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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第九話 あやかしの里の朝

コケコッコー!

 この世界でも当然だが朝に日が昇る。長屋で飼っている鶏がけたたましく鳴き、朝が来た事を強引に告げる。

 外は明るくなっており、光が白い障子を通り抜けて部屋の中を、強制的に明るくする。

「…うるさい」

 もぞもぞと布団が動き、布団の隙間から美しいプラチナの髪がこぼれた。

コケー!コケコッコー!

「あー!うるさいっ!ってさむっ!」

 文句を言いながら同時にサナリエンは布団の上で起き上がる。その拍子に布団が跳ね除けられ、二つ折りになった。そしてサナリエンの体が夜明けの少し肌寒い空気に晒され小さく悲鳴を上げた。

 そこでサナリエンはいつの間にか自分が全裸になっている事に気がついた。

「えっ!なんで?」

 すぐに昨日何があったのか必死に思い出そうとし、結果思い出した。

(…そうだ。昨日は何かあったらすぐに逃げ出せるように、全部着たまま寝てたんだけど、あまりに布団の肌触りが良かったから脱いだんだった!)

「起きたか?」

 その時、戸が開かれた。サナリエンが起きたのを察したアオキが開けたのだ。そしてサナリエンを見た瞬間、戸を開けた格好で固まった。サナリエンの方も突然の事に驚いてしまい、頭の中が真っ白になった。

 最初にその状態が解けたのは、アオキのほうだった。

「その、すまん。裸で寝ているとは思わなかった」

 そう言うと戸を開けた時の動作を逆再生したかの様に戸を閉めた。

 タンッと戸の閉まる音を聞いた時やっとサナリエンの硬直が解けた。急いで跳ね除けた布団を急いで体に巻きつけ、大きく息を吸うと精一杯大きな声で叫んだ。

「きゃああああああああああああああああああああああああ!」


 それからは大変だった。叫び声を聞いた長屋の鬼たちが何だ何だと起き出し、アオキの周りに集まってきたのだ。それだけではない。悲鳴を聞きつけたカラス天狗が飛んできて事情を聞いてきたのだ。

 口下手なアオキが四苦八苦しながら、時間をかけて事情を説明した。途中で当事者の話を聞こうとカラス天狗がノックをして戸を開くと今度は服を着ていたサナリエンが居たが、カラス天狗と部屋を覗き込もうとする鬼達を見た瞬間またきゃあきゃあと叫びだしたのだ。

