上
第三訓「快刀乱麻」
「せーいいくーん。あーそびーましょーーー」
世の中は理不尽で出来ている。
それは、長年日傘と一緒に過ごしてきて学んだ経験則に基づく金言であり、至言である。生まれる時代、場所、親を選べないように。才能、容姿、血筋を選べないように。生まれる前から、総てが決まっている運命であるかのように。いつ、どこで、何が起こるのか分からないように。
それは、ある日突然やってくる。何の前触れも無く、足音一つも響かせる事無く。つむじ風のようにやってきて、嵐のように去っていく。
「んだよー。まだ寝てやがんのかぁ、アイツ。気合って奴がたりてねーんじゃねーのか、それって」
理不尽。今正に、自分自身の身に、一つの理不尽って奴が迫ろうとしている。これは概ね、そんな話。
「はい、ドーーン。へっへっへー、ここが男子寮の男子の部屋かぁ。へー、思ってたより綺麗なのが無性に腹立つな。ってわけで、オラオラオラァアア。あたしの竹刀にかかりゃ、こんな部屋をぶっ壊すくらいお茶の子さいさい、朝飯前だぜ」
もう一度言う。理不尽、それは何の前触れも無く、ある日突然やってくる。そんじょそこらの第六感じゃ、太刀打ちできない。そういう類の代物なのだ。
現在時刻は、朝の5時半。普通の学生なら誰もが夢の世界へと出張中の時間帯だ。事、学生たちにとって睡眠は、自らの体の成長を促す上でも存外大切な時間だと言える。成長期のこの身体にとって、充分な睡眠は無くてはならない不可欠な存在なのだ。
つまり、何を言いたいかといえば。
そんな事を知ってかしらずか。この人は、いや、コイツは。
「へへへ。居た居た。布団にずっぽり包まっちまってまぁ。オメーは蓑虫かよってんだぁ。いい加減起きろクゥラァ。心優しいてめーの先輩がわざわざ迎えに来てくれやがりましたよってんだぁ」
そんなセリフと共に、《隣のベッド》に強烈な、そうれはもう見るからに強烈なヒップドロップをかます体育会系馬鹿力竹刀先輩こと《らんま》先輩。部長の話だと、確か部の一員らしいが、まだ互いに自己紹介をしたわけではないし、正式な顔合わせもまだな状況だけに、それが本名なのかも定かではない。しかも、何のために、何ゆえこんな時間帯に自分達の部屋を襲撃にやって来たのか。考えれば考えるほど謎は尽きない。
が、今、最も言わなければならないセリフ。考えなければならない事。それは勿論…
山田悲惨、ってこと。山田カワイソス。山田、スマン。自分の身代わりに…。どうか安らかに成仏してくれ。ご愁傷様。って事。
「ぐぅううえええぇえええ… ぇ、ぅうえ。かハっ」
想像していただきたい。ルームメイトの、断末魔にも似たそんな呻き声を聞き、あぁ、次ぎは自分の番なんだと、そう理解してしまった瞬間の状況って奴を。
「ありゃりゃ? んだよぅ。良く見りゃコイツ、新入りのゐ異誠意じゃねーじゃんかぁ。ああ、ルームメイトか? へっへっへ。すまんすまん、間違えちった♪」
テヘペロ。色黒でいかにも体育会系スポーツ少女なその褐色な肌と相反する真っ白で整った歯を覗かせながら、先輩は健やかに笑った。間違いない、殺される。部長の場合は、粗相を侵せば社会的に殺されそうな雰囲気って奴をかもし出しているが、間違いない、この先輩の場合は一歩間違えば肉体的に殺される。魂的に抹殺される。どうする? どうする自分。
「つー事は、必然的にこっちが新入りのベッドってことになるよなぁ」
今更布団を顔から被るわけにもいかず。自分は、一先ず狸寝入りを決め込むことにした。何か打開策が見つかるかもという、そんな甘美で堕落的な希望的観測を枕にして。
「へっへっへ。ぐっすり寝てやがるぜぃ。しかしなー、こーしてみるとあれだな… 無駄に可愛い寝顔してやがんな、コイツ」
…… ん?
