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ゐ異えすぴー  作者: 汐多硫黄
第五訓 「以夷制夷」
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第五訓「以夷制夷」



 成る程。

こいつは確かに《俺》様だ。有る意味、これまでのどの俺様より、俺様らしいと言えるだろう。

 どうやらこの世界の俺様は… 《ESP》を持っているらしい。この俺様の足元にも及ばないような、そんな下らない劣化能力ではありそうだが。


 だが、初めてだな。

俺様以外に、異なる力を持つ俺様と出会ったのは。こんな眼をした俺様を視るのは…。


 やはり… ここが《唯一の世界》で間違いないらしい。その証拠に… あぁ、そうか。あいつが。あいつこそが、そうなのか。あれが、あの姿が、そうなのか。


「貴様が、恩羽日傘で間違いないな?」

「えっ? … う、うん。あわ、あわわわ。せいちゃんが、二人いる? 増えちゃった!? ぴょー不思議だよぅ」

「そのアホな日傘語、間違いは無いな。貴様、あの頃から全く進歩していないようだな」 

「だってだって! ほへ? あの頃?」

「説明が面倒だ。少し寝ていろ… そして、ちょっと抱きしめさせろ」


 恩羽日傘の額に指を当て、少しだけ波を送り込んでやる。ほにゃーというアホな断末魔を上げながら、女は実に幸せそうな顔で寝息を立て始める。こいつはやはり、何年経ってもこういう奴という事か。面白い、実に面白いではないか。そして、その体と念願の抱擁を果たす。

 ……。

 だが、俺様とて幼馴染との旧交を温めるために、わざわざこんな世界の果てまでやってきたわけではない。だが、そうだな。ああ。こいつの、日傘のこんな顔を見ていると… 思わず、今すぐ全部ぶち壊してやりたくなってしまうではないか。


「おい、この世界のゐ異誠意。俺様は今からこの恩羽日傘を誘拐しようと思うのだが、構わんよな?」

「はぁ!? ちょっと待て! そもそもお前は誰で、どっから湧いて出やがった! しかもなんで自分と同じツラしてやがる! … いや、そんな事より今のセリフ、聞き捨てならないよな。お前、何て言った? 日傘を誘拐だと?」

 

 ほう。目の前に現れた自分自身と瓜二つ《俺様》の闖入者より、先にそちらに反応するか。そんなにこの女が大切か。

 


  あぁ  腹が立つ。



「止めたければ今止めればいい。俺様の視た所、貴様ら全員普通の学園生ではないのだろう? まとめてかかって来るがいい、5分だけくれてやる。俺様が直々に相手をしてやろう」

 …… 念動力に、念話、予知能力に封殺、開放。どれも俺様の足元にも及ばぬ劣化コピー。

「舐められたものだナ。神聖なる我らが部室へと土足で踏み込んでおいて手土産の一つもないとは。ここは一つ、キツーイお灸をすえてやらねばならん。らんま、誠意少年。いっちょかまし給エ」

 金髪女のそんな掛け声と共に、この世界の俺様と色黒な体育会系チビ女が一歩前へと出る。

 良いだろう。視せてみろ。お前にその《資格》があるかどうか… この俺様が見極めてやる。 

「へっへっへ。おい、お前。どこの誰だかしらねーし、正直なにがどうなってんのかさっぱり飲み込めねぇ。けどよ、あたしにも一つだけ分かることがある… おんなじような顔が二つあっちゃ、これから先、酷くメンドクセーってことだ! 色々とな!」

 体育会系女はどこに隠し持っていたのか、得物である竹刀を片手に俺様に切りかかる。その動作自体は大雑把で大味。俺様の横にあったテーブルが真っ二つになったところをみると、破壊力はなかなかあるように見える。だが、その程度でこの俺様に牙を剥こうだなどと、片腹痛いにも程があるというもの。

「貴様、動きに無駄がありすぎる。加えて、その才能を扱いきれていない。潜在する能力自体はなかなかのものだが、残念な事に、それを扱う貴様の脳味噌が足りていないようだな」