 何とか話を聞こうとしても、叫ぶばかりで話にならない。「こりゃ参った」とカラス天狗は、里長に報告してくると言って飛んでいってしまった。

 結局サナリエンが落ち着いたのは、戸越しのアオキの必死の説得によって、しばらくたってからだった。


 マロ爺は右手に風呂敷包みをもって現れた。

「ワシを差し置いて'らぶこめ'とは……。まったくけしからん奴じゃ」

 ぐったりしながらサナリエンの部屋の前に立っていたアオキにマロ爺はそう声をかけた。

「わざとじゃない」

 そう言うアオキの頬には、大きな手形がついていた。

「なんと!そこまで'らぶこめ'の奥義を極めているとは、恐ろしい。…良いか覚えておくのじゃぞ?女性の居る部屋には、まずノックをするんじゃ」

 マロ爺は戸の木の部分をコンコンと叩いた。

「そして今度は声をかけるんじゃ。サナリエンちゃん!ワシじゃマロ爺じゃ。入って良いかの?」

「…どうぞ」

 いかにも不機嫌ですといった声が部屋の中から聞こえてきた。

「相手から了承の声を貰ってから、ようやく扉を開くんじゃ?わかったか?」

「わかった」

「よし」

 マロ爺はアオキの返事を聞くとゆっくりと戸を開いた。

「おはようサナリエンちゃん。昨日は良く眠れたかの?」

「…目覚めは最悪だったけどね……」

 サナリエンの不機嫌な態度にも気を悪くした様子もなくマロ爺はそうかそうかと頷いた。

 もちろんこの時には、サナリエンはすでに服を着ていて部屋の隅に体育座りをしていた。

「山ン本の所から朝飯を持って来たんじゃ。冷めん内に早速頂こう」

 マロ爺は床に腰掛けて手に持っていた風呂敷包みを解く。風呂敷包みの中には囲炉裏鍋があり鍋のふたの上には竹の皮で包まれた弁当が三つと細長い水筒が乗っかっていた。

「おい、アオキ、お前の部屋から三人分の椀と箸と湯飲みを持ってくるんじゃ。サナリエンちゃん布団をたたんでおいてくれんか。このままじゃ朝飯を食べるスペースが無い」

 サナリエンが立ち上がり、アオキは頷くと自分の部屋へと食器を取りに行った。


 アオキが戻ってくるとマロ爺はすでに部屋に上がっていた。

「おお、アオキ。膳も持ってきたのか。はよう渡せ」

 そしてあれよあれよという間に朝食の準備ができた。


 サナリエンの目の前に朱塗りのお椀によそわれた味噌汁と竹の皮に包まれた弁当がのった膳が置かれた。

 膳とは簡単に言えば大河ドラマとかの食事シーンで食器が乗っている小さな台のことだ。

(また、嗅いだ事のスープ…)

「さぁ、朝飯にしよう!さぁサナリエンちゃんこうやって手を合わせるんじゃ!」

「?」

 サナリエンがふと横見るとアオキもなにやら両手を合わせて待機している。

 訳の分からないサナリエンだが促されて両手の平をあわせるとマロ爺が言った。

「頂きます」

「いただきます」

 マロ爺に次いで唱和する。そしてがさがさと竹の皮を縛っていた紐を解きにかかった。

 サナリエンはそれをきょとんとした表情で見ていた。

「何だその'頂きます'というのは?そういえば昨日もアオキがやっていたな」

 サナリエンがそう言った瞬間マロ爺の目が輝いた!

「キター!ワシにもテンプレキター!」

 マロ爺は箸を握りこみガッツポーズをとった。まだ朝早いというのに、一気にマロ爺のテンションが上ってしまったようだ。

 それを若干引き気味にサナリエンは見ていた。アオキにいたっては、我関せずといった感じに握り飯に噛り付き、味噌汁をすすっている。

「'頂きます'というのは、食材になったものや料理を作ってくれた者に対する礼じゃ。肉は言うに及ばず野菜や穀物にも当然命を持っていた。じゃがワシらが生きて行く為にワシらはそれを奪う。だから食材になった者達に食前に'頂きます'と。そして食後に'ご馳走様でした'と言うておるんじゃ」

 嬉々として'頂きます'の意味を説明するマロ爺。

「ふ~ん」

 しかし、すでにサナリエンの興味はマロ爺の説明ではなく、竹の皮で包まれていた弁当の方へと移っていた。

「…えっ?それだけかの?」

 どや顔で説明したマロ爺だったが、期待した反応が返ってこないのに落胆した。

 ちなみにマロ爺が期待していたのは'頂きますの挨拶の意味に感動したサナリエンが慣れない手つきで「イタダキマス」と言い。その後ちらりとこれで良い?と言った感じにマロ爺の顔を見る'と言うシチュエーションだった。だが、当のサナリエンは「蛮族の癖に妙な礼儀を知っているのね」程度にしか思っていなかった。

