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ゐ異えすぴー  作者: 汐多硫黄
第三訓 「快刀乱麻」
6/13



「ここは一つ。様式美として改めてお互いに自己紹介といこうじゃないか。親睦を深める意味も込めて。ちなみにワタシは、紹介するような大きな事故にはあったことがないゾw おいおい、そりゃ自己紹介じゃなくて事故の紹介だろー! ナンチャッテ。ハッハッハーw」

 ……どうしてこうも、この人は残念なんだろうか。

 その見た目の華やかさといい、黙ってればひくてあまただろうに。神は二物を与えないって、本当だったんだな。

「ゴホン、では改めて。ワタシの名は三寒シオン。最上級生の三年生であール。頼れる皆の生徒会長で、ご存知ESP研究部の部長さんだヨ。所持ESPは識別と制御。とどのつまり《管理》ダナ。良く分からないって? すまないが、らんまのように一言で言い表せるような類の力ではないんだ。ハッハッハー、ではでは新人諸君の活躍を大いに期待しているヨ」

「せいちゃんせいちゃん、ぶちょーさんってば、夜寝るときちゃー可愛いパジャマ着るんだよぅ」

 あ、それは別に知りたくなかった。そんな情報は知りたくなかったし極めてどうでもいい。今年始まって以来一番どうでもいい話だ。つーか、ちゃーって何だよ。ちゃーって。超じゃないのかよ。

「ハッハッハーw やめたまえ恩羽くん。照れるではないか」

 先生は最後として、年功序列でいこう。そう付け加えた部長は、隣で座っている貞子先輩の肩をぽんぽんと叩いた。こくりと頷いた先輩は、おもむろに立ち上がる。

「三年…… 五堂一葉… です。貞子では、ありません」 

 … エスパーかよ。あぁ、エスパーか。

「所持ESPは、断片的な《未来視及び過去視》」

「あー、五堂先輩。ちなみに心を読む能力とかもあったり?」

 恐る恐る尋ねる。そんな此方に対し、長い前髪のスキマからニヤリと口を歪ませてみせる先輩。oh…。やっぱり、どっからどうみても貞子じゃねーか。

「残念ながら… 今はまだ開発中、なの。そして…… 貞子では、ありません」

「そ、そうっスか」

 これ絶対根にもってるよね。あの合格発表の時のこと絶対根に持ってるよね。口は災いの元とは、良く言ったものだぜ。しかしこの視線… 夢に出そうなレベル。トラウマになりそうなレベル。

「せいちゃんせいちゃん、貞子ってなに? 可愛いもの? 先輩に似てるの? ってことは可愛いもの?」

「… ぽっ」

 ! あ、今露骨に五堂先輩の顔色が変わった。この一瞬で180度起源が、もとい機嫌が変わった。ナイス、日傘。

「いよぉーーーし。次はあたしだなっ!」

 待ってましたとばかりに、威勢が良いというより単に馬鹿でかい雄たけびをあげるらんま先輩。なんと言うか、別に今更紹介されるまでも無い。ってか暑苦しい。この人もまた、黙っていればちっこくて小動物チックで、可愛げがあるってのに。

「てめーらより一年先輩。二年の甲斐島らんまだぜ! よろしくぅ! ちなみにESPは馬鹿力だぜ! あっ、自分で馬鹿とか言っちゃった。今のなし、ESPは《超怪力》だぜ」

 なんだおい。今日はどうでもいい話の在庫一掃セールかよ。馬鹿力だって怪力だって同じだよ。どんだけお似合いな能力だよ。貞子先輩もだけどさ。

「後輩よぉ、あたしはつくづく思うんだ。こーゆー、超能力者とかってさ、なんか繊細なやつが持ってるイメージあるだろ?」

「えぇ、まぁ。らんま先輩の場合はスプーン曲げっていうよりスプーンへし折りって感じですからね」

「おいおい、そんなに褒めるなよ。みんなの前で。照れちまうじゃねーか」

 デジャブかよ。ハハッ… ESP所持者って、少なからずやっぱりどこか頭可笑しいんだろうな。勿論、自分含めて。

「こういう力ってのはよ、もっとてきとーなもんで良いんじゃねーかってのがあたしの持論だ。出来ると思えば、何だって出来ちまうような感覚っつーの? だからよぅ、あたしが何を言いてーかっていうと、超能力と体育会系のノりってのは、決してミスマッチなんかじゃねーってことよ」

