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3.お嬢と呪い

 昨晩とうとうエリアスがキレた。

 お嬢の護衛騎士として相当訓練されているはずのエリアスがキレた。


 月が変わって襲撃があったのは昨晩で4回目。連続して3晩だ。しかも回を増すごとに規模も大きくなっている。悪魔王の名前を讃えるアレな奴らが自爆する勢いで襲ってくるのだ。そりゃエリアスだって寝不足になるだろう。僕だって寝不足だ。


 だが待ってほしい。襲撃は僕のせいなのか?


「そんなの関係あるか。とにかくお前がなんとかしろ」

 今にも斬るぞと言わんばかりの彼の目はたぶん本気だった。あの書物を持ち込んだ商人は既に(アケローン)の向こう側に渡ってしまったし、怒りのぶつけどころが僕しかいないということなのだろう。

 ……納得できない。

 万難を排し、僕の吟遊詩人としてのスキルと伝手をフルに活用してこいつの実家の評判を落としてやろうかと一瞬考えたが、もっとアレなことになったときのためにとっておこうと思い直した。

 まあ確かに、夜中に落ち着かないのはそろそろなんとかすべきだと、僕も考えていたのは確かなので、何か手を打とう。


「わたくしを恨んでいるものですって?」

 念のため、お嬢に心当たりを聞いてみる。もちろん、期待はしていない。

「はい……その、お屋敷に何度か襲撃がありましたから、原因を取り除いたほうがよいかなと」

「オホホホホホホホホ!

 何を肝の小さいことを言っているのかしら! 襲撃? 結構ですわ。わたくし、逃げも隠れもしませんわよ。いつでもかかってくるがよいわ!」

 ですよねー。そうだと思いました。

 ていうか、お嬢はじめご家族の方々全員、結構な騒ぎだったわりに誰も起きてきませんでしたしね。護衛を信用してるのか単に熟睡してたのか、僕にはわかりませんが。

「お嬢、それ悪役っぽいセリフですし、襲撃されると庭師の皆さんはじめ使用人の方々にもいらぬ負担がかかることになりますから。ほら、エリアスも寝不足であんなに目の下黒くなってますよ。臭いはもとから絶たないとダメだって昔の偉い魔術師も言ってます」

「あら、確かにそうね。

 ……ならばわたくし手ずから呪いを掛け、賊を操る黒幕に天誅を下し、炙り出しましょう。

 うふふ、いい考えね。今夜さっそく儀式を執り行うことにするわよ。アートゥ、魔導書から呪いを見繕って準備しておきなさい!」

 お嬢、なんでそっちの方向に行くんですか。思わず膝から崩れ落ちて両手を床についてしまう。予想できなかった僕のせいなのか。ああ、エリアスの視線が痛い。

「アートゥ、どうしたの。転がってないでさっさと取り掛かりなさい」

「……はい」

 ゆるゆると立ち上がり、僕はどうしたものかと考えながら離れへと戻った。


「トラップ変えたんだ?」

 結局、友人の魔術師ジャスパーを訪ねて彼の力を借りることにした。お嬢向けの、反動だの返しだのが来ても害のない呪いを調達してもらうのだ。

「あれから10回近く賊が来たんだけど、トラップやら魔法やらの再設置が面倒なので、いくつか自動化したんだ。で、新たにゴーレムを配置したよ」

「ああ、あれゴーレムだったんだ。見ない形だから何かと思ったよ。アイアン?」

「そう、コスパ的にアイアン製なんだけど、ちょっと機能が足りなくてね。本当はアダマンタイト製が頑丈でいいんだけど、重たいしメンテもお金がかかるしねえ。ミスリル製も魅力的だと思ったけど、あれは高いし作成も面倒だからアイアンをベースにしたんだよ。ちょっといくつか機能を変えてみたかったところだから試験も兼ねてるんだ。いい感じだよ。アイアンくん3号って呼んであげて」

「さすが機能拡張の匠だな。3号って、もう3体目なんだ」

 “アイアンくん”てなんだよと思いながら、来る途中に配置されてたゴーレムにごてごて後付けされていた“機能”を思い返していると、ジャスパーはまた少し嫌そうな顔をした。