「ねぇこれは何?」

「握り飯。俺達の主食である、炊いた米を押し固めたものだ」

「この黒いのも米なの?」

「それは海苔。海草を板状に並べて乾燥させた物だ」

「ふ~ん。あっおいしい。これもおいしいわね」

 サナリエンは次々に膳の上におかれた物について質問していく。それに対し、アオキが端的に答えていく。

 今日の朝食は具無しの大きいおにぎり三つに、お味噌汁、それに沢庵と卵焼きだ。

 サナリエンは次々にこれは何?これは何?と口にしては、その食べ物を不器用に持った箸でぶっ刺して口に運んでいく。

 朝だと言うのにすごい食欲だった。

 その様子をマロ爺は唖然とした様子で見ていた。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」

「ふぅ」

 アオキが使った食器を自分の部屋へ片付けに行き、残りの二人が水筒の中に入っていた暖かいお茶で食後の余韻を楽しんでいた時、マロ爺が切り出した。

「さて、今日の予定じゃが、しばらくこの部屋に住んでもらうにあたって、必要になる日用品や服を集めようと思うんじゃ。ついでに里の中を案内もせんとな」

 そう言いながらマロ爺は、部屋を見回した。昨日は暗くてよく分からなかったが、サナリエンに与えられた部屋は、きれいに掃除されているが、物が何にも無かった。

 間取りは江戸時代では一般的な長屋の部屋の畳敷き四畳半の床に一畳半の土間兼台所、そして生垣で囲われた猫の額ほどの庭。トイレは外にある共同トイレ。水道はなく、長屋にある井戸から手押しポンプを使って水がめに汲み置く。このポンプの使用に関しては、妖怪つるべ落としから苦情が出たが、まぁそれは余談だろう。

「別に良いわよ…。私はこんな危ない場所出歩くつもりなんて無いわ。私は一週間この部屋に篭っているわ」

「おや、ではトイレはどうするのかの?この部屋にはトイレなんて無いぞい。それに着替えはどうするんじゃ?サナリエンちゃんの荷物は帰るまで返せんぞ」

「うっ」

「それにのう。サナリエンちゃん昨日森の中を歩き回ったじゃろ?そのー。言い難いんじゃが……」

「何よ」

 マロ爺は、着ていた着物の袖をつかんで鼻の前に持ってくる。

「汗臭いんじゃよ」

 そういった瞬間サナリエンは顔を真っ赤にして反論した。

「そんなわけ無いじゃない!私は三日前に沐浴したばっかりなのよ!あんた達の鼻、おかしいんじゃないの!?」

「…ワシらは毎日風呂…。お湯で沐浴してるんじゃ。ものぐさな者ですら二日に一回は入る。じゃから人のそういう匂いには、ちょっと敏感なんじゃ。それにワシらの中には、嗅覚に優れた者もおるしのう」

「っく。分かったわよ行けばいいんでしょ!行けば!」

「おお良かった。分かってくれたか!」

 相好を崩したマロ爺は、早速立ち上がるとサナリエンを引っ張って立たせた。

「さぁ急ごう。今なら銭湯の一番風呂に入れるぞい」

 そそくさと草履を履いて外に出る。マロ爺は、何故か妙に急いでいた

「えっあっちょっと!あのオーガはいいの」

 サナリエンも急いでブーツを履いてその後に続いて外に出た。アオキは、食器を片付けに行ってから、まだ帰ってきていない。

「良いんじゃ良いんじゃ。ワシがおるでな」

 マロ爺は、見目麗しいエルフであるサナリエンと二人きりでの里案内を目論んでいたのだ。

 サナリエンはマロ爺がアオキを上回る力を持っているのかと一瞬考えたが、どう見ても目の前居に居るのは小柄な爺にしか見えなかった。だから、いざとなれば逃げられるだろうと考え、なすがままになっていた。

 いざ行こう、さぁ行こう、すぐ行こうとサナリエンの背中を押して長屋の入り口の方へとぐいぐいと押していく。そして長屋の入り口まで進んだ。

「ちょっちょっとまって自分で歩けるからっ!」

 その時アオキの部屋の戸が開いてアオキが出てきた。アオキは着替えてきたらしく青に白のラインが入ったジャージの上下を着ていた。靴は普通のスニーカーを履いている。そして何故か手には風呂桶と手ぬぐいなどの銭湯セットが抱えられている。

