父が作り上げた結界や術式が全て崩壊しているではありませんか」

「何だとっ!?」

「真か!」

 結界が全て崩壊している。その一言は、座敷に集まっている妖怪達を混乱に陥れるのに十分だった。

 そもそもこの里は、ある陰陽師が特に悪さもして居ないのに、ただ妖怪であるというだけで退治される妖怪達を哀れに思い作られた隠れ里だ。この里に住む最古参の住人達は、その陰陽師に退治された風を装い、この里へと保護された妖怪達だった。住人は、陰陽師が死んでからも増えていき、現在この里に住んでいる妖怪の数はちょっとした街の人口レベルにまで達している。

 それが、もし人類に見つかったとしたら……。

 妖怪達はその時の事を想像して恐れおののいた。障子に浮いた目目連の目が世話しなく瞬きを繰り返し、不安に駆られた家鳴りがぎしぎしと家を揺らす。


「静かにっ!まだ神主の話は終わってない!」

 里長の一括で混乱していた妖怪達が、一斉に静まる。

「では続きを頼む」

「はい。私は結界や術式が何故崩壊してしまったかを調べ。理由が分かりました。皆さんもご存知のあの空に浮いている二つの月。…というより星空ですね。元来陰陽術とは星の位置と密接に関係しています。曽祖父が作った結界や術式も例外ではありません。つまり、今現在空に浮かんでいる星は、曽祖父が作った結界術式で想定されていた星の巡りをしていない。ゆえに術式が不具合を起して崩壊したものと思われます」

「曽祖父殿が想定されて居ない星の巡り。…という事は……」


 里長が難しい顔をして腕を組んだその時、里長の横にあった襖がスパーン!と勢い良く開かれた。

「異世界じゃ!我々は異世界に飛ばされたのじゃ!間違いない!間違いないぞぉ!」

 座敷に集まっていた妖怪達が驚いて一様にビクッとする。襖のほうを見ると着物を着た小柄な老人が両腕を左右に伸ばし襖を開いた状態で立っていた。

 その老人は、顔にカメラ付きのサングラスを掛け、首には高級そうなヘッドホンが引っかかっており、そのヘッドホンのコードは腰の帯に差し込まれているMP3プレイヤーへと繋がっている。その姿は妖怪と言うより、近所に居る最新機器大好きなサイバー爺さんの様だった。

 しかし侮る無かれ、この老人は妖怪の総大将と名高いぬらりひょんなのだ。

「マロ爺。この非常時に今まで何処にいたのだ?爺は妖怪の総大将であり、里の相談役なんだぞ?いつも言ってるが、自覚を持ってくれないと困る」

「ひょひょ。魔王様がそう硬い事言うでないわい。それよりコレを見るんじゃ!」

 里長の小言をぬらりとかわすと、懐からタブレットPCと取り出すと里長に突き出した。

「これは…?餓鬼か?」

 里長がタブレットPCの画面を覗き込むとそこには、緑色の肌をし、ガリガリなのに異様に腹が出ており、汚らしい腰布を纏いボロボロのナイフや棍棒を持った小男達が映っていた。よだれを垂らし、その目には知性の欠片も見当たらない。

「違うっ!こいつらはゴブリンじゃ!」

「ゴブリン?確か西洋妖怪でそんなのが居ましたねぇ」

 里長は、以前ぬらりひょんに無理やり見せられた映画を思い出しながら顎に手を当てた。確かにそれは、以前映画で見たゴブリンと良く似ていた。

「奴らが居るという事は、この世界は剣と魔法のふぁんたじーなのじゃ!」

 ぬらりひょんは、ひょんな事から最新電子機器嵌り、里長の屋敷に用意された自分の部屋に浮世から沢山の家電や電子機器を所狭しと集めていた。そしてそれぞれの電子機器が使えるように里長に許可も取らずに屋根にソーラーパネルを設置し、川に水力発電機を据え付け、風力発電機を庭におっ建て24時間365日電化製品が使えるようにしてしまったのだ。更には浮世にある里の入り口近くにある資産家の屋敷に堂々と客として入り込み、そこの屋敷から超高速回線を里まで引っ張ってきたのはぬらりひょんの面目躍如と言った所だろう。

 そして、現在嵌っているのが、ネットで公開されている異世界冒険譚の小説を読む事なのだ。これで興奮するなと言うのが無理だろう。

「…それで、この画像は何処で撮って来たのですか?木々を見る限り、里の森ではありませんが」

 里の周りに生えている松や檜、そして杉などの針葉樹が多く生えているのに対し、画像に写っている木々は、見たことも無いものだった。

「ん?そりゃ桃源橋を渡った先の森の更に奥じゃ。ワシは異世界転移した後、直ぐに森に行ったからの」

 桃源橋、それは里の南側にある橋だ。この橋は異世界に転移する前は浮世とこの里を繋ぐ玄関の役割をしていたが、現在はただの橋になっている。

「一人で未開の場所に出ないでください。で、このゴブリンとやらは、何処に向かっていましたか?」

「ん?安心せい。あやつらは、里とは全然別の方向へ歩いて行ったぞい」

「そうですか。皆さん、どうやら我々は本当に異世界に来てしまったようです」

 そう言うと再び、妖怪達はざわつきだした。

「異世界?」

「異世界だって?じゃあ、俺達はもう浮世…いや日本に帰れないのか?」

「この世界に人間は居るのかな?」

「う~ん。この世界できゅうり育てられるかなぁ」

 好き勝手言い合っている妖怪達。そこへ里長がパンッ!と手を叩いた。

「あい、分かった。現状、里の様子はどうだ?天狗」

 神主と呼ばれた男は返事をするとおもむろに話し出した。

「現在里の住人達が不安にがっております。ですので烏天狗達に見回らせ、落ち着くように触れ回っている所です。そして、ぬらりひょん殿も言っておりましたとおり、浮世と繋がっていたはずの道が閉ざされ、見知らぬ森へと繋がったとの事。現在は里の者が外に出ないように、また外から外敵が里に入り込まないように部下に見張らせています」

「よろしい。いい判断ですね。天狗。皆さんも不安でしょうが、落ち着いて行動してください。それと現在この瞬間から、私が指定した者以外里から出ることを禁じます。これは里の安全の為ですのでご理解ください。神主は、できるだけ早く結界だけでも復旧させてください。無頼の輩に、この里を荒らされるのは我慢なりません。出来れば元の世界に戻る方法も探してください」

「御意」

 狐目に男は扇子で口を隠しながら言った。

「それから……」

 里長は次々にその場に居る妖怪達に指示を出していった。


 大体指示を出し終えた里長は、大きく息を付くと、肩から力を抜いて言った。

「…こんな所でしょうか。他に何か意見はありますか?」

 その声に反応して座敷の奥に座っていたツナギを着た男が手を上げた。

「地震の時に斧を森に置いて来てしまった。取りに森に行きたいんだが、良いだろうか?」

 手を上げたのは、森で木の伐採をしていた鬼。

 名をアオキと言った。

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