上
第四訓「梧桐一葉」
空は相変らず灰色で。
今日も明日も、明後日も。少年と少女は、そんな変わらない平穏な毎日を享受する。筈でした。
そう。筈だったのです。
でも、そうはならなかった。ならなかった。ならかったのです。
これは、そんなお話です。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「毎日毎日ありがとうねぇ。ウチの子のために。おばさん超感謝感動」
「別に。両親がそうしろって言うから」
「あらまぁ、正直。そういうとこ、おばさん結構好きよ」
ここはとある県とある市、とある閑静な住宅街に居を構えるとある民家です。
「それに比べてあの子ったら。折角こんなに良い子がお隣に引っ越してくれたってのに。一度くらい部屋から顔出してもいいのにねぇ」
「別に。自分も、どーせ一人だし。暇だし」
「でも折角偶然同じクラスになったんだから。一緒に学校に通えれば楽しいのにねぇ?」
「どうかな。だって苛められてたんでしょ、おばさんの娘」
「そうねぇ。あの子、ちょーっと周りよりドン臭いからぁ」
「おばさん、仮にもあんたの娘の事だろ。もっと真剣になれって。そーじゃないとあんたの娘、将来お嫁にいけなくなるぜ」
「まぁシニカル。あなた本当に小学生? ふふっ。だ・っ・た・ら。その時は《誠意君》が貰ってくれちゃってもいいのよぅ? あの子の事」
「だが断る。だってまともに喋った事ないし、顔すらちらっとしか見てないし… 変わった名前だし」
「やっぱり変かしらねぇ、そんなに可笑しい? 《日傘》って名前。おばさんは気に入ってるんだけどなぁ」
「むしろ苛められてる原因って、その名前のせいなんじゃないの?」
徒歩五分。そんなお隣同士になった少年と少女は、どこにでもあるような出会いを果たします。
「変じゃないもん! 私の名前は… 変じゃないもん!」
「まぁ。日傘ったら、よーやく部屋から出てきたわぁ。ぷぷっ。でもお母さんは知っているのです。日傘がここ数日、誠意君がウチに遊びに来てくれるたびに、そーっと此方を覗いて様子を窺っていた事を。全く、素直じゃないわぁ。誰に似たのかしら」
「… ふーん。元気そうじゃん。でも早とちりすんなよ。自分は変わった名前って言っただけで変とは言ってない… おばさんははっきり変って言ってたけどな」
「容赦ないわぁ。おばさん、ますます気に入っちゃうわよ」
「おい。お前、何で学校いかないんだ?」
「… だってだって、つまんないから」
「ぐーぜんだな、自分もそう思う。転校生ってもっと楽しいもんかと思ってたけど。面倒なだけだったし。質問ばっかりされて飽きちゃったぜ」
「正直ねぇ。でもだからこうやって毎日ウチに遊びに来てたってわけかぁ」
「よし。だったらお前をハイカにしてやる」
「ハイカ?」
「昨日見た映画で言ってた。側に置いて、常に監視してやるって意味らしい。お前、ドン臭いんだろ?」
「私、ドン臭くないもん!」
「本当か?」
「で、でもでも」
「おい、お前はハイカになったんだ。口答えは許さないぞ。これからはでももだっても禁止だ。そーやっていい訳するのは良くないんだぞ」
「でも、だってぇ」
「よし、なら自分がお前を鍛えてやる。一緒に外に行こうぜ。一人よりまだマシかもしれねーし」
「いっしょ、に? ………… うん!」
こうして、二人はどこにでもあるような友達同士、お隣同士、幼馴染同士になります。
光陰矢の如し。時計の針は刻一刻と進み、やがて、その時を告げる。
それから数年。二人は、小学校最後の年を迎えます。