 だが、この手のまっすぐな女は嫌いではない。だからこそ、完膚なきまでに叩き潰したくなるというもの。

「糞っ、瞬間移動か? 全く竹刀が当たらねぇ!」

 たわけ。能力など使っていない、普通に避けているだけだ。貴様の動き自体がそれだけウスノロというだけの事。だが、これ以上埃が立つのもスマートではない、ここらで一つ静かになってもらうとしよう。

「一太刀くらい当てて来るかと思ったが。やはり見込み違いだったか? 女、そんなに体育の授業がしたいのなら外でやるがいい。もしくは、貴様も寝ていろ」

 指一本。恩羽日傘と同じく、この無駄に勢いの良い体育会系女を黙らせるのに必要な行為は、こうやってその額に人差し指を少しあてがってやるだけ。格が違うのさ。貴様ら凡百の超能力者と、俺様とでは。

「…… ちっ、くしょ… う」

 その場で昏倒する体育会系女を踏みつけ、俺様が声高らかに告げる。

「さぁ、次は誰だ? 貴様か、この世界のゐ異誠意? それともそこの金髪女か? ふん。素直にまとめて掛かってくればまだ可能性はあったかもしれんというのに。それとも… 怖気づいたか? 負抜けども」

「部長。さっきの寿司の件。何でもいう事聞いてくれるんですよね? だったら、このドッペルゲンガー野朗をぶん殴ってやりたいんですが、ちょいと力を貸してくれませんか?」

「of coruse 当然ダ、少年」

 二人掛かり。そうだ。それでいい。勝負には綺麗も汚いも正しいも無い。勝ったものだけが勝者。いつだって、生き残ったものだけが勝者なのだ。そして、俺様にとって一人であろうが二人であろうが、所詮は有象無象の悪あがき。無駄なあがきに相違はない。

「ハッハッハ。その力、悪いが凍結させてもらうゾ」

「そして。力が使えなきゃ、此方の攻撃を防ぎようがないぜ。ぶち、曲がりな!」

 俺様の視た所。この世界の俺様のESPは念波動力。ふん。雑魚が。まるで俺様の能力の劣化コピー。恐れるに足らぬ。

「弱い犬ほど良く吼えると言うぞ、駄犬。どうやら、ぶち曲がるのは貴様らのちっぽけなプライドになりそうだ」

「んだとぉ!?」

 俺様が達観しているだけか、はたまたコイツの精神年齢が未熟なだけなのか。やれやれ、視ていられんな。あまりに青臭く、馬鹿馬鹿しい。

「ハッハッハ… は? 可笑しいゾ誠意少年、コイツ、全く底が視えない。制御、出来そうにもないなコリャ。ワロスワロス」

 大粒の汗を額に光らせながら、金髪女がそう言葉を捻り出す。その力は、他人のESP能力の封殺だろう。確かにその自信と態度に足る能力ではあるが、俺様には無意味だ。自分自身より大きな器に対し、そもそもフタなど出来ようハズもないのだから。

「貴様ら、これ以上俺様を落胆させないでくれ。もういい。約束の五分だ… 寝ていろ」

 少しだけ能力の出力を上げてやる。今度は指一本ではなく、片手をかざして力を込める。

「この世界のゐ異誠意。もしも、お前にその気があるのならば、追って来い。では… 貴様らに良き悪夢を」


 バタバタとアホ面下げて昏倒していく目の前の俗物ども。部屋の隅にいた髪の長い女と教師らしい女も一緒に倒れたようだが、そんなことはどうでもいい瑣末な事だ。

 さて、と。本当にこの男が俺様を追ってくるかどうかは別として、俺様とて暇ではない。恩羽日傘の身柄さえ手に入れば、後はもう用済み。むしろ、俺様の大願の前においてこんな茶番劇、前哨戦にすらもならないのだから。



          ◆ ◆ ◆



 目が覚めたとき、校長室は燦々たる有様だった。もしかしたら全部悪い夢なんじゃねーかという一縷の望みも、日傘のいない部室が物語ってくれる。これは決して夢なんかじゃないんだと。今、自分の目の前で、現在進行形で起こっている覚める事のない悪夢なんだと。

