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6.お嬢と魔術人形

説明回になった。オチはない。

「たぶんね、君、本当は死んでるんじゃないかな?」

 輝く金の髪を揺らしながらにこにこと笑うジャスパーの言葉に、僕は思わず傍らの美少女(リオナ)を見やった。


 リオナは、先日潜入したサバトで生贄として転がってたところを掻っ攫ってきた女の子だ。サバトに潜入したのはお嬢の命令だが、掻っ攫ったのは命令ではない。だが、転がる生贄を見ているうちに、コレってお土産にいいんじゃないかと思いついて、ついやってしまったのだ。

 特に後悔とか反省とかはしていないが、拾ってきたのは自分なんだから調査はやれと言われて、少し面倒くさいなとは思っている。

 彼女自身の「俺は男のはずなんだ」という主張を聞いてるとやっぱり面倒くさそうで、早くエリアスにでも全部押し付けなきゃ、と思う。


 そのリオナを連れて、今日、僕は改めてジャスパーを訪ねていた。

 もちろん、お嬢から、まずは魔術師を使ってリオナの諸々を確かめろ、と命じられての訪問だ。


「え、だって俺の心臓動いてるよ?」

 僕同様、いきなりの言葉に唖然としたリオナは、ぽかんと口を開けてジャスパーを凝視する。たしかに、彼女からは不死者(アンデッド)特有のえぐい臭いとか、そういうものは感じない。

「うん。動いてるのは、そういうふうにその身体ができてるからだね」

 やっぱりにっこりと微笑んだまま告げるジャスパーに、リオナはますますわからないと首を傾げた。

「もうちょっとさ、馬鹿にもわかるように説明してくんないかな。俺、勉強苦手なんだ。あんま成績もよくなかったしさ」

「君、自分が馬鹿だって自覚あるんだ。なかなか見込みあるね」

 何の見込みだろうか。

 ろくな見込みじゃないのは確かだが、ジャスパーはどうやらこの娘の中身()に興味がわいたらしい。

「というか、勉強したことあるんだ?」

「え、普通するっていうか、させられるものじゃない? 勉強しなきゃいい学校行けませんよとか、いい会社に入れませんよとか言われて」

 へえ、とジャスパーは目を細める。この子の言葉に興味をそそられたらしい。僕もちょっと面白くなってきた。

 ……だが、今はお嬢の用件が先だ。

「ジャスパー、身体がそういう風にできてるって、なんか普通の身体じゃないみたいな言い方だね。つまり、この子の身体って、アレってことかな?」

「アレ?」

 今度はくっくっと笑う僕を見上げて、リオナが顔を顰める。

「そ、アレだと思うよ」

 ジャスパーも楽しそうに笑いながら頷いた。

 なるほど、アレなら微妙な違和感も身元不明も説明がつく。


 だいたい、これだけの美少女で手入れの行き届いた貴族然とした容姿なのに、この“都”に噂ひとつ流れていないというのは不自然なのだ。そもそも、彼女のような容姿の人間にまつわる噂すら皆無というのもありえない。