「待て、監視役の俺を置いて行くな」

「ちっ気づいたか」

 マロ爺は忌々しそうにアオキを見た。

「部屋の外で騒がれて、気づかない訳は無い」

 アオキは表情を変えずに言った。

「なら老い先短い老人に若い女子と二人きりでお出かけするという、ちょっとした楽しみをくれても良かろう!」

「あんたは俺より長く生きるだろう」

 アオキは呆れた風に言うとサナリエンの背中を押していたマロ爺を追い抜いた。

「案内しよう」

 サナリエンはアオキに促されて一緒に長屋の門をくぐった。


 

「あっ!アオキが女と一緒に出てきた!?」

 門を出るとそこでアオキ達は天邪鬼であるヒビキと鉢合わせした。今日も深くフードをかぶりぱっと見、男の子にしか見えない。

「おはよう。ヒビキ。昨日はどこかに泊まったのか?帰ってなかったようだが?」

 ヒビキの部屋は、アオキの部屋の隣で、サナリエンに与えられた部屋の反対側にあった。

「あっああ。突然変な所に里が飛ばされたから、座敷童の奴が怖がってたからな。ククク。一晩中脅かしてやったんだ」

(ふむ。座敷童が怖がってたから、不安がらないように面倒を見てきた…と)

 アオキは、脳内で天邪鬼式翻訳を行い、ヒビキが実際は何をしてきたかを読み解く。

「そうか。偉いな」

「それで、この女は何なのさ」

「里の客人だ」

 ヒビキは、明らかに自分より背が高いサナリエンに何の気負いも無く近づくと舐める様に観察した。

「ん~。あー!この女確か、昨日アオキにとっつかまった間抜けじゃないか!」

「なっ!」

 サナリエンはその馬鹿にした態度に腹を立て睨みつけた。しかしヒビキは、そんな視線を皮肉げな笑みを浮かべながらどこ吹く風と受け流すとアオキの方を向いた。

「それで何で一緒に鬼長屋から出てきたんだ?」

「彼女が長屋に泊まったからだ」

(泊まったってまさかアオキの部屋じゃねーだろーな?)

 内心の動揺をアオキに悟られまいと、なんとか平静を装う。

「へー何で桶持ってるんだ?」

「俺達はこれから銭湯に行ってくる」

(せっ銭湯!?もっもももしかして本当にやっちまったのか?だから二人して昨晩の銭湯で汗を流そうと!?)

「ふっふ~ん。その女も一緒にか」

 麗はなんとも思ってない風を装いながら情報を聞き出そうとした。もちろんヒビキの事を知っている妖怪ならヒビキが動揺している事は明らかだった。

「ああ、俺も彼女も昨日から風呂に入って無くてな。ふぁ」

 アオキはそういうと大きなあくびをした。昨日は徹夜でサナリエンの部屋の前に立っていたから眠いのだ。

(アオキ眠そうだな。…まさか、一晩中ヤッてたのか!?いいいや。アオキの事だ。なななな何かの間違いだだだろ)

「それで客人に里の案内するついでに銭湯に入ってこようと思ってな」

(おおお銭湯!?二人きりで!?つまり混浴!?)

 ヒビキの妄想乙女回路にスイッチが入り、脳裏にアオキとサナリエンが銭湯でくんずほぐれつしている様子が映し出される。ボーイッシュな格好をしているが本来のヒビキは、かなり乙女チックな性格をしている。だが、天邪鬼の特性上それを外に出す事は出来ないが…。

(ダメダメダメ絶対ダメ!阻止してやる!)

「そう。じゃあ、俺も行こうかな」

「ん?お前も来るのか?」

「そうだ。悪いか?お前が嫌だと言っても行くぞ」

「いや、ちょうど良かった。待ってるから早く着替えを取ってこい」

「あ、ああ。待ってろ」

 ヒビキは、アオキの反応が予想外だったので微妙に腑に落ちないような表情で自分の部屋へ早足で歩いていった。


 この会話の時、マロ爺は、鬼長屋の門の裏に隠れていた。その方が面白そうだったからだ。

 (壁が無いに等しい長屋で睦言なんぞする訳無いじゃろうが。まぁ勘違いしていた方が、面白そうだから黙っておくかの)

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