0.出会い
僕とお嬢の出会いは、さる貴族の茶会だった。
ここ数年……というか、世界を襲った大災厄のせいで貴族や知識階級の間ではいわゆる“悪魔崇拝”が流行っていた。
神も悪魔も実在するこの世界でそれはとてもとてもリスキーなものなのだが、なぜか彼らは自分だけは大丈夫という根拠のない自信に溢れていて、その手のことに詳しい魔術師はもちろん、ある程度魔法学を知ってるものからすれば、震え上がるような“儀式”を平気でやっちゃったりと、かなりの無茶をしているのが常だった。
今回の茶会を開いたのも、そういう“かっこいい知識溢れるスマートな私”に酔っている貴族だったのだろう。だから、僕のような“悪魔混じり”と呼ばれる種族の吟遊詩人を余興にと呼びつけたのだ。
“精霊混じり”や妖精に岩小人、森小人、果ては“神混じり”までさまざまな種族に満ち溢れ、時には神や悪魔までがひとの姿を借りて闊歩するこの世界ではあるが、僕のように遠い祖先に悪魔の血が混じった“悪魔混じり”や黒妖精の血縁は、通常、ひとびとから敬遠されるものだ。
僕自身は、自分の種族特有の立派な角やすらりと伸びた長い尻尾に、瞳も瞳孔もない金一色の目はわりと気に入っているのだが、なかなかそれをわかってくれるひとがいないのは残念だと思う。我ながら良い感じに纏まっていて、かなりの美形に産んでくれた親には感謝しているのだけど。
そんなところに舞い込んだ今回の依頼に、最初こそ、やっと僕の腕が認められたかと舞い上がりそうになったのだが……依頼主である貴族の注文を聞くにつれて、ああまたかと肩を落としたのだった。悪魔っぽく振舞えだの陰鬱な曲ばかり演奏しろだの、今に始まったことじゃないにしても、そろそろ勘弁してほしい。
曰く、もっとおどろおどろしい衣装にしろ。曰く、もっと“雰囲気”のある演奏をしろ。曰く、もっとそれらしい態度で振舞え……ええと、これは昼間の茶会なのですよね? と確認すれば、にっこりと笑ってその通りだと頷く。
最近、本当にこの手合いが増えたのだ。またか、と思いながらそれ用に用意してある衣装を選び、曲や物語を選定し、僕は茶会へと臨んだ。
ここでどこかの貴族が僕の腕を認めて専属にと望んでくれると、僕の将来は安泰なのにな、と思う。宮廷詩人などと贅沢は言わない。あまりに貧乏な下級貴族では困るけど、中堅どころのそこそこ裕福で詩人を雇い入れる余裕と見識のある貴族が僕に目をつけてくれないだろうか、と願ってしまう。
正直、僕の種族自体が色物と見られがちなので、非常に望み薄なのだが、夢を見るくらいはいいじゃないかと考えたりもする。そこに年頃のお嬢さんがいて、僕に目をつけたりして……いやいや、あまりにベタ過ぎてこれは恥ずかしい。もう少し捻りを効かせないと聴衆に飽きられてしまう。
仕事の間じゅう雇い主の望み通りに振舞いながら、詩人ならではの妄想力を働かせ、頭の片隅でいろいろ考えることにもすっかり慣れてしまった。
そんなところへつかつかと近寄ってくるお嬢さんがひとり。まあ、なんというか、僕の種族や外見に興味を持つお嬢さんは意外に多い。仕事には結びつかないのだけど。
「あなた、今、フリーなの?」
「はい?」
その着飾った美しい貴族の令嬢からいきなり扇を突きつけられて質問を受け、いったい何のことかと考えてしまうと、その令嬢は少しイラッとしたようにもう一度僕に言った。
「案外呑み込みが悪いのかしら。わたくしは、お前は既にどこかの専属かと聞いているのよ」
「あ、いえ。僕はまだどことも……」
「ならいいわ。お前、今日からわたくしの専属におなり」
その日、茶会が終わった後、さっそく僕はお嬢に連れられてお屋敷の離れへと引っ越した。この紋章、僕の記憶が正しければ、この都市の十大貴族に数えられる名門中の名門ではなかったか。これは幸運なのか不運なのか、僕はここに雇い入れられたように見せかけて、何か不都合なものを押し付けられるだけなんじゃないのか。
そんな余計な不安に襲われながら、僕の専属吟遊詩人生活はスタートした。
後に、当時既にお花畑の住人だったお嬢が語ることには、尊大に、しかしにこやかに愛想を振りまく僕を見て「これだ」と思ったのだという。
いったい何が「これだ」だったのかは少し怖くて未だに聞けずにいる。