「あぁ、神様」

 自分は無神論者だ。だからこれまでの人生において、《たった一度》しか神に祈ったことはないし、そもそも神頼みなんて柄じゃない。事態は、それをさせる程度には緊迫していたと察してほしい。

「ああ、神様」

 そしてもう一人。隣でぶっ倒れていた部長が、自分と一語一句違わずそう呟きながらむくりと起き上がった。

「神様。ああ、神様…… ブラボォオオオオウ!! ふふふのふー♪ 見たか? 視たかい!? 誠意少年。君と同じ顔をした人間が突然この部室に現れて、ワタシ達えすぴー部を赤子同然に蹴散らして、恩羽くんを攫っていったゾ!」

 聞いてもないのに、先ほどの出来事を言葉にしてわざわざテンション高くリピートしてくれる部長殿。おかげで、この事態が客観的に見ても現実の出来事であると思い知らされ、更にズシンと圧し掛かってきた気がした。ありがたくて涙が出てくる。

「やはり、ワタシの見込んだ通りだった。君は我が部にとって必要な人材だったのサ! これぞ正にワタシの求めていた展開ダw 面白くなってきた、これは相当面白くなってきたジャマイカ!! ナンチャッテ。ハッハッハーw」

「おい、あんたなぁ」  

 部長は元からこういう人間だ。どうこう言った所でどうにもならない。そう頭の中では分かっていても、反応せざるを得ない時だって、ある。例えば、今、とかな。

 だが、部長のその視線の先は、その頭ンなかは、既に次のステップへと向っていて。

「fortune favors the brave 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。或いは確かにそうかもしれない。だがな、誠意少年。これは戦争だ、我々えすぴー部と、あの男との戦争なのだヨ」

「なぁ、部長。アイツ、あの男… この世界のゐ異誠意がどうとかって言ってたような」

「うむ。あれはドッペルゲンガーなんてレベルでは無かったゾ。正に、君そのものだった。それに顔だけじゃない、背丈も声も同じだった。ただし、あちらの方がESPにおいては何十倍、何百倍も上手だったのと、そうだな、何だか鬼気迫る表情をしていた気がするヨ」

 鬼気迫る表情。確かに、そうだったかもしれない。何故だかは知る由もないが。そして、もう一つ気がついた事があるとすれば… 此方を見つめるその表情と、日傘を見つめるその顔に、明らかな違いがあったという点だ。いきなり抱擁までしてたレベルで。

「部長。平行世界とか、三千世界の存在って、信じてたりしますか?」 

「無論だぞ誠意少年。事実として、この世にESPがある限り、そう言った多元世界論もまたついて廻る代物だからネ。つまり、平行世界を行き来できるESPERがいたとしても、何ら可笑しくは無いという話サ。ワタシ自身出会ったことはないが。もし居たとしたら、我が部にすぐ勧誘しているサ」

 百歩譲って、百万歩譲ったとして、仮にあの男が平行世界における自分だとしよう。ソイツが何故? どうしてわざわざ此方の世界にやってきて、日傘を攫うのか? あまり、良い方向の想像が出来ない。

「日傘の運の無さ、トラブルメーカーっぷりも、ここまで来ると立派な超能力だぜ。さて、どーすっかね。これから先」

「忘れてもらっては困るが、ワタシは生徒会長だ。可愛いワタシの生徒が攫われたとあっては勿論見過ごすわけにはいかないし、えすぴー部の部長としても、可愛いワタシの新入部員を攫われたまま黙っているわけにはいかない」

 珍しく、部長が至極まじめな顔つきでそう断言する。

「それと同時に、これは君達の問題でもあると、ワタシは思う」

「… どういう意味ですか? それ」

「短時間の出来事ではあったが、彼は恩羽君と、そして君に明らかな固執を見せた。彼がどういう意図と目的を持って此方の世界にやってきたかは流石のワタシでも分からない。だが、君達の間に何らかの因縁がある事は明白であり、恐らくだが、ワタシの力を持ってしても制御しきれぬ恩羽くんのその体質の原因も、結局のところここに帰結してくるのではないだろうか? ワタシはそう睨んでいるが、どうだろうナ」