「せいちゃんせいちゃん。この先輩、ちょっとアレで面白いね」 

 アレって何だよ。さしものらんま先輩もお前にだけは言われたくないと思うんだ。

そして、お次は。

「あら、あらあらー」

「ええ、そうですね。はい。それは、入学式の日に聞きましたね。いや、別にあんたの好きな戦国武将の話なんてききたくねーよ」

 ということで割愛する。クラス担任の癖して、ある意味日傘よりたちの悪い人物なんだ。そこにきて部活動でまで関わりあいたくはないぜって話。

「ウム。我ながら実に個性的なメンバーを取り揃えたものダw そして! 更に! 今日! 今! ナウ! 新たなるメンバーが加わる事となる。さぁ、さぁ、さぁ、君たちも遠慮せず、その胸の内に秘めた自己顕示欲を思う存分に開放するがイイ★」

「はいはーーい」

 そのまっすぐさと純真さがまぶしすぎる。日傘は、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら勢い良く手を上げる。

「私、恩羽日傘って言います。ぴっかぴかのいちねーんせーでーす。私、自分が本当に超能力者なのかどうか、それを確かめるために入部しました! せいちゃん共々よろしくお願いしますっ!」

 まぁ、日傘にしちゃまともな挨拶だったな。勿論、この部活内だからこそ通じる文句だが。だってそうだろ? 想像してみろよ、入学式を終えて、新しいクラスが発表されて、その初顔合わせで一人一人自己紹介をしていく。そんな席で、超能力だの、宇宙人だの、未来人だの言ってみろよ? ドン引きだぜ? もしもそんなリボン女が居たら絶対引く自信があるね自分は。

「… ちゃん、せいちゃんってば。最後、せいちゃんの番だよ?」

「あ、ああ、そうか。悪い。えーっと、一年、ゐ異誠意。ほどほどによろしくお願いします」

「うぉい! 短い、短いぞ後輩! ほら、もっとあんだろ、あれだよあれ。あん時みせたあのES… もがもがもが」

「ははは。どうしたんだい? せんぱい」

 これだよ。絶対こうなると思ってたよ。一応、部長の方には、自分がESPを持っている事を日傘に内緒にしてほしいという事を、日傘の部屋に侵入したあの日に口をすっぱくして伝えておいた筈なのに。他の部員にも徹底して伝えてほしいといっておいた筈なのに。だからこそこれは、あくまで日傘を護るためのESPの使用だ。だから躊躇無く使う。流石に人間そのものを自由自在に動かす事は出来ないが、その人の口にチャックくらいなら出来なくもない。特に、あーゆー、脳筋タイプの人間は殊更楽勝だぜ。

「ハッハッハーw さしずめ彼の役目は、恩羽くんのおもり、もといSPだ。ほら、ESPとSP。似てるだろ? 今はそれでいいではないか。な? らんまよ」

「もがもがががもが」

「ハッハッハw 何を言っているのかさっぱり分からん!」

「ぶちょーさんぶちょーさん」

「おや? 何かな、日傘嬢」

「えすぴーって何ですか? せいちゃんがえすぴーってどいういうことですか?」

 その目をまっすぐに輝かせ、日傘はそんな糞余計な事をよりにもよって部長に尋ねる。

あぁ、なんて日だ!

「ようするにだな。誠意少年は君の事が心配なのさ。誠意少年は、普段ツンツンしているようでいて、君の事になるとデレる。つまりツンデレだ!」

「まてまてまて、シベリア部長よ。幾ら自分のギャグが寒いからって、思考回路まで凍り付いちまってんじゃないのか? そりゃーねーだろ」

 漢のドジッ子属性なんて誰も得しないように、漢のツンデレ属性もまた、誰にも期待されぬ代物なのだ。当然の話だろ?