 それに、昨晩目を覚ましてからずっと感じ続けているうっすらとした違和感も、リオナが普通ではないことを示している。


「アレってなんだよ!」

 訳がわからないと、僕とジャスパーを見比べて眉を吊り上げるリオナは、ほんとうによくできているなと感心する。

 毛を逆立てて威嚇する小動物のように睨み始めたリオナは、これはこれでなかなか面白い生き物なんじゃないだろうか。

「まあまあ、私が最初から説明してあげようね。君にもわかるように」

 ジャスパーは相変わらずにこにこと笑みを浮かべたまま、まるで弟子に相対する導師のように、リオナに向かって人差し指を立てた。




「まず、君の身体(ボディ)だけど、それはいわゆる“人造人間(ホムンクルス)”というものだ」

「ほむんくるす?」

 聞きなれない言葉にリオナはやっぱり首を傾げてしまう。

「そう。さまざまな魔術的素材を組み合わせて捏ね上げて、そこに……素人に説明するには少々面倒くさい魔術的儀式をほどこして作る、人工の肉体だ」

「うん」

「たいていの場合、魔術師が便利な使い魔のようなものとして使役するために、魔術的な擬似生命を与えて完成となる。普通ならね」

「ぎじせいめい?」

「まがい物の生命ってことだね」

「俺、生き物じゃないってこと? でも俺、学校だって通ってたし……」

「まあ落ち着いて。もうちょっと説明するから」

 わかったのかわかってないのか。

 あまりわかっていなさそうな、けれど不安げな表情でリオナは頷く。

 そのようすを眺めながら、微妙な感情に合わせて細かく動く表情とか、ほんとうによくできてるなと感心する。いったいどこの職人が作ったものだろう。


「まず最初に、平たく言ってしまえば、君の身体は偉大なる魔術により作られたスーパーでスペシャルなボディなんだ」

「……す、すげえ! 俺すげえ!」

 ようやく合点がいったのか、リオナの顔がパアアと輝いた。

「人工物だから成長も老化もない。もうひとつ言うと、筋肉も付かないからマッチョになるのは無理」

 リオナの顔が一転して絶望に染まった。これもこれで面白い。

「俺、エリアスさんみたいなガチムチマッチョになってカッコよく剣振り回したいのに、無理だってこと?」

「がちむちって、君、おもしろい表現使うね。それはともかく、魔法的に生み出されたものというのは基本的に作られた時に能力が固定されてしまうもので、変化なんてしないんだよ。だから、君の身体は現状のまま強くも弱くもならない」

 あからさまに項垂れてがっかりする姿に、何かが刺激されたのか、ジャスパーは面白いことを思いついた時のような顔になる。

「どうしてもって言うなら、私が肉体改造してあげてもいいよ」

 肉体改造! と、魔術師に自分の身体をいじらせることの恐ろしさなどかけらも思いついてなさそうな表情で、リオナがまた顔を輝かせた。

「ちょっと待ったほうがいいよ」

「え、なんでさ!?」

 興奮するリオナの肩を叩いて、僕はまあまあと宥める。

「この部屋に来る途中、アイアンくん13号ってあっただろう? あれ、ジャスパー作だから。そこはよく考えたほうがいい」

 この塔の階段の途中途中に佇んでいたゴーレムのことを思い出させる。


 通常のゴーレムの姿から大きく外れ、わけのわからないオプションがこってり付けられた、ジャスパー曰く“カッコよくて機能的”なゴーレムの姿だ。


 とたんにリオナの顔に落ち着きが戻った。

「で、ぎじせいめいって、俺もそうだって言うの?」

 少し上目遣いにジャスパーを見るリオナは、肉体改造については聞かなかったことにするようだ。

「いや、そこはちょっと違うと思うよ」

 ジャスパーは、なんと説明したものかとしばし考え込んだ。そこは僕も気になっていたところだ。通常、魔術で仮の生命を吹き込まれたホムンクルスが、ここまで自我を持って動き回るなんてとても考えにくいことなのだ。

 魔術にそこまでの力はない。

「最初に、君が本当は死んでるって言っただろう?」

「あ! そうだよ、なんで俺がもう死んでることになるんだよ!」

 ジャスパーは楽しそうに笑って、ひょいと肩を竦める。

「そりゃわかるよ。(コード)が付いてないからね」

「こーど?」

 またぽかんと口を開けたリオナは、自分の身体をぐるぐると見回し始めた。

「ちょ、そんなに見回したって君には見えないよ」

「でも、ジャスパーさん、コードって」

 ジャスパーに翻弄されるリオナの姿に、僕はぷっと噴き出してしまう。

「ジャスパーの言う“(コード)”っていうのは、身体と魂を結ぶ紐みたいなものさ。魂を持つ生き物なら何でも、魂と身体は“銀の緒(シルバーコード)”というもので繋がれてるんだよ。どんなに離れててもね。

 ちなみに、魔術や神術を使えばわりと簡単に見ることもできるよ」

「へえ」

 やっぱりぐるぐると自分の身体を見回しながら、リオナは感心したように声を上げる。そんな彼女を見て、ジャスパーはにやりと笑った。

「もちろん、世の中のすべての生き物が魂を持つわけじゃないから、君がもし魂を持たない種族でならこの限りではない」

「え? そんなやついるの?」

「そう。例えば悪魔(デヴィル)

