閑話:吟遊詩人とエロ本
「ええと、お嬢、この前渡された魔導書の中身確認したんですが、なんか違うものだったんですけど」
報告のためにお嬢の部屋を訪ねて切り出すと、お嬢はしれっとした顔でちらりと僕を見た。
「あら、タイトルは何と?」
「ええと……“愛玩される女魔術師”っていうのでしたが」
「ああ、それは市井に出回っている、成人年齢にならないと読んではいけない書物よ」
ああやっぱりわざとかと思いながら、疑問を口に出す。
「なんでこんなとこに」
「下々の者は成人向け書物をそのように隠すのが作法だと聞いたのだけど」
「隠すなら最後まで隠し通してください」
「思わぬところから発見されるのも作法のうちだと聞いたわ」
ドヤ顔でそう述べるお嬢に、溜息を禁じ得ない。まあ、そういうものに興味を示す年頃……なのか?
「だれがそんなこと教えたんですか」
「メイド長が息子の部屋でそのような書物を見つけたという話を聞いたのよ」
「メイド長の息子……哀れな……」
「彼は歴史書の中身をくり抜いて隠していたと言うわ」
そこまでして隠したのに見つかるのか。まあ、母というのは不思議とその手の隠し場所を嗅ぎつけることに長けた生き物だしな。
だが、なおさらお嬢の認識は訂正しておいたほうがいいだろう。
「お嬢、今回のようにわざと発見させるのは間違いです」
「まあ!」
「そうですね、さりげなく机上に放置した書物からエリアスあたりに見つけさせるのが、正しい作法です」
「そうだったのね」
真剣な顔で考え込むお嬢には、僕よりもエリアスで遊んでもらうほうが楽しいよな、と、ふと思いつく。
「ですから、リトライ頑張ってください。エリアスが興味を持ってつい中を見たくなるような書物に偽装するのがポイントです」
「わかったわ……フフ……ホホホホホ! そうね、今度こそ作法に則った形で発見させてみせてよ!」
**********
「アートゥ様、お嬢様がお呼びです」
そう呼ばれて早足でお嬢の部屋に来てみたら、何故か仁王立ちのエリアスがいた。お嬢はその後ろに座りそっぽを向いている。何があったんだ。
「アートゥ、今日、お嬢様の机にこういう書物が置いてあった」
「“女戦士のイケナイ午後”……、て、あれ?」
「見覚えがあるな?」
顎でしゃくるように本を示すエリアスは放って、僕はお嬢を見つめる。
「お嬢、これ僕のエロ本ですけど、なんでこんなところに?」
「お前の部屋を捜索したらあったのよ。だから、この前、お前が話していたとおりに隠してみたの」
「ああなるほど。て、僕の部屋を捜索とか、何やってるんですか、お嬢」
「メイド長の息子の隠し場所というものが一般的なのか、検証してみたの」
──メイド長の息子、成仏しろよ!
「とりあえず、お前には当てはまるようね。他にもあったわ」
どうりで最近、部屋の様子が変わってると思った。見つけていいもの仕込んでおいて正解だったな。
「最近見かけないのはお嬢の仕業でしたか。それで、読んだんですか?」
「いまひとつだったわ」
「な、何を話しているんですかお嬢様!」
「アートゥの趣味の書籍への評価よ。あまり良いとは言えないわね」
お嬢はあくまでも淡々と感想を述べていく。どうやら、ヒロインがあんなにチョロく男に落ちるあたりが納得いかないらしい。
「そりゃまあ、ヒロインが落ちないと話になりませんし。あと、見つかりやすいところに置くのは、基本的にどうでもいいものばかりですから」
「まあ、そうだったの。なら今度はお前のお気に入りを見せてごらんなさいな」
「僕は構わないですが、エリアスが良いというか……」
ちらりとエリアスに視線をやれば、目を白黒させながら冷や汗をかいている。エリアスはさすが免疫がないだけあるな。もしかして、エロ本すら読んだことがないとでも言うのだろうか。
「も、もちろんとんでもないことです! アートゥ、お前はいい加減にしろ!」
「僕としては、下賎な欲望を知っておくこともお嬢の成長に必要なことなんじゃないかと思うんだけどな」
「悪魔がどういうところにつけこむかという意味で、興味があるわね」
さすがお嬢はブレない。ここに来ても悪魔か。
「断固反対です。お嬢様には必要ありません」
が、あくまでも反対を貫くエリアスに、お嬢は溜息をついて、仕方ないわねと呟いた。ある意味エリアスも清々しくブレないとは思う。
「今度自分で見つけるわ」
「……家捜しするんですか」
「ええそうよ。下僕の総てを把握するのは主人の勤めですもの。当然だわ」
ウフフフ、ホホホホホホ! とお嬢は高笑いとともに、「アートゥ、お前がどこに隠そうと、わたくしが全て探し出してあげるわよ。覚悟なさい!」と、僕にビシッと指を突きつけて宣言する。
「それは構わないですが、エリアスの部屋はいいんですか?」
「何もなかったのよ。つまらなかったわ」