「ただでさえベビーフェイスの癖しやがって。眠ってると更にあどけねぇ… じゅるり」
…… あれぇえ!?
何故だろうか。何だか妙な展開になってないか、これ。なぁおい、可笑しな展開になってないか、これ。つーーか、何言ってやがりますか、これ。
「ちょっとだけなら、ちょっとだけなら」
…… 駄目だ。これ完全に駄目なやつだ。いいや、むしろ限界だ。
「いや、何がちょっとだけなんスか、先輩。つーかあんた、何やってんだオイコラ」
「チッ。よぉ、目ー覚めたかよ。後輩」
頭が痛い。あーあ、そらみたことがだ。珍妙な部に入っちまったばっかりにこのザマさ。ごらんの有様だよ。というより昨日の今日だぞ? しかも昨日は活動なしだぞ? ったくなんなんだよ。
「今の露骨な チッ は、聞かなかったことにしときますよ。それよりなんなんだ。なんなんだよアンタは、こんな朝っぱらから」
「あーん? 愚問だぜ、後輩。朝錬に決まってんだろ、朝錬に」
別に、決まってはいないと思う。心底。決まっては居ないと思うんだが。
「一応言っておきますが、実際、入部してから初顔あわせですよね、自分たち」
勿論、合格発表の時のあの半殺し未遂事件は入部前の話なので除く、だが。というか思い出したくも無いトラウマだ。
「んあ? おおよ。そういやそーだったな。もう知ってると思うが、あたしの名前は《甲斐島らんま》 ってんだ。頼まれもしねーのにこうやって新人の教育係を買って出ようっていう、それはもう頼りになる心優しき先輩だ」
人はそれを、大きなお世話という。
「おめーさんもえすぴー部の一員になるんなら、あたしからの洗礼をありがたく受け取るこった」
「先輩。知ってると思うが、女子寮への男子出入り禁止なように。男子寮へも女子は出入り禁止なんスよ。場合によっちゃ、場合によるぜ、先輩」
「おいおいおい。ツレねー事言うなよ後輩。言っただろ? ただの朝錬だって。それにあたしはあんたを気に入ってんだ」
「はぁ? 自分、あんたに気に入られるような事何かしましたっけ? そもそも先輩と会うのすらこれでまだ二度目なんスけどね」
あの合格発表の日、加えて今朝、今、ナウ。たったのその2回。
「おう。あたしはな、こう見えて可愛いもんが好きなんだ。可愛くてちっこくて…… あたしより強い奴が好きなんだよ。男女問わず、な」
…うわぁ。
ああ、成る程。この人、そーゆーアレかよ。色々と突っこみたいポイントが満載なセリフだったが、一先ず総て捨て置く。それより今はどうやってこの状況を切り抜けるかが先決だ。下手な手を打つと、目の前でピクピクしてる大地丸のような哀れな姿になりかねない。
「部長とか、お前とか、五堂先輩とか、お前とかな。なぁ、あたしの竹刀をへし折った、あんときのアレ。またみせてくれよ。なぁなぁ」
そう言ってこちらのベッドへとじりじり迫り来る竹刀先輩。蛇ににらまれたカエル。窮鼠ネコを噛む。いや、むしろ噛まれる。主に此方が。ヒィイイイ。むしろ噛まれるというより食われる。取って喰われる。これが悪妙高き、肉食系女子ってやつか? そうなのか?