「……うえ?」

「君が悪魔なら、緒など最初から無くて当然だ」

 ごくりとリオナが唾を飲み込んで、僕を見上げる。

「悪魔って、ほんとにいるものなの? もし俺が悪魔だとどうなるの?」

 僕とジャスパーは軽く目を合わせる。

「僕が“悪魔混じり”って種族なのと同じくらい確実に、悪魔は存在するよ」

「え?」

 リオナはまたぽかんと口を開ける。

「で、もし君がほんとうに悪魔だったら、お嬢はたぶん喜ぶけど、エリアスが即行で正義神の教会に叩っこんで悪魔祓いするんじゃないかな」

「え」

 祓われちゃうんだ、と呟くリオナに、ジャスパーがくすりと笑った。

「君が本物の悪魔なら問題ない。祓われたところで九層地獄界(インフェルノ)に送り返されて、しばらくこっちに来られなくなるだけだから」

「え、そういうもん?」

「そうなんだ。実は悪魔祓いって悪魔にはたいしてダメージじゃない。屈辱感が少々半端ないだけでね。君が天使(エンジェル)でも同じようなものかな。

 ま、そうはいっても、君はそのどっちでもないと思うよ」

「そこまでわかるの?」

 まるで講義でもしているかのように、ジャスパーは鷹揚に頷く。

「悪魔も天使も純粋な悪だったり善だったりと、この世界の生き物に比べてすごく偏ってて(いびつ)だからね。ちょっと見ればだいたいわかる。

 そういう意味では、君はどこからどう見ても普通の人間だ」

「え、でも、アートゥさんは偏ってるようには見えないよ?」

「私もアートゥも、持って生まれた血筋のせいで人間より若干偏りやすいというだけの、この世界(アーレス)に普通に存在する生き物だからね」

 リオナは眉を寄せて、やっぱり納得がいかないという顔をした。

「でまあ、話を戻すと、君は悪魔召喚用に用意して調整されたホムンクルスに、何らかの要因で間違えて入ってしまった死者の魂、というところだろう」

 だいたい想像がついていた内容に、僕も頷いた。

 ジャスパーの言う“何らかの要因”は、僕のやった魔法陣の細工と手入れで中断された儀式の変な副作用だろう。だがそこは黙っておく。

「え、じゃあ、俺、幽霊なの?」

「んー、微妙に違うけど、そんなものだと理解しておけばいい」

「ゆーれーなんだ……化けて出たってやつかな。じゃ、俺、何か未練を消さないと成仏できないの?」

「“じょうぶつ”が、君の奉じる神の元へ赴くことを指しているならちょっと違う。どちらかというと、神の元へ行こうとした君を掻っ攫って無理矢理この身体に閉じ込めたと例えるのが、君の現状に一番近いだろう」

「じゃ、俺、ずっとこのまま……?」

「いや。多少頑丈に作ってあっても、所詮ホムンクルスだからね。私の見立てでは、もって100年といったところじゃないかな。

 100年もすればその身体の寿命が来て、君の魂は解放される」

「100年……」

 僕は、呆然とするリオナの頭をぽんぽんと慰めるように軽く叩いた。




「というわけで重大発表」


 ジャスパーのところを引き上げた後、すぐにお嬢に報告した。リオナが悪魔じゃないと知って興味を失ってたお嬢は、実は魂入りホムンクルスということでにわかに興味を持ったようだった。

 その結果、リオナの当面の処遇も決定した。


 おそらく中身の魂は、ホムンクルスの外見年齢相応の子供だろう。だが、リオナは自分を馬鹿だと言うわりに、基礎教育はきちんとされている。

 つまり、体力では役に立たなくても頭を使うことでなら役に立つのではないか、というのが僕とお嬢の判断だ。


「なに、アートゥさん」

 不審げに僕を見るリオナの前に、僕は持ってきた書物を積み上げた。

「君にはお勉強をしてもらうことになったから。とりあえず、これを毎日1冊ずつ読んでくれるかな」

「……これ本? 俺、本読むのあんま好きじゃないよ。眠くなるじゃん」

「つべこべ言わない」

 不満げに積まれた書物のいちばん上の表紙を開き、リオナは嫌そうな顔でぱらぱらと頁をめくっていく。

「それにさ、アートゥさん」

「なに?」

「俺、こんな字読んだことないよ。何語?」

「……は?」

「こんな字見たことないし。居眠りしながらノート取ったみたいな字じゃん」


 そこからか、と考えて、僕はなんだかいろいろと面倒くさくなった。


「エリアスかジャスパーに投げようかな」

 ぴく、とリオナが僕を振り仰ぐ。

「……アートゥさん、投げるなら、絶対エリアスさんにしてよね」

 顔を顰めるリオナを、僕は見下ろす。

「だって、ジャスパーさんの目つきやばかったじゃん。俺、ひとりであそこ行ったら、絶対改造されるよ」

「たしかにそれは否定できないな。ま、自分でエリアスに頼んでみたら? 僕が言うよりすんなり頼まれてくれると思うよ」

 リオナはこくんと頷いて、「そうする」と部屋を飛び出していった。




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