「せいちゃんは… 私の事嫌い?」

 

や め て く れ。

 

そんな潤んだ小動物のような目で此方を見るのは。つーかこいつ、変態先輩方の前で何を言わせようってんだよ。日傘のくせに。日傘のくせして。日傘のくせしやがって。

でもな、一つだけ長年こいつと一緒にいて確かな事がある。例え自分がこいつのことを思おうと、どんな行動をしようと、こいつは、日傘は、ゐ異誠意という人間を… 特別な存在としては、みていないということ。笑えるだろ? こいつにとっては、ただの幼馴染にすぎないのさ。どんなに年月を重ねようと、どんな出来事があろうと、どんな事件が起ころと、な。

 だからこそ、ここは一つ。ビシッとこう言ってやったよ。

「いや、その。別に。じ、自分は、その。まぁ、嫌いではないというか。なんと言うか。心底嫌いだったら、ここまでしてないというか」

「本当? やったぁ」

 どこまでも、どこまでも純粋にまっすぐに、裏表無く。こいつは、日傘は、本当に嬉しそうに楽しそうに笑う。自分には真似できないであろう、そーゆー類のことが出来る人間なんだ、恩羽日傘という人間は。

「ハッハッハーw おいおい君達、そうやってイチャコラしていられるのも今のうちだゾ。と、いう事で…」

 部長が嫌な顔をしている。何か物凄く嫌な顔をしていやがる。あぁ、糞。自分の中の第六感がけたたましいくらいに告げている。つまりそれは… この先、碌な事が起きないという事に他ならないわけで。



「第一回新入部員歓迎、チキチキGEKIKARAロシアンルーレットぉオ~~」



 ほら、な。


「君達新入部員達が少しでも早く我々に溶け込めるよう、その緊張を少しでも緩和させるために、そして何より君達に楽しんでもらうためには、いったいどんなイベントが良いか? 昨日の夜、ワタシが徹夜で考えたイベントであール◆」

「でもでも、ぶちょーさんってば昨日は確かぐっすり寝てたよ?」

「はん。例の可愛いパジャマでか?」

「うんうん」

「ウォッホン。君達、盛り上がってくれるのは大いに歓迎するし理解もするが、もう少しワタシの説明を聞きたまえヨ。さぁ、らんま。例のものをここに」 

「かしこまりましたー」

 どこかの赤い人のような、そんなかけ声と共に。らんま先輩が校長室の奥から、事前に準備されていたのであろう白のベールで覆われたテーブルを片手でひょいひょいと運んでくる。何気ない一シーンのようだが、実際は自分の身体の面積より何倍も大きいテーブルを片手で楽々持ち上げているのだ。この場所にいると、自分の中の常識といったものが悉く麻痺していくのが良く分かる。こんな人が実は極々身近にいて、こうして一緒の部活動をしているとか、普通なら考えるのも末恐ろしい筈なのに。

「あらよっ」

 元々はこの校長室の何に使われていたのか定かじゃないが、らんま先輩が片手で持ってきたこの長テーブル。そしてその上に乗るものを覆い隠す白のベール。あぁ、やっぱりいとやばしな予感しかしねーよ、コレ。 

「ハッハッハー。皆のもの、準備はいいか? ワタシは出来てる。まぁ、出来てなくてもワタシは待たないが。という事で、いざ、オープン」

 だったら聞くなよ。そんな脳内ツッコミを入れつつも、目の前では部長が恭しくも、ベールを一気に取り払う。そこから現れたもの、それは。

「じゃじゃーーん。激辛大量ワサビ入り寿司のロシアンルーレットというわけダ! 辛いぞぉー、超辛いぞぉー。あぁ、一刻も早く君達の苦悶に満ち満ちた表情という奴見たくてうずうずしてきタ。ハッハッハーw」

「うぉい! 一晩考えた割にはなんつーか、微妙に俗っぽい感じだし、あんたはゴールデンのバラエティーをみすぎだし、それよりなによりてめーはガキかよ!」

 変態超能力集団による歓迎会っつーから、一体どんな想像を絶する超展開が待ち構えてるのかと思いきやこれだよ。なんなんだ、この俗と欲に塗れた谷も山もない展開は。くだらない。くだらなすぎて… 何故か《頭が痛くなって》きやがった。

「そう褒めてくれるな誠意少年。そんな君の熱心さに応えて、ご褒美ルールを追加しよう。最後まで生き残った一人の勝者には、他の部員一人に何でも一つだけいう事をきかせられる。どうだ? 燃えてきただろう? さぁさぁさぁ、なんでもありのえすぴー部流地獄のカーニバルの開幕ダ」

 心底下らない。何が、ご褒美だ。何がえすぴー部流だ。なにがなんでもありだ… いや、待て。今、部長は何て言った? えすぴー部流? 何でもあり? 確か、そう言った。

おい。おいおいおい。おいおいおいおい。

それって、つまり、そーいう事だよな? ここは偏屈超能力集団の巣窟で、そんな奴らとロシアンルーレットをやる。そして奴らは揃いも揃ってノリの良い変態ときている。ということは、奴ら。本気で、そう、本気でやるつもりなんじゃねーか。とどのつまり、各々の《ESP》を使ってくるんじゃねーだろうな? おい、嘘だろ?

