表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

5.お嬢と生贄

「あー、なんかヤバイ感じになってきたなあ」

 どのあたりで引こうかな、と考えながら、入り口をちらりと見る。念のために退路は確保しているし、万が一にも成功しないようにこっそり魔法陣の文字の改変はしたし、あと気になるといえば……。

「やっぱり、あれは問題だよな……」

 はあ、と見つめる僕の視線の先には、大きな塊が転がっている。時折もぞっと動くから、意識はあるのかもしれないが……その塊が置かれているのは、この広い地下室の床の半分以上を占める魔法陣のど真ん中なのだ。

 できれば回収しておきたいけど、さすがに、今、この魔法陣の中に踏み込めるほどの度胸は僕にない。

「当局の手入れが来るって情報もあるし、早く引き上げたいよなあ……」

 周りに聞こえないよう、ぼそぼそと呟く。




 今、ここではまさにサバトが行われている。

 お嬢がいつもやってるようななんちゃってではなくかなりガチなものだ。

 魔法陣も本格的に魔導書から引っ張ってきたものだし、詠唱してる呪文もどうやらしっかりしている。この分なら何かそこそこの悪魔(デヴィル)の真名すら抑えてるんじゃないだろうか。

 あの魔導書、ジャスパーのお土産にしたら貸しにできそうだよなあ。


 ちなみに、儀式をしているのは、最近妙に元気に活動している新進気鋭の悪魔王カルトグループだ。

 こいつらが最近頻繁に儀式を行っていることは、お嬢も承知している。

 なぜ僕がここにこっそり混じっているかといえば、お嬢から「まんいち悪魔王召喚に成功したら困るから、邪魔をしてきてちょうだい」と命じられてしまったからだ。

 エリアスに潜入みたいな真似はとてもじゃないが無理だというので、僕は今ひとりだ。もちろん、種族や外見などは身バレしないように変えている。


 隙を見てあれこれ細工だってしたし、呪文だけ本格的でも儀式の失敗は確定なのだからさっさと帰ればよかった。

 だが、うっかり用意されていたものに気づいてしまい、なんだか逃げ出すわけにいかなくなってしまったのだ。


 ……まさか、人間の生贄を用意してるなんて、想定外だ。


 これ、当局に見つかったら確実にお説教では済まない。縛首の上晒し者にされて家はお取り潰し一族郎党はさようならとフルコース間違いない。


 こいつら馬鹿だと思ってたけど本気で馬鹿だった。後戻りできないとこまで来ているとか、頭が悪すぎる。

 たしかこのグループを取り仕切ってたのは、中堅貴族の某子爵家の次男だったはずだ。どう収拾をつけるのだろうか。

 いや、もう今さら収拾なんて付かないと思うけど。


「ま、知らないからいいけどね」


 僕のところまで噂が伝わってくるということは、当局の手入れは確実だろう。

 では、そのごたごたに乗じてあれを持って逃げればいいだろう。


 魔法陣の周囲を囲うように並び、顔を伏せて精神集中をするふりをしながら、騒ぎはまだかとじっと待つ。

 囲みの内側にでて、魔導書を朗々と読み上げているのが、問題の子爵家次男坊だろう。そろそろ詠唱も終盤のはずだ。魔法陣の中心から噴きあがった薄い煙に少々焦ってしまうが、まだ儀式は完成してないはずだ。

 とにかく、早く踏み込んでくれないと儀式が終わっちゃうんだけどなあなどとちらちら扉を気にしながら待っていたら、上階が騒がしくなってきた。

 ようやくか。


「何の騒ぎだ!」


 何ってひとつしかないだろうにと考えながら、おろおろし始めるひとびとからさりげなく離れるように、僕はゆっくり魔法陣の中心へと近づく。

 と、間をおかずにばたばたガチャガチャと騒がしい音が近づいて来て、ばたんと派手な音とともに扉が開け放たれた。


「その場を動くな!」


 怒号とともに踏み込む騎士たちに驚いたのか、ガシャンガタンと何かの瓶の割れる音や家具の倒れる音が響いた。埃が舞い上がり、きゃあきゃあと叫ぶ声も上がる。

 誰かがろうそくを倒したのか、羊皮紙の焦げる臭いと煙までが立ち上り、パニックに拍車をかける。


「キャアア!」


 金切り声と鎧が鳴る音と剣の鞘走る音が混じる。

 が、このチャンスを逃さず、僕は真ん中の塊に飛びついた。ついでに狼狽える主催者の手から魔導書をもぎ取り、急いで魔術を使う。詩人ならだいたいの者が習得している転移魔術だ。町の外まで出るのは無理でも、この建物から少し離れた場所までならなんとか行ける。