とたんに詰まらなそうにそう述べるお嬢に、僕は苦笑を浮かべた。
「ああ、探した後だったんですね」
「なっ、お、お嬢様!」
「じゃ、今度僕が仕込んでおきますね」
「楽しみにしているわ」
エリアスの部屋にはどんなものが良いか、厳選しないといけないな。
**********
「ああああアートゥ、あ、あれはなんだ!」
「なんだって何が?」
その数日後、本を片手に、エリアスが僕の部屋へと飛び込んできた。そうか、見つけたのか。意外に早かったな。
「こっ、これだ!」
「“淫魔の誘惑 堕とされた女騎士と蜜濡れの夜”……ああ、おめでとう。ちゃんと見つけられてよかったね。それで、中身はもう読んだの?」
「よっ、読むなど、こっ、こんなけしからん……」
真っ赤な顔で目を剥くエリアスに、僕はふむふむと頷く。これしか持ってこないということは、他の3冊はまだ見つけていないということか。
「僕は女同士ってのは、まあ、いいのかもしれないけどあんまりねえ」
「なっ、なっ」
「もしかして気に入った? なら、同じシリーズのやつもあげるよ」
「だっ、誰がいるか!」
「遠慮なんかいらないのに、ちょっと出してくるから待っててよ」
「な、な、な、いらんと言ったらいらん! お、俺は部屋に戻るっ!」
エリアスはあの本を持ったまま、部屋に戻ってしまった。
まだ10代の小僧でもああじゃないだろうに、本当に面白い。
**********
その直後にはリオナだった。
「アートゥさん!」
「ん?」
「こっ、これ、エリアスさんの部屋で見つけちゃったんだけど……」
差し出された本のタイトルは“熟れたマダムと護衛騎士”だった。なるほど。本人以外が見つけるなんて、エリアスは注意力が足りないな。
「君、エリアスの部屋を漁ったんだ?」
「ち、違くって、お嬢様に用事を頼まれて行ったらエリアスさんいないから、とりあえずタンスの上にあったやつ持っていこうと思ったら、後ろになんか本が落ちてて、それで、拾っとこうと思って……」
「で、読んだ?」
「へ、へっ、えっ、それは、その」
「読んだんだ?」
「えと……はい」
「どうだった?」
「……エリアスさんて、もしかして年増趣味なのかな?」
にやにやしながら尋ねると、リオナの顔には、まるで、“アレは無い”と書いてあるような表情が浮かんでいた。
「まあほら、趣味に貴賎は無いって言うし、勘弁してあげなよ。君も大人になればたぶんわかるって」
「そういうもんかなあ?」
「そうそう……大人になって知る自分の性癖ってあるものだからさ。新たな扉を開けちゃうことだってあるしね」
「新たな扉?」
リオナの眉根がぐぐっと寄り、首が傾ぐ。
「じゃ、口直しってのも変だけど、別なの読んでみるかい?」
「え? 他にもあるの?」
ぱっと顔を上げて興味津々に目を輝かせるリオナは、まさに年頃の男の子という表情だ。身体は女の子だけど。
「どんなのがいい? そうは言っても、まだ子供だから軽いのに限るけどね」
「む……よ、よくわかんないから、アートゥさんお勧めので」
「僕のお勧めか……ちょっと待ってて」
クロゼットから無限袋を出して手を突っ込み、幾つか取り出して並べる。
「君くらいの歳だとお姉さん相手とかかな。女の子向けのロマンス小説もあるから、そっちも読んでみるかい? 勉強になるよ」
「すげえ……アートゥさん、どんだけ持ってるの」
「こういう書物で今の流行を抑えておくのも、詩人の重要な仕事だからね」
目を丸くするリオナに、僕は苦笑を向ける。
「……詩人て、どういう仕事する人なんだよ」
「んー、ひと言で言えば、何でも屋?」
「詩を書いて歌ってるだけじゃねえの?」
「それだけじゃ飽きられちゃうんだ」
「ふうん、たいへんなんだな。遊んでるだけに見えるのに」
「それはひどいなあ」
あははと笑って幾つか渡すと、リオナは足取り軽く部屋を出て行った。
エリアスが「子供になんてものを!」と怒鳴り込んできたのはその3日後だ。今度は早かったな。
さらに数日後、お嬢を訪ねてきたルーファス様に呼び止められた。
「アートゥ、ちょっと」
「はい、なんでしょうか、ルーファス様」
「私としては、“女家庭教師の秘密の夜”あたりも推しておくよ。女家庭教師というのはロマンあふれる存在だと思わないか?」
「はあ」
そっと耳打ちするルーファス様を見れば、いつもの笑顔を浮かべていた。
さすがルーファス様、お嬢の婚約者だけある。というか、ルーファス様は女教師推しでしたか。
アートゥがエリアスの部屋に隠したものリスト
1.基本のベッド下
「淫魔の誘惑 堕とされた女騎士と蜜濡れの夜」
2.ベッドマットの間
「魔性の伯爵令嬢 ~蜜惑の舞踏会~」
3.タンスの後
「熟れたマダムと護衛騎士」
4.額縁の裏
「性騎士の典範 俺はお前だけの獣」