「はいはーい! 一番、新入部員恩羽日傘、いきまーす」

「ば、馬鹿かお前は!!! 日傘、てめーは自分の体質ってやつを」

「へばっしゃああああぁア阿亜吾」


 恩羽日傘は、氏んだ。

 その、あいも変わらず普遍的で致命的な運の悪さと、あいも変わらず理解不能で解読不能な日傘語断末魔と共に。唯一の救いは、何のためらいも無く一気に食べた事により、ほぼ即死で逝った事だ。ご愁傷様、いわんこっちゃない。護ってやれなかったという多少の罪悪感は残るものの、こいつはいつもいつも自身の体質ってやつを理解していない。今回は良い薬だと思って反省してほしい。まぁ、無理だろうけど… 納豆巻きを食べて、ネバネバして死んでいった哀れな幼馴染。口から吐き出し無駄にする事無く、胃袋に収めきったその心意気に免じて、一応、その亡骸を校長室のソファーに横たえてやり、側に水もおいておいてやる。腐っても納豆は納豆で、日傘は日傘なのだから。 


「ハッハッハーw いいぞ、いいぞぉ恩羽くん。やはり新入部員はそうやって身体を張らなくてはな。そう言った意味では、君は実に良くやってくれたサ」 

「この体育会系のノリ。あたしが求めてたのはこれだぜ、シオン部長! オラ、わくわくしてきたぞ。っつーことで、次はあたしがいっちゃる」

 言葉遣いがやたら乱れ始めたらんま先輩が次をいく。先ほど日傘が一つ平らげた事により、目の前に残ったネタは二十三巻。だが、ここにきてどうしても俄然気になる事が一つ。

「すんません、部長。さっき聞き忘れていたんスが、と言うより日傘が暴走して聞くチャンスが無かったんだが。この中の幾つくらいがワサビ入りなんですか? まさか、全部なんてオチはありませんよね?」

「心配するな誠意少年。当然、全部じゃないサ。幾らワタシでもそこまで残虐超人ではない。だがあえて言おう、トップシークレットであると。ああ、ちなみにだが。確かに部長権限によりワサビ入りの数は把握しているが、其の場所までは知らない。校長にシャッフルをお願いしたからな。あくまで勝負はフェアでなくてはな」

 何がフェアだよ。ワサビの数を一人だけ知っている時点でフェアでも何でもないじゃないか。この人のことだ。例え全部ではないにしろ、残り二十三中二十二が大量ワサビ入りの可能性もあるという事。ぱっと見た限りでは、どれも同じように見えるし、ネタによっては入念にワサビが隠されている可能性も有る。激辛回避は、思っていたより至難の業になりそうだった。

「しかしよぉ、もしあたしが勝ったら誠意後輩になにやらせようかなぁ。オラ、わくわくしてきたぞ」

 それよりなにより、我が身の危機だ。貞操の危機だ。日傘が早々に消えた以上、我が身を護るため、ここは一つ本気を出して勝ちにいくしかない。本気を出して。

「うん… 旨いな。びみー、だぜ」

 どうやら、らんま先輩もセーフらしい。シット! この人、一見何も考えてなさそうだけど野性のカンって奴が利きそうな感じだよな。

「では、次はワタシがいこう。優雅に華麗にナ… うむ、旨い。これが部費ではなく、校長のポケットマネーから出た寿司だと思うと、更に旨く感じるではないか」

 当然のように回避する部長。どんな手を使ったかは知らないが流石だ… というか、今、聞き捨てならないことをさらりと言ってのけたような気がするが、あえて気にしない事にする。君子危うきに近寄らず。藪蛇はごめんだ。

「あらあらー」

「む。次は先生か」

 この人は、どうなんだろう。おっとりしてそうな見た目とは裏腹に、実は危機回避能力が高かったりというパターンも有り得るか?