「その二つ名もやめてくれ。かっこ悪い」

「いや、君のネーミングセンスも大概だと思うよ」

 そうかな、と不満げに呟くジャスパーに、こんな話をしに来たんじゃないと思い出す。

「お嬢にもできて万一返されてもたいしたことにはならない呪いの手引きが欲しいんだよ」

「また唐突だね」

 軽く瞠目するジャスパーに、僕は察してくれよと頷いた。

「あと、うちのお嬢と君のところに押し掛け寄越してる奴の情報が欲しいんだ。君のことだから、もう調べ終わってるだろう?」

「まあね。……何するつもり?」

 眉を上げて尋ねるジャスパーに、僕は肩を竦めてみせる。

「そろそろいい加減にしてくれないと、お嬢の騎士が寝不足でキレて僕に八つ当たりしそうなんだ。だから、ここらでちょっとお仕置きしないといけないんじゃないかって思うんだよね」

「相変わらず苦労してるんだね。宮仕えなんて辞めればいいのに」

「定職に就きたかったんだ。嫁さんだって欲しいし」

 へらへらと笑う僕を、ジャスパーはじっとりとした目で眺める。なぜそんな目で見るんだ。僕だってあと数年したらアラサーって呼ばれる年齢なんだぞ。

「でも君、彼女いないじゃないか。それに、本気でそんなこと考えてないくせに」

「うるさい」

「まあ、君が何拗らせようと自由だけどね。呪いはわかった。そのくらいなら簡単だからちょっと待って」

 ジャスパーは書物机の上に重ねた羊皮紙をごそごそと漁ると、一枚を取り出して僕に差し出した。

「コレとかちょうどいいんじゃないかな」

「へえ……ぶ、これって」

 ジャスパーのくれた呪いの手引きを見て、思わず吹き出してしまう。うまいことかかれば対象が禿げるとか、なんて恐ろしい呪いなんだ。

「それならバックファイアーもたいしたことないからちょうどいいよ。ちょっと防御しとけば、返しがあっても十分防げるしね。あと、襲撃にはお嬢に振られた伯爵家の次男が関わってる」

「なんだそれ」

 ジャスパーはにやにやと面白そうな顔で続けた。

「随分前にどこぞの夜会で手酷く振られてから、恥をかかされたってずっと恨んでたみたいだね。そこに、騒動ついでに侯爵家がうまいこと失脚すればって思惑も乗っかって、ぐだぐだになってるよ」

「なるほどなあ」

 貴族社会はこれだから面倒臭い。メンツがどうとか言う前に、身の程を知っておけばいいのに。あのお嬢を扱えるのはルーファス様くらいなものだし、お嬢のアレな趣味を受け入れられるのもルーファス様くらいなものだというのに何を夢見ているのだ。

「まあ思惑どうこうはいいや。旦那様なら心配ないから。で、その次男と、そいつに乗っかってる奴から適当にひとりをなんとかすれば見せしめになるかな」

「じゃないかな?」

「それじゃ、なんとかするついでに君のとこの襲撃もそこそこおさまるようにするから、お代はそれでいいよね」

「了解。それでいいにしとくよ。

 ──君、なんだかんだ言って、結構お嬢のこと気に入ってるみたいだね」

「まあね」


 ジャスパーの塔を出て、いくつか仕込みをするためにあちこち寄り道をする。それからお嬢の“儀式”に必要な道具その他を揃えると、屋敷に戻れたのはもう日が沈む頃だった。

 使用人用の食堂でエリアスを見つけると、嫌そうな顔をする彼に構わず、今夜についての話をした。

「お嬢向けの呪いは調達できたよ」

「大丈夫なんだろうな」

「そこは問題ない。念のために護符も用意したから、万一でもお嬢に影響ないのは間違いないよ」

 若干疑わしそうに僕を見るエリアスに、笑ってみせる。

「で、その後の話なんだけど、実は関わってる奴の目星がついたんだ」

「なに?」

「ちょっとなんとかしようと思うから、念のため夜中時間とってもらえるかい?」

「構わない」

 これでよし、準備は万全だ。


「これで、わたくしに不埒なことを考えたものに、天誅が下るのね?」

「そうです」

 呪いって天誅なのかなと考えながら、お嬢好みに体裁を整えて清書した呪いの手引きを渡す。お嬢はこほんと小さく咳払いをひとつして、手引き通りに香炉にさまざまな薬やら香木やらを投げ入れて呪文を詠唱した。それに合わせて、香炉からじわじわと何かの形をとるように煙が上がり……すぐに掻き消える。