 転移阻害の魔術に捉えられる前に、この場からはさっさとおさらばだ。




「エリアス、エリアス」


 短距離の転移魔術で現れた場所は、さっきまでいた屋敷からそう遠くない裏路地だった。ここで待機するエリアスと合流する約束なのだ。

 エリアスなら騎士と正義の神の教会の信者だし、取り締まりの役人だの警備兵だのにも顔が利くから、うまいことごまかしてくれる。


 小さくエリアスを呼びながら、僕は手早く着ていた長衣(ローブ)を脱いで、持ち出した魔導書ごとくるくる丸めた。ついでに、かけていた“変装”の魔術を解除する。


「無事逃げてきたか」

 残念そうにつぶやきながら、やっとエリアスが出てきた。

 自分が潜入に向いてないから僕が代わりに危険を冒してきたんだということを、エリアスはちゃんと理解しているのだろうか。

「まあね。なかなか踏み込んでくれないから少し焦ったよ。じゃ、これよろしく」

「なんだ……って、おい!」

 ぐい、と押し付けられたどでかい包みを受け取り、それが思ったよりずっしり重くてぐにゃぐにゃしててしかも暖かかったことに驚いたのか、エリアスはびくっと身体を震わせた。

「それ、お嬢にお土産だから」

「お土産って、お前、これ動いたぞ!」

「当たり前だよ、生きてるんだから。落とさないよう丁寧に運んでよね。ほら、行くよ。いったんジャスパーのところに寄らなきゃならないんだから、さっさとして」

「い、生きてる!?」

 エリアスは目を白黒させながら、おっかなびっくり包みを抱え直した。う、と中からうめき声が聞こえて「うわ」と小さく悲鳴を上げている。おもしろい。

 くっくっと笑いながら、僕は先を歩き出す。

「もう遅いし、とにかく急ごう」

「あ、ああ」




「やあ、無事に終わったみたいだね」

 塔ではジャスパーがいつもどおり笑顔で待っていた。

「はい、これは君にお土産。たぶんガチだから、精査も頼むよ」

「はいはい」

 ぽんと放り投げた魔導書入りの丸めた長衣(ローブ)を受け取って、ジャスパーはさっそく中を覗く。すぐに「うわあ」と声を上げたところを見ると、心当たりの魔導書だったようだ。

「こんなの使うとか、無謀にもほどがあるなあ。本職だって取扱注意なヤツだってのに。これ、使用法間違えてもおおごとになるようなやつだよ」

「へえ? まあ、それはいいや。あと、これ。エリアスが担いでるやつも調べてよ。問題なければお嬢のお土産にしようと思って持ってきたんだ」

 エリアスが担いだままの大きな包みを指す。

「何だい、これ」

「たぶん生贄用の人間」

 ブフォッとエリアスが噴き出した。

「なっ、生贄? 人間?」

 慌てて肩から降ろし、包みを解く。「そういうことは先に言え!」と言いながら中を覗き込み……。

「うっ」

 顔を真っ赤にして逸らしてしまった。

「どれどれ」

 ジャスパーが楽しそうに覗き込むと、気を失っているらしい中身をゆっくりと引っ張り出す。

「へえ、どこから攫ってきたお嬢さんだろうね。この容姿なら上位貴族かもしれないんじゃないかな」

 腰まである柔らかな金髪にしみひとつ無い白い肌。手足にはもちろんカサつきなど見当たらず、家事労働などとは縁遠い身分だろうと推察されるほどにつるつるとなめらかだ。歳は見た限り15か16というところで、凹凸もしっかりしてるし容貌もかなり整ってるだろう。