「あらあ…… オロロロロロ」

 無かったな。つーか、嫁入り前の妙齢の女性が、リアルに口から寿司を全開で吐きながらのたうち回る姿はみたくなかった。出来れば一生。全身を震わせ、発汗の止まらないその体とは裏腹に、表情だけはいつもの笑顔を絶やさない。その様子たるや正に狂気。確かに教師の鑑だが、女性としては完全に終わったパターンだと思う。トラウマというより、呪われそうな気がして。

 そして、一巡目残りは自分と貞子先輩こと五堂先輩。何が恐ろしいって、この手の勝負で一番強そうなのはこの人をおいていない。この五堂先輩が、本当に未来視の力を持っているとすれば、予知のような力を持っているとすれば、どう考えても勝ち目は無いのだが…

「貞子ではありませんが…… 私、この勝負… 棄権します」


 ええええええええええええええええええええ。


「ど、どうしたんスか!? え? 何故に?」

「私… ナマモノが食べられません…… から」

 良く見てみると、場に残されたネタは総て刺身系のみ。確かにタマゴや納豆巻のようなネタも当初はあったものの、悉く、日傘や部長、らんま先輩がかっさらっていった。納豆巻きが好物の日傘はともかくとして、そもそもらんま先輩や部長がそんな寿司界の二番手たちを自ら選ぶ筈が無かったのだ。この人達が後輩のために高価なネタはとっておこうなんて考えるわけが無かったのだ。つまり、この人達もまた本気で勝ちに来ているという事。だからこそ、最初に五堂先輩を潰したってわけか。末恐ろしいぜ。あまりに大人気なくて。

「次は、自分か」

 オーケー。落ち着け自分。五堂先輩ほどではないにしろ、自分には第六感。これまでの経験により研ぎ澄まされてきた直感が有る。この力でこれまでどれだけ日傘の危機を救ってきた? 自信を持って良い筈だ。

 辛さの気という奴を探るんだ。他には無い気やオーラを感じ取るんだ。なぁーに、精神統一して、明鏡止水の心で望めば自ずと答えは見えて… くるわけねええええええだろが!

 馬鹿か自分は!

 そもそも何だよ辛さの気って、辛さのオーラって。んなもん存在しねーよ。何を血迷った思考を繰り広げているんだ… ま、まずいな。自分とした事がすっかりペースを乱されちまってる。先輩方が放つ大人気ない本気力に踊らされちまってる。こうなったら、余計な事はせず、いつものように、日傘を護るときのような、そんな気持ちで自分の直感を信じて特攻するしかない。むしろ、有る意味コレだって結果的には日傘を守る事に繋がるわけだしな。うん。なるようになるしかない。

 

 さぁ、いざ!!! 

 

「! せ、セーフ。は、はははは」

『ちっ』


 たかだか寿司を食すだけでこの発汗と疲労感。そして勝負はまだ一巡目。一巡目にして残りメンバーはらんま先輩、部長、そして自分の三人。既に半分。残り寿司数は、後十八巻。一体全体、この中の残りワサビ数は幾つなのか。

「あらよっ… うん。びみー」 

 間髪いれず、らんま先輩が目の前にあった寿司をほお張る。早い、ペースが早いっつーの。これじゃあっという間にまた順番が廻ってきちまうじゃねーか。

「やるな、らんま。そして再びワタシのターンか。時に、誠意少年。これは余談だが、ワタシはね、いや、ワタシ達はね運がいいのサ。別段ESPというわけではないが。昔から運が良い。《かつて、死にかけるような大きな災害》に巻き込まれた事があるんだが、こうしてピンピンしている。ま、言わずもがな、君も同類だとは思うがね。運の良しあしの是非は、一旦置いておくにしても、ダ」

 だから当然。そう結んだ部長がパクリとほお張る。結果は…

「デリシャスだ」

 あっという間に再び廻ってきた自分のターン。目をぎらつかせまだかまだかと囃し立てる先輩方。何だろう、このプレッシャーと恐怖は。これまでに感じた事の無いような、そんな重圧。そして頭痛。これが、えすぴー部流ロシアンルーレットの恐ろしさというわけか?