 日傘の体質の原因、自分が日傘を護ると決めた切っ掛け。忘れかけていた記憶が、少しずつその色彩を取り戻していく。

「さぁ、誠意少年。皆を叩き起こすんダ。恩羽日傘奪還作戦会議を始めようではないか」



            ◆ ◆ ◆



「せいちゃんだけど、せいちゃんじゃないね。見た目はちょっと似てるけど、やっぱり全然別人だよぅ」

 恩羽日傘という人間は、時々思いも掛けないような角度から核心という奴をつく事があった。昔から、日傘はそういう人間だった。そう、《だった》。過去形という奴だ。

「ほぅ。分かるのか。俺様と奴との違い。同じ《ゐ異誠意》という存在でありながら、別の運命を歩む俺様と奴との違い」

「うん。分かるよ、ちゃー分かるよ。二人は《ゐ》と《ぬ》の違いくらい、違うんだもん。だってせいちゃんは、私の事をそんなに悲しい顔で見ないもん」

 顔かたちは同じであろうと、その表情まで同じとは限らない。感情は、その人間の生き方がそのまま現れてしまう。例え俺様がどれだけのESPを持っていようと、この感情だけは覆い隠せない。どれだけ自制しようと、人間として生きている限り命有る限り、経験によって裏づけられた感情という奴が、とめどなく己が内から溢れ出てしまう。これがそう、人間だけが持つ人間の性という奴だ。

「日傘に理解されちまうとは… やれやれ、俺様も堕ちたもんだな」

 

 そう言って、俺様は笑った。

 

「あ。今の顔、せいちゃんぽかったかも」 

「ふん。調子に乗るなよ、日傘。今の貴様はあくまで人質だという事を忘れるな」

「でもでも、人質って何すればいーのかなー。お茶くみとかかなぁ?」

 相変らず能天気で愛でたい… 否、 目出度い思考回路をしてやがる。

「緊張感って奴が欠如しているようだな、貴様という人間には。まぁいい、少し口をつぐんでいろ。俺様は少し集中したいのでな」


 ここは、学園から離れたところに点在するとある廃屋。忘れ去ってしまいたいような記憶が脳裏に想起されるも、それこそが今の俺様にとっては正に必要な事だった。


 今頃、俺様が去った部室では日傘奪還のための作戦が練られている筈だ。俺様という存在の是非、力、目的、思想、奪還方法。


 奴らもESP能力者の端くれ。恐らく、俺様の居場所や能力についての検討程度ならすでについている筈。否、むしろそうであってもらわなくてはならない。そうでなくては、俺様がこの世界に、この唯一の世界にやってきた意味がないのだから。


「ねぇねぇ、せいちゃんに似てる人さん」

「… 昔っから、人の話を全く聞いてない奴だったな、貴様は」

「でもでも」

「でももだっても禁止だっていつも言って《た》だろ?」

 

 自分でも驚くほど、あの頃の感情と記憶が揺さぶられ、呼び起こされていくのが分かる。思わず、俺様という人間が培ってきた意思や決意ってやつが揺らぎそうになる程度には。


「いいから黙ってな。俺様は貴様の優しいせいちゃんじゃ無いし、貴様の保護者でもない。ただの誘拐犯だ。これ以上つまらん話をするようなら、手荒な真似も辞さない」

「でもでも、だいじょーぶいだよ。せいちゃんに似てる人さんは、私にそんな怖い事しないもん」

「ヒャッハッハッ。貴様、何を言うかと思えばくだらない。何故そう言い切れる? 何も知らぬ癖に。そもそもその根拠は何だ、根拠を示せ阿呆が」

「根拠なんてないよぉ。でも、視れば分かるんだ。私、いっつもいっつもせいちゃんに迷惑かけてるから。何でかなぁ、いつも何かに巻き込まれちゃうんだ。せいちゃんが言うには、極端に運が悪いんだってさ。だからね、私、目の前の人がどんな人なのかって、いつも考える事にしてるの。雰囲気とか、表情とか、仕草とか。だから分かるの。きっと、せいちゃんに似てる人さんは、すっごく一途な人なんだなって。だって、せいちゃんと同じで、とーっても変な笑い方なんだもん」