 うちのお嬢と張れるレベルじゃないだろうか。

「ま、とにかく、余分な魔法が掛かってなければ、お嬢のとこに持ってくつもりなんだ。早く調べてよ」

 はいはいと呪文を唱え始めるジャスパーの横で娘をさらに観察する……と、いきなりばさりと、娘の身体にマントを掛けられてしまった。

 見上げると、エリアスが赤くなった顔を顰めている。

「まだ若いんだ、せめて身体を隠してやれ」

「いやいや、だってどこかに悪魔王の印とかついてたらどうするのさ」

「だが、それなら……」

「もう、ないって確認終わってるけどね」

「なっ!」

 ぐ、と拳を握るエリアスをにやにや見ていたら、娘が急に呻き声を上げてもぞもぞと動き始めた。

「ジャスパー!」

「目立つ魔術は掛かってないと思うよ」

 エリアスも剣に手を掛ける。僕も一歩下がって身構えた。


「ん……ここ、どこだ……」

 娘は身体を起こしてぱちぱちと瞬きをして、ぐるりと部屋を見回した。そのようすを警戒しながら、僕たちはじっと見守っていた。

「うわ、なんだここ。変な部屋。マジでどこだよ……って、ええ、何で俺はだ……え、ちょっと待ってなんだこれなんだこれええええ!?」

 突然、頭を抱えて絶叫する娘に、僕たちは思わず顔を見合わせてしまう。

「君、誰?」

 ジャスパーがするりと近寄ると、いつもの笑顔で娘の顔を覗き込むようにして、にっこりと尋ねる。

「誰って、そんな、そんなことより、なんで俺におっぱいついてるの?」

「……は?」




「それで結局、あの子はなんだというのかしら?」

 ははは、と苦笑する僕に、お嬢は首を傾げる。

 あの後どうにか娘を落ち着かせて話を聞いてみたけど、要約すると「何が何だかさっぱりわからないし何も覚えていない」ということだった。

 結局、何か危険な魔術がかかってるとかもないようだったし、まあいいかとお嬢のところへ連れてきたのだ。

「だって、あの塔にいたら、絶対俺、あの変態になんか怪しいことされたと思うし、3人の中でエリアスさんがいちばん安全みたいだったし弟子になるのもいいなと思ったんだよ」

「ということらしいです」

 娘の言葉に、お嬢は少し呆れた顔になる。

「弟子って、何の弟子になるつもりなのかしら。お前、その細腕では剣など使ったこと無いでしょう。短剣すら振り回せないのではなくて?」

「そ、そこはほら、毎日鍛えれば、エリアスさんみたいなムキムキマッチョになれるかもしれないし?」

 お嬢と僕とエリアスの3人にじっとりと見つめられて、娘は「やっぱ、だめかな?」と眉尻を下げて笑う。

 お嬢はやっぱり呆れた顔のまま、小さく息を吐いた。

 こいつ、お嬢に溜息を吐かせるとはなかなかやる。

「そこはエリアスと相談なさい。それで、お前、名前も覚えてないというのは本当なの。おまけに、自分は男のはずだと言ったそうね」

「ええと、はい。なんつか、こんな美少女のナリで言うのも変だけど、俺絶対男だったんだよ。だから変なんだ」

「えーと、お嬢。ジャスパーの話じゃ、たぶん召喚呪文が終盤変なところで切れたのと、僕が念のために仕込んだ細工との合わせ技で、召喚陣が変な方向に働いたんじゃないかってことです。

 たぶん、彼女の中に本来と違う(モノ)が呼ばれて入ったんじゃないかって」

「そう。悪魔王と関係ないのならいいわ。

 そういうことであれば、お前のその身体の身元くらいはわたくしが探して差し上げましょう。

 ……それにしても、名が不明というのは困るわね」

 お嬢はわずかに眉を寄せて考える。

「当面、お前のことはリオナと呼びます。処遇はエリアスに任せましょう」

「な、ユーフェミア様!?」

「弟子でも見習いでも侍女でも、好きなようにお決め。部屋は離れに用意させるわ。アートゥ、説明してあげなさい」

「はい、お嬢」

 やったー! と大喜びで跳ね回る(リオナ)の横で、エリアスはまるで頭痛を抑えるかのように頭を抱えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