「だが、自分とて負けるわけにはいかないんスよね」

 主に、自分のために。自分のために。我が直感よ、オラに力を。

「… セーーフ。ひゃ、ヒャッハッハッハ。どーだおい、先輩達。これが新入部員の力だぜ」

 人間、あまりに妙なプレッシャーにさらされ続けると、何故かハイになってしまう生き物らしい。

「へっへっへ。やるじゃねーか後輩。熱い後輩なら尚更上等だ。あたしは嬉しいぜ。おかげでますます気に入っちまった。こいつは何が何でも優勝しねーとな」

「グッド。面白くなってきた… では、ワタシもそろそろ本気を出そう」

 残り寿司残数は十五巻。どれだけ大量ワサビ入りが残っているかは部長のみぞ知るだが、今の部長の言葉を聞く限り、そうとう切迫した状況になってきた事は間違いないらしい。

 この人達は一体どんな手を使っているのか? 二人とも、平気な顔をして寿司をほお張り、瞬く間に自分のターンが廻ってくる。恐ろしい。実に恐ろしい状況だ。

 そして、気になるのが先ほどから感じるこの頭痛にも似た感覚。気のせいかさっきより強くなった気がするが… まさか。

「ピューピュピュッピュー♪」

 間違いなく部長の仕業だろう。この思考の乱れ。頭痛。閉塞感。いつも感じ取る事が出来る何かが、全く感知出来ないような、この感覚。

「言っただろ? ワタシのESPは管理だって。つ・ま・り。一度この目で見たことのある力であれば、他人の力であろうと、それをワタシの意思である程度制御制限出来るのさ。つまり、今の君はいつもの第六感とか感のよさって奴を発揮できないし、念力も使えない筈。ヤッタネ!」

 …… ! マジかよ。

部長の言う通り、試しに目の前の寿司をそっと念力で動かそうとしてみたものの、まったく動かない。それが当たり前であるかのように、それが普通であるかのように、全く動かない。そんな、ある意味当たり前で当然の光景に、愕然とする。

「どうだい? 逆に新鮮な感じがするだろう? 君が其の力を使用するに当たり、自らにどんな制約を課しているかは知らないが、まぁ、ぶっちゃけ恩羽君に関することにのみ力を使うと決めているのだろうがね。実際君は、日常生活において無意識に其の力に頼りきっていたのだよ。だからこそ、今の君は無能力者、ただの一般人。サァ、勝負を続けよう。君のターンだゾ、誠意少年」 

 これは、そう。出来レースだ。部長が何を企んでいるのかしらねーが、部長の部長による出来レース。そんなもの、部長がワサビを仕込んだ時点で分かりきっていた事だ。

 残りのネタは総て赤身。一見しただけではどこにワサビが入っているかなんて分からない。分かるわけが無い。だが、事実はそうじゃない。部長だ。恐らく部長は、どこにワサビが入っているネタが配置されているのか。その場所を知っている。あの迷いの無いネタの選考。何より、この部長の性格からして、校長にシャッフルを頼んだというあの発言自体がデコイであると考えていい。むしろ確信に近い。

だからこそ、此方も、容赦も手段も選んでいる暇は無い。残り十三となった寿司の一角を迷う事無く選び、そのまま口に運び咀嚼する。

「… うん、うん。美味しいですよ、部長。らんま先輩」

 セーフ。

 第六感を封じられた今、自分は、今の《安全パイ》を選ばざるを得なかった。そして、そろそろだ。反撃のチャンスは。必ずやってくる。必ずだ。

「おぉー。やるなぁ、後輩。んじゃ、次はあたしか… んー、びみだ。びみー」

「ハッハッハw そしてワタシのターン。ふむ、よし。では、これ」 


 !!! 


「ウム。デリシャ…… ばぼらあああああっ!???」

 

 白と赤の汚ねぇ花火、もとい虹を咲かせながら。哀れにも、部長は氏んだ。あーらら、ご愁傷様。いい気味だぜ。


「悪いな部長。《すり替えておいたのさ》」

「い… いつのま…… に」

「最初にだよ。テーブルの上の白のベールをはがした直後」

「見事、也… ゴフッ」

 