 

 これが、時の流れという奴なのだろうか。これが、あったかもしれない未来という奴なのだろうか。ありそうでいて、決して手の届かなかった未来の形。俺様と、そして日傘の在り得たかも知れない今。

 

 俺様は、総ては、この瞬間のために。


「…… 今から喋る事は、俺様の独り言だ。初めに言っておくが、貴様にとってはあまり良い話ではない。信じる信じない。理解出来る出来ないは、俺様のあずかり知らぬ事。それでも構わないと言うならば… 黙って耳を傾けるがいい」

 俺様の表情を汲んだつもりなのかどうかは知らないが、いつに無く真剣な顔をして、頷く日傘。どうやら、俺様が思っているよりずっとタフに成長していたらしい。

「世界は、隣り合った世界同士が手を繋ぎあうように、そんな数珠繋ぎで出来ているとしたら… 貴様、信じるか? まぁ、信じる信じないは自由だが、何の因果か、俺様にはそんな異なる平行世界ってやつを渡り歩く力がある。三千世界なんて言葉があるくらいだが、とある出来事を切っ掛けに、俺様に与えられたのは、そんな平行世界のうち《 異なる百の世界を行き来する力 》だった」

 案の定、目の前にいる恩羽日傘は、アホ面下げて目を白黒させている。だが、既には火蓋は気って落とされたのだ。もう止められないし、止まるわけには行かない。

「この力を身につけてからの数年間。俺様は血眼になって探したよ… 日傘。生きているお前の姿を。だが、どこにもいなかった。どの世界にも存在しなかった。俺様の世界だけの出来事であったと思いたかった。そう思っていたかった。十の世界を移動し俺様は疑念を抱き、二十の世界を移動し疑惑は強まり、五十の世界を超えた頃には確信へと変わった。日傘、お前という存在はな、どの世界においても… あの地震の日に命を落としているんだよ」

 正に絶望だった。少しの希望を与えておいて再び俺様から総てを奪い去る。何故、パンドラの箱の中に最後まで残っていたものが希望だったのか。それをまざまざと思い知らされた気分だった。

「じ、しん?」

「神様の悪戯か、はたまた運命というやつか。この世界が俺様にとっての最後の世界。百番目の世界だ。そして、とうとう辿りついた… そう、生きているお前の姿にな」

 そして、ここからが俺様の目的であり、俺様にとっての生きる意味。

「運命などという言葉で、貴様の人生を一括りにしたくは無い。したくはないが、日傘。どうやら貴様の人生という奴は、件の地震で幕を閉じる運命にあるらしい。これまで俺様は貴様の、一の亡骸と九十八の墓標をこの目にしてきた。だが、お前は違う。お前は、確かに今、俺様の目の前にいる。俺様の世界の日傘と、最後の世界の、この世界の日傘。否、一の日傘と九十九の日傘を隔てたものはなんだったのか? 生きている貴様を一目見るという目標を達成した今。俺様は、それを知りたい。知って納得したい。そして、場合によっては… 俺様は、その総てを許せるとは限らない」

「私、死んじゃうの?」

 日傘は尚もくりくりとその大きな瞳を輝かせ、俺様の顔を一心に見つめる。俺様が尚も固執し続ける、し続けようとするその真っ直ぐの瞳で。

「死んじゃう、ではない。本来ならば死んでいる筈だと言ったのだ…… ほぅ? 日傘、やはり貴様少し眠っていろ。王子様の到着を待つ姫様って奴は、すべからく眠って待つのが相場であり礼儀だからな」

 聞き返す暇を与えず、俺様は再び日傘の額に人差し指を与え眠りにつかせる。


 

 さぁ、歓喜しろ日傘。貴様の王子様のご到着だ。



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