「あの、分かりましたから。一先ず分かったから。ベッドから降りてくれやしませんかね、先輩」
「なんだよ、けち臭い。減るもんじゃないだろ? 後輩」
何故だか断言出来る。確実に減る。何かが確実に減る。主に寿命的なものが、確実に。だが、一旦こうなっちまったもんは仕方ない。ここは何とか、軽くいなしてとっとと開放されるってのが一番の近道なきがしてきた。
「そ、そういや、自分もまだ名乗ってなかったスね。ゐ異誠意、昨日付けでESP研究部に入った新入生です。まぁ、ほどほどに宜しく」
「うっしゃああ! そんじゃまぁ、いっちょかるーく校庭十周からいきますかぁ」
太陽だってまだ枕を抱えて眠っている、そんな時間帯に、男女が二人校庭へと消える。それはもう確実に健康的な理由で。或いは一歩間違えば捕食されちまうような危うい理由で。
世界は、理不尽という名の何かによって出来ているんだ。きっと、恐らく、間違いなく。
余談ではあるが… 朝錬という名の先輩によるしごきは、朝の七時まで続いた事を、ここに付け加えておく。自分の生きた証として。
「先輩はアレなのか? 水を被ると性別が変わる的なESP能力者なのか?」
地獄のしごきを終え、ようやく寮に戻る事を許された帰り道。気がつくとそんな疑問を口にする自分が居た。この二時間ほどで、どうやら自分の中のこの先輩に対するなんらかの感覚とか危機感とか、警戒感ってやつが狂ってしまったらしい。末恐ろしい話である。
「馬鹿こくでねぇ。あたしの力ならてめーも散々みただろうが。つーか、その身でじっくり味わった筈じゃねーか。それとも、あれじゃまだまだ足りなかったってんなら、話は別だ。お代わりは自由だし、なんならデザートも用意してやるぜ」
成る程。あの馬鹿力か。まぁ、普通に考えれば竹刀でコンクリートの地面を叩き割るなんて在り得る訳が無いんだよな。でも何故だがこの先輩の場合素で出来ちまうような感覚に襲われるから不思議だ。むしろあれが素かと思ってた。なんて、口が裂けてもいえねーが …つーか今、若干なまってなかったか?
「あの時の馬鹿力かよ。そーいや先輩、あん時は悪かったスね。あんたの竹刀折っちまって」
「馬鹿はつけなくて言いっつーの。んあ? 竹刀? あれか。お前、見かけによらず結構律儀な奴だな。ますます気に入っちまったぜ。それに、あの竹刀なら心配いらねーぜ。予備がまだ100本以上あるし。あたしの能力上、当然の備えだな」
「ん? 竹刀じゃなきゃ駄目なんですか? 他の武器じゃ駄目なんですか? 二位じゃ駄目なんですか?」
「いんや。別に。こちとら剣道部ってわけでもねーし、他の得物でも問題はねーんだがよ。ほら、武器が竹刀ってさ、なんかカッケーじゃん。ヤンキーっぽいっつーの? わかんだろ?」
分かりたくは無いものの、残念ながら理解は出来る。勿論、別段ヤンキー論がうんぬんという話ではない。事実として、この手の、はちゃめちゃ能力《ESP》ってのは、本人の思い込みとか、こだわりや執着といった類とか、依代となるものが何かしらあるそうな。まぁ、この類の話は自分より部長の方が詳しそうだが。とにかく所詮はそういう類の与太話なのさ、ESPってやつは。
「今日もいい天気になりそうじゃねーか。軽い運動で身体動かして、日曜の朝から気分が良いだろ? 朝飯も超絶美味く感じる筈だぜ、きっと」
実に爽やかな笑顔でそう言い放った先輩と別れた後、ふらふらとした足取りで何とか自室へと戻る。どうやらあの先輩、正真正銘ただ単に朝練がしたかっただけらしい。頗る迷惑この上ない話だ。
男子寮の部屋へと何とか帰還を果たし、尚も白目をむきながらぴくぴくと小刻みに痙攣する山田大地丸を保健室へと担ぎ込みながら、ふと考える。
今回、本当に理不尽だったのは、一体全体誰だったのだろうか、と。
◆
「日傘… そこの石。躓くなよ」
「えっ? おっとっと。うん。もうもう、せいちゃんってば相変らず心配性なんだから」