 説明しよう(ドヤッ

 ようするに、部長が何らかの不正をしてくるというのは読めていたし、部長はベールをめくる前から、このイベントがロシアンルーレットであると発言していた。つまり、部長が安全なネタを自分の近くにさりげなく配置しておくであろうことくらいは当然予想できていたという話。だからこそ自分は、自分の第六感に従い、念動力を使い、咄嗟に《部長の一番近くにあった寿司と此方の方にあった赤身を入れ替えた》それだけの話だ。咄嗟だったが、あらかじめ予想していたのと、ベールのおかげで誰にも気づかれる事無くその罠を張って置けた。部長の自己紹介や以前の発言を聞いたときから、この人がこちらの力を封じる何かを持っている事は明らかだった。だからこそ、使うにしろ使わないにしろ、最初にこれを仕込んでおく必要があった。後はまぁ、巡を追うごとに部長の選び方を見て、それが確信に変わった。で、たった今、その時限爆弾が発動したというわけ。

 

 だが、当然これで終わりじゃない。むしろ、何より不気味なのは…。


「おぉ。シオン部長も逝ったかぁ。にしししし。二人きりになっちまったな、後輩」


 そう、甲斐島らんまだ。読めない。全く読めてこない。この人が何故、こうも強かに激辛を回避出来たのか。まさか本当に第六感にも勝る野生の感だとでもいうのか? いや、ありえねーだろ、そんな超能力じみたこと。よもや超能力者じゃあるまいし。なんて、くだらない冗談が飛び出るくらいには切迫した状況ってやつなわけで。

「いいねぇ。そのツラ。たまらねーな。ホント、気分が良いぜ」

「らんま先輩。自分、どうやらあんたを見くびっていたらしい」


 およそ、予想のつかなかった最終対決ってやつだろう。あれだけヘンテコ超能力者集団がいながら、どうして一番超能力者らしくないこの人が最後まで残ったのか。此方のそんな逡巡を知ってかしらずか、らんま先輩は、尚も不敵に微笑み続ける。


「はぁはぁ、おい、コラぁ、もっと見ろよ、あたしを」

 … なんかはぁはぁ言い出した。

ヤヴァくね? これ、ヤヴァくね? ってか、部長がぶっ倒れちまったら、一体全体誰がこの場を締めるんだ? らんま先輩の言う通り、本当に、今、二人っきりじゃね?

 すり替えておいた安パイも使いきり、未だにESPが封じられた状態。そして、相変らずらんま先輩の快進撃の謎は解けない。おい… これ、詰んでね? 勝ち目なくね?

「いいねぇ。その顔、その表情。堪らねぇな。それがあたしのものになると思うと… くぅうううっ! 滾っちまうぜ!!」

 毎回思うが、蛇に睨まれたカエルってのは、正にこんな気分なんだろうな。ハハッ。神様よ、こいつはちょっと冗談と言う名のワサビが利きすぎちゃいませんか?

「へっへっへ。部長もぶっ倒れちまってるしよ。いいぜ、その顔をさらに絶望の淵へと追い込む良い事教えてやるよ… 皆さ、あたしの力をただの馬鹿力だって思ってやがる。けどな、そいつは大きな間違いだ」


 … ん?


「あたしの本当の力はな、《断ち切る事》なのさ。あたしの怪力は、その応用の一つにすぎねぇ。筋肉と神経系、それと脳みそな。知ってっか? 人間ってのは、普通に生活しているうえじゃ脳みそによって持てる力に制限って奴がかけられてんだよ。あたしはな、そいつを自由に外す事が出来るのさ。感覚の遮断。まぁ、つってもさ、これすげーコントロールが難しいし、疲れるしでまだまだ発展途上の力なわけよ。普段は馬鹿力にしか使わないことにしてる。あたしのとっておきの秘密だ」

 確かに聞いた事がある。つまりこの人は、人間が本来持っている力を自由に引き出せる感覚自在人間だったってわけか。糞、何が単純なESPだよ。あんたが一番超能力者らしいトンデモ能力じゃねーか。

「んで、つまりだ。今のあたしは、その応用で味覚を遮断してるってわけ。なんつっつても、《なんでもあり》勝負だし、それにシオン部長も、最後まで生き残ったものが勝利だって言ってたろ? よーするによぉ、別に激辛寿司を食っちまっても、耐えられさえすれば構わないって事だろ?」

 ああ、こういうのを才能の無駄遣いって言うんだろうな。物凄い能力を持ってるくせに、どうしてこうも思考が残念なんだろう。

「だ・か・ら。見ててみな? あーん… こんふぁふうふぃ、まふぉめてふぁっふぇふぇふぇふ」

 後半何を言ってるいるのかさっぱり分からないが、らんま先輩はこともあろうに、寿司のミルフィーユ食い。もとい、まとめ食いをしてみせる。その数五巻。馬鹿だ。あんた馬鹿だよ。無茶しやがって。