「これで完了ね」

「はい、バッチリです」

「それにしても、こんな呪いで天誅になるのかしら」

 呪いの手引きをもういちど眺めて、お嬢は不思議そうに呟いた。

「なっ、何言ってるんですか! 悪魔のような慈悲のない恐ろしい呪いじゃないですか!」

 顔色を変える僕と、無意識に頭頂部を抑えるエリアスの姿をちらりと見て、お嬢は「ならいいわ」と頷いた。


 そして深夜。

 予定通り、今夜は襲撃はなかったなと安心しながらエリアスが来るのを待った。襲ってこないってことは、やっぱ目星通りの人物が元締めか。

「来たぞ」

 いきなりがちゃりと扉を開けて入ってくるエリアスに目を向けて、「待ってたよ、準備はできてる」と僕は言う。

「君はそっちのカーテンの後ろで待機してて。あ、それ護符。身につけといてね」

「ああ。別に失敗しても構わないぞ。諸共に斬ってやるから」

「君の場合、冗談に聞こえないのが嫌だよ」

「当たり前だ」

 そう言って、エリアスは抜き身の剣を手にしたまま、カーテンの後ろに用意した椅子の横に立った。座らないのは、一拍対応が遅れるかららしい。

「じゃ、始めるよ」

「ああ」


 本当は、悪魔の召喚なんて、あんな大掛かりなサバトなんていらないのだ。決まり切った手順と正しい呪文に正しい魔法陣、正しい真名。そして、正しい防御手段を用意して、悪魔の言葉に惑わされない慎重さがあればなんとかなる。

 そうは言っても、最終的にうまくいくかは、悪魔の持つ力の大きさにもよるのだが。


「我が召喚に応え、出でよ……」

 最後に悪魔の真名を呟くと、たちまち魔法陣の中心から煙が湧き上がり、一体の悪魔が現れた。

 淫魔と称されるそいつは、召喚者の性別に合わせて性別を変え、どうにか誘惑し取り込んで、自由を得ようと画策することから始めるのが常だ。

 今回は僕が呼び出したので、“サキュバス”と呼ばれる女性形で登場する。少々面倒臭いが、力の割にそこそこ知能も高く、有名な分、扱い方もよく知られているのでコスパのいい悪魔だと言われる。

「最初に断っておく。お前の魅了は僕には効かない。お前の真名にかけて、僕が許可するまでその魔法陣から出ることも力を振るうことも禁じる」

「……何が望みか」

「望みなどはない。お前に命じるのみだ」

「魂と引き換えだ」

「引き換えなどしない。つべこべと逆らわず、お前の真名にかけて僕が命じることをやれ。

 ……それとも、お前はこれがわからないほど力のない悪魔なのか」

 僕の示すものに気づくと、ぐ、と悪魔は言葉を呑んだ。

「ならば命令を言え」

「僕が指定した者を滅ぼせ。だが、指定した者のみだ。それ以外にお前が直接間接問わず手を出すことは禁じる。また、ここを出てよいと許可した後、直ちに命令を遂行しなければならない。先延ばしは無しだ。それと、僕と僕に関するものを痕跡として残すことも禁じる。そして、遂行後は速やかにもといた世界へ帰れ。以上、理解したか。曲解はなしだぞ」

 悪魔に命令を復唱させ、故意に言い違えたところを訂正し、それから魔法陣を出る許可を与えると、たちまち悪魔は消えた。


 ……ようやくひとつ息を吐いて、後ろに控えていたエリアスに「これで片付くはずだよ」と声を掛ける。

「俺はやはりお前が信用できない」

「そう? まあ、君と僕じゃ立場も使えるものも違うし、仕方ないんじゃない?」

「お前は手段を選ばなさすぎる」

「そんなことないと思うけどな。ま、君とは確かに判断基準が違うんだろうね。ちなみに、僕は君のこと結構信用してるよ」

 僕は金も力も権力もない、ただのしがない吟遊詩人でしかないからね。

 そう言って出てきたエリアスにへらりと笑いかけると、彼は苦々しげに目を細めて僕を睨んだ。

専門用語の基礎知識


【アケローン河】

この世と地獄を隔てる河。

カローンという渡し守がいて怖い。


【淫魔】

女性型ならサキュバス、男性型ならインキュバスと呼ばれる、たぶん悪魔の中で一部にとても大人気な悪魔。

対象にエロいことしたあげく、生命と魂を奪っていくことで有名。

また、一部の女性聖騎士の間では、サキュバスに遭遇すると精気(レベル)と一緒に乙女の大事なもの(ファーストキス)を奪われてしまうという事案が多数発生したことから、鬼畜悪魔として警戒されている。

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