月曜日ってのは、何故こうも人を憂鬱にさせるのだろうか。月曜日は一週間の始まり、元気出していきましょう! とか、早く一週間が始まらないかなーってうずうずしてました! なんて人間がいたら、この拳を振り上げずにいられるかどうか怪しい。極めて怪しい。そんな奴とは絶対関わり合いたくないし、話しかけられたくもない。人間的に憎しみさえ込み上げてくるだろう。自分にとって月曜日とは、正にそういう類の存在なのだ。
「やほーーい。せいちゃんせいちゃん、私ね。早く月曜日がこないかなーって、うずうずしてたんだ!」
「ああ、そう。奇遇だな。自分もだよ。ハハッ」
「だってだって、私、ちょーのーりょくしゃかもしれないんだよ? ぶちょーさん達がそれを確かめるために部活に誘ってくれて。せいちゃんも一緒に入部してくれて。私、ピャー嬉しいよ」
浮かれてる。日傘が浮かれておる。思わず憎たらしくなるくらい浮かれておるわ。またわけの分からん日傘語が飛び出るくらい浮かれまくっている。そして、こういう状態って奴が一番危なっかしいという事を、自分は嫌というほど知っている。だからこそ、例え今がけだるい月曜を乗り越えた後の更にけだるい放課後であろうと、これから行きたくも無い部活動というやつに向おうとしていても、既に放課後までの時間、日傘の面倒を見ているだけで疲労困憊状態であろうとも。今日という日を終えるまでは、その緊張の糸を緩める事は出来ないのだ。警戒態勢を解除するわけにはいかないのだ… っておいおいおいおい、言ってる側から!!
「日傘っ! 階段、バカッ、前、前見ろ! 階段だ!」
「えっ、あ…」
ああ、糞。もうこいつは何でこう、何でこう。
……。
「ねぇねぇ、見た見たせいちゃん! 私、今、階段から落ちそうになった瞬間、ふわーって。ふわーーって。もわーーーって。ちょっと浮いてなかったかな? のろのろーって、ゆっくり浮いてなかったかな? やっぱり私って、ちょーのーりょくしゃなのかな?」
「は、ははは。自分は知らないなぁ。見てなかったなぁ。お前ソレ気のせいじゃねーか? ってかクォラ日傘! しっかり前見て歩けっていつも言ってんだろが!」
「でもでも…」
「でももだっても禁止だって、いつも言ってるよな?」
「はいぃ。ごめんなさい、せいちゃん。ぐすん。ちょっと浮かれてました」
月曜から浮かれられるってのは、幸せな人生を歩んでるって確固たる証拠だ。それが例え、誰かによって養殖された幸せだとしてもな。
「だってだって、せいちゃんと一緒の部活に入れると思うと、凄く嬉しいなって思って」
ふぅ。駄目だな、どうにも駄目だ。自分は、こいつの彼氏でも恋人でも保護者でも無い。だから、本来こいつにこんな顔させちゃ駄目なのさ。自分自身、こいつのこんな表情は望んじゃいない。そのための力、そのための自分という存在。の筈なのだから。
「オーケー。分かったからそんな顔をするな。別に日傘を責めてるわけじゃないし、自分だって幼馴染にこんな説教染みた話はしたくないさ。でもな、お前は特別なんだ」
「特別?」
「ああ、特別だ。特別な存在なのさ」
それは勿論、言葉の綾でもなんでもなく。自分にとって、という意味でなのだが。
「それって。私が、超能力者かもしれないから?」
… オーライ。これが日傘って人間だ。良くも悪くもな。
「さーな。知らん。それはそうと、そろそろ見えて来るはずだぜ。先輩方が待つ《部屋》とらやが。ってかさ、何でまたこんなところを」
「あっ、本当だ!」
泣いたカラスがもう笑う。ったく、てめーはガキかっての。あんなにまぁはしゃいじまって。それじゃまた転ぶ… あーあ。言わんこっちゃない。
「ねぇねぇ、せいちゃんここだよね? ここであってるよね? 誰かお部屋の前に居るみたいだけど」
日傘が指差すように。
