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ゐ異えすぴー  作者: 汐多硫黄
第一訓 「乳母日傘」
2/13


「いやいやいやいや。してない、自分、大した事はしてないですから」 

 口は災いの元。普段、日傘にも口すっぱく言ってきかせていた筈なのにな。あーあ、ミイラ取りがミイラになるなんて、本当、世話ねーぜ。 

「大した事は、だと?」

 目の前に現れた新たなる人物。上下黒のジャージ姿でショートカットの良く似合うような、見るからにザ・体育会系って感じのちょいと色黒な女性。加えて、手に携えている竹刀がさらにその雰囲気を醸し出している。ふむ、女性のわりに確かに口と柄がかなり悪そうだが、身長は自分より大分低い。むしろ日傘より低い。これなら恐れるに足らず、むしろ件の貞子先輩よりよほど扱いやすそうだ。まぁ、恐らくだが単純馬鹿っぽい見た目って事。おっと、口は災いの元だったな。

「それじゃーなにかい、あんちゃん。《大した事じゃ無いこと》は、したってことかい?」

「は? いや、それは言葉の綾というか」

「あ~ん?」

 小動物。そんな言葉が良く似合う目の前の体育会系先輩。などと言ったら、また事態が荒れそうなんで口が裂けてもいわねーが。ってか、この人もまたこの学園の在校生なのだろうか。まいったね、これは。どーすっかな。とはいえ、ここで下手に嘘をついても仕方が無い。日傘風に言うならば《人間正直が一番。話し合えば何だって解決できるよー》ってところだろう。むしろ全くそうは思わねーが。ここは一つその超理論に頼るしかない。

「まぁ、はい。しましたね。うん」

「それは、五堂先輩を泣かせる程の事なのか?」

 五堂というのが、恐らくこの貞子先