プロローグ
当作品は"アルファポリス"様のサイトにて重複掲載しております。
雪が解け、木々の青さが濃くなった頃。人っ子一人居ない山の奥の奥。そこにコーンコーンとリズム良く木に斧を叩きつける音がした。その音がしばらく続き、森の中にある一本の杉の木がメキメキと音を立てて切り倒される。
「ふぅ」
切り倒された根元にはツナギを着た一人の青年が立っていた。背は高く2mはある大男だ。伸びるに任せた長い髪は、碌に手入れをしている訳でもないのにさらさらとしており、木々の間からこぼれてくる日の光を綺麗に反射している。その髪は、首の後ろで無造作に紐で結んで纏めていた。
青年は、手に持っていた斧を、今しがた切り倒した木の切り株に突き立てると、額に流れる汗を首にかけていたタオルで拭った。
切り倒された木は、ズルズルと山の斜面に沿って少し滑り落ちて止まった。
一休みした青年は、斧を手に持つとひょいひょいと斜面を下る。そして切り倒した木の先端の方に近寄ると、太い枝も細い枝も一撃で切り落としていく。
「流石、鍛冶頭の斧だ。良く切れる」
そうぼそりと青年がつぶやいた時、大きな地震が襲って来た。
「うぉっ!地震だと!?」
地鳴りが響き、木々が揺れ、半ば朽ちていた木が揺れに耐え切れず倒れる。
青年も持っていた斧を放り捨てて、身を低くする。
永遠とも思えるような長い揺れが収まると、青年はゆっくりと立ち上がった。
「何だ?何か変だ…」
しかし、地震が治まったというのに青年の顔は困惑に染まっていた。
「空気が……変わった?」
青年は、それから放り捨てた斧も拾わずに駆け出した。その速さは尋常ではなく、普通の人間では、ありえない速度で森の中を翔ける。
ザザッ!ザザッ!と草を掻き分け、青年の住んでいる里が良く見える崖の上に到着した。
青年の眼下には、現代日本とは思えない光景が広がっていた。
電柱は無く、家も木造。中にはまるで江戸時代の様な長屋が軒を連ね、丘の上には不似合いなソーラーパネルを供えた、でかい武家屋敷が鎮座している。そしてその里の中を異形の住人達が右往左往している姿が目に入った。
そこには火の付いた車輪としか言いようの無い化物や、壊れた傘の様な生き物、足の異常に長い人型とそれに肩車して貰っている異常に手の長い人型が「何だ!何だ!」と走り回っていた。
青年は驚いた。
「何だ。これは?」
だがそれは、里に関してではない。
青年の目は里の空に向けられていた。
そこには太陽と見た事も無い二つの月と思われる星が、重なり合って浮いていたからだ。
それはまるで空に出来た巨大な目が里を見下ろしている様だった。
呆然と見上げているその青年の額には、二本の立派な角が生えていた。