自分達の目的地とする部屋の前に、一人のおっさんがなにやら体育座りで俯いていた。とてもじゃないがこちらから話しかけられそうもねーような、そんな負のオーラをその身に纏いながら。そのただならぬ空気に、言い知れぬ不安感と嫌な予感を感じながらも、部屋のドアに手を掛ける。
「日傘、何だか頭痛くなってきた。やっぱ帰らないか?」
「ぶーぶー! ここまで来てそんな事を言っちゃ駄目だよ。めっ。さぁさぁ、入ろう、せいちゃん」
明らかにここだけ重力が違うんじゃないかと思うくらいに、ドアに掛けた手が重い。頭と胃が同時に痛くなるのを感じる。入部を決意したのは自分自身だし、今更うじうじ言ってんじゃねーよと、我ながら思う。でもな、世の中には頭では分かっていても、身体がソレを拒絶しちまうっていう事柄もあるという事を、是非とも分かっていただきたい。ようは、そんな話。
ESP研究部 部室
「ウゥウウウ、エーーーールカーーーーームゥ!!! ヒャッハーーーw」
そんな誰かさんの掛け声と共に鳴り響くクラッカーの破裂音。もとい爆音。それに伴い舞い散る紙吹雪。わいのわいのとはしゃぐ諸先輩方。まぁ、方というには聊か精彩に欠ける人数ではあるのだが。だがしかし、これはそう、所謂サプライズという奴だろう。自分と、日傘の入部祝いのための。
「おーう、待ってたぜ後輩どもー」
「ごきげんよう…… 新たなる… 死の奈落の捧げ者達よ」
驚きのあまりフリーズしちまってる自分と日傘の目の前できゃいきゃいとはしゃぐ4人の人間。《部長》三寒シオンを始め、竹刀先輩こと甲斐島らんま、そしてこれまたあの合格発表のときに遭遇した正式名称不明の貞子先輩の姿。そしてもう一人、生徒とは違う二十台後半くらいの女性。自分も日傘も良く知る、この女性。恐らくこの部の顧問なのだろう。自分からすれば、やはりなって感じではあるのだが。だがまぁ、成る程つまり、このメンツがESP研究部。通称えすぴー部のメンバーってわけだ。
「ハッハッハー。そうかそうか君達。声も出ないくらいに感動しているのか。それこそ我々も、こうしてサプライズを準備して待ち構えていたかいがあったというものサ」
「いや、つーか勘違いも甚だしいだろ部長。呆れてるんですよ。こっちは」
「はて★」
さも、何故呆れているのか検討もつかないゾ★ なんて表情を浮かべる部長を無視して言う。言ってやる。
「新入部員に対して、サプライズで歓迎してくれるのは分かる。そりゃ、素直に嬉しい」
そうだろうそうだろう。部員+顧問の四人は一斉にドヤ顔で頷く。
「だがな、あんたら。TPOって言葉知ってるか? ESPなんて言葉を知ってるくらいだ。当然知ってるよな? 知ってて当然だよな? な?」
常識ってもんがねーのかよ。思わずそんなセリフが喉からでかかったものの、そもそもこの人達は(まぁ、自分を含めてだが)普通じゃなかったという事を思い出し、寸前で思いとどまる。ようは常識なんて、通じる相手じゃなかったってこと。
「つまり、何が言いたいかっつーと、何でわざわざあんたらは、《校長室》 で、バズーカ並にドデカいクラッカーならして、部屋中に紙吹雪を舞い散らせて、勝手に飾りつけして… 校長を一人ぽつんと部屋の外に追い出して。一体全体、あんたらなにをやってんだよ!」
「いや、部活動だけども」
らんま先輩がさも当然のようにそう言い放つ。という事は、つまり。
「おいおい嘘だろ。あのー、緒先輩方? この部屋って、今回の入部祝いサプライズのために用意された部屋ってわけじゃなくて、もしかしてもしかすると、ここが、この校長室が、あんたらの《部室》なんスか?」
「exactly その通りで御座います。フム。やはり君は期待の新人だな。流石の的中率。こりゃ、一葉もうかうかしてられんぞ? ハッハッハー」
さっきの体育座りのおっさん… やっぱり校長かよぉおおおおぉ…
「ふむ。その顔は聞きたくてしょうがないという顔ダナ? どうしてえすぴー部がこの校長室を部室として使うことが出来るのか、を」
「いや。聞きたくありません。むしろ聞きたくありません。我々を悪の道へと引きずり込まないでください」
「ハッハッハー。custom makes all things easy 習うより慣れろ。なーに、誠意少年もすぐに慣れるサ、このえすぴー部イズムに」
「全力で遠慮したい。つーか先生! 真中先生! まさか先生が顧問やってるとは夢にも思わなかったが、この状況について何かコメントないんですか? 顧問として」
《真中よもぎ》 実はこの人、自分と日傘のクラス担任だったりする。受け持ち生徒とクラス担任として、まだたった一週間の付き合いだが、何故この人がこんなところにいて、顧問などを買って出ているか。何となく分かってしまった気がする。むしろ、分からない筈が無い。
基本的におっとりとした、生徒に対してダダ甘なその性格は、その見た目も相まって男女ともに人気の先生である事は間違いないのだが。この人実は…。
「あらあら」
「何々? 校長にはきちんと許可貰ってるし、教師としてきちんと顧問してるから問題ない? 本当かよそれ」
「あらあらー」
「何? 愛する担任のせんせーを信じないと駄目だぞ♪ 知るかよッ!」
お分かり頂けただろうか。
基本的にこの人が発するのは、あらあらという言葉のみ。それでは何故、自分と先生はこうして意思疎通を図る事が出来、そもそもこの人は日常生活を送る事が出来、あまつさえ教師などという職につく事が出来たのか。
答えはそう、この人もまたESP所持者だから。この力を持っているからこんなコミュニケーションの取り方をするのか? はたまたこんなコミュニケーションの取り方をしていたから身につけた力なのか? その点においては正に神のみぞ知る、だが。よーするにこの人は、相手の脳内に直接自身の言葉を送りつける事が出来るのだ。普通の人にとっては、ごくごく普通に会話しているように思えるだろう。だが、自分はそうは感じなかった。同じESPを持つ者として、当然この事実に気がついたし、一週間前は相当警戒したものだった。しかし、人間の馴れとは恐ろしいもので、一週間もすれば気にならない程度には慣れてしまっていた。人間ってのは、本当に都合よく出来てるなァと思ったものだった。
つまり、部長も部員も全員何らかのESP持ちだとすれば、その顧問だってESP持ちが選ばれるのは至極当然の流れ、だったのかもしいれないという話。
「それはそうと、誠意少年。恩羽くんが随分静かなようだが?」
目の前で繰り広げられるツッコミどころ満載の展開の数々に、自分とした事が、思わず日傘の存在を失念してしまってたらしい。部長に言われ、慌てて隣の日傘に目を向ける。
「うぉっ! こいつ、立ったまま気絶してやがる」
「ハッハッハーw 良くあル良くあル」
ねーよ。
ってか忘れてたぜ、日傘はこういうやつだって事を。クラッカーの音で気絶しちまうレベルの、そんな奴だったってことを。
「やれやれだぜ… くわっ! 戻ってこい日傘。いつまで寝てんだ。この人達相手にすんのは一人じゃきついんだ。お前が頼りなんだから頼むぜ」
軽く、極々軽く、日傘に衝撃の波を与えその精神と身体を揺さぶってやる。この力をこんな碌でもない事に使う事に聊かの疑問を感じずにはいられないが、元々コイツのための力なんだ。文句も糞もねーさ。
「ハッ。せいちゃんせいちゃん、聞いて。さっきね、おじいちゃんが変な川の向こう側で手を振ってたのが見えたよ。これってちょーのーりょくかな」
「OK、日傘。安心して良く聞いてくれ。お前のおじいちゃんはまだピンピンしてるし、それは気のせいだし、涎をこっちのガクランで拭くのを今すぐにやめろ」
ESP研究部部室 改め、校長室にて始まった歓迎会。
変人たちによる変人達のための宴。この時はまだ、後にあんな事態に発展するなどと、露ほども思っていなくて。