「先輩… 知ってるか? あくまで予想だけどさ、それ、たぶんほとんど激辛だぜ」 

「だが、辛さを感じない。どーよ、諦める気になったか?」

「先輩、知ってるか? 例え味覚を遮断しょうが何しようが、あんたが激辛を幾つも食ってきたことに変わりは無いんだぜ? 寿司にワサビを入れる本来の理由は、その生臭さを消す事と芳香、彩、食欲増進、消化吸収増進。そして《殺菌機能》だ」

「…… うっ」

「何事も、やりすぎれば毒になる。もともと人間の内蔵は刺激に対して敏感なんだ。加えてあんたはリミッターを外せちまう体質。生わさびは練りわさびの二十倍その効果が強いんだぜ。よーするに、何がいいたいかと言えば。先輩、あんた… お腹は丈夫な方か? ってこと」

「…… い、痛い」

「なんなら、痛覚も遮断しとくかい。けどさ、人間としての尊厳とかあんたの中に眠る一握りの乙女の矜持ってやつだけは、外さないことをオススメするぜ」

「いたいたいたいたいたい!? なにこれ、なにこれええええええええ!!!!!!!?」

 人間の感覚ってやつは身体からの信号でもあるんだ。そいつを無理やり外して。羽目まで外しちゃったら。こうなることは必然だろう。

「便所、便所はドコダヨォオオオオオオ!!!!!」

 ご愁傷様。どうか、先輩の人間としての、乙女としての羞恥心だけは外れませんように。


「この勝負、自分の勝ちですね… ひたすらに虚しいだけだけど」


          ◆


 無傷の五堂先輩に手伝ってもらいながら、二人でこのやんちゃな歓迎会の後始末をする。日傘、先生、部長、らんま先輩は、揃って胃腸薬を飲みながら校長の応接用のソファーに座っている。一様に死んだ魚のような虚ろな目で虚空を見つめながら。


「ハッハッ… はぁ。一体どこの誰ダ? こんな下らないイベントを思いついた不埒な奴は」

 誰も何も応えない。一様にして、天を仰ぐのみである。

「ちっくしょー。発想は良かったと思ったんだけどなぁ。食った後のことまでは考えてなかったぜぇ。あたしの女子力ってやつが、マイナス値到達だ」

「いやいや、らんまにそのような隠されし力があったとは驚きであったさ。コイツ、幾らなんでもありだからって良く我慢して食ってんなーとは思っていたがね。それに、君がそれほど誠意少年に固執していたということにも驚きだ。ふむ、若いというのは素晴らしい事だナ。恩羽くん、君も、うかうかしていると素敵なSPさんをとられてしまうかもしれないゾ? なんてナ!」

「… せいちゃん、を?」

「ウム。women are as wavering as the wind 女心と秋の空か。青春だな」

 おいおい、人に作業をさせておいていい気なもんだぜ。突っこむ気にもなれない。


 そんな、誰もが大団円で幕を閉じると信じて疑わなかった、この弛緩しまくった校長室をえすぴー部員達を、更なる混沌の渦へと引きずり込まんとする、そんな招かれざるジョーカーの足音が、一歩また一歩と近づいてくるのを唯一感じ取る事が出来ていたのは… 何を隠そう五堂一葉先輩たった一人だけなわけで。

「ゐ異君…」

「はい? なんスか、五堂先輩」

「頑張って…… ね」



 何を? そう聞き返す暇も無く。勢い良く開かれる校長室のドア。

 容赦なく侵入を果たす一人の学生服の男。

そう、男。


 その姿に誰もが、息を呑み、言葉を失う。



「《俺》様の名前はゐ異誠意。出てくるがいい、この世界のゐ異誠意よ!!」



 そう叫ぶ侵入者である学生服の男の姿は…… 自分と瓜二つだった。

そう、ドッペルゲンガーのように、瓜二つ。



 第三訓 END




《今日の四字熟語》


「快刀乱麻」(かいとうらんま)

 こじれた物事を麻糸を断ち切るように処理する事。乱麻は複雑にもつれた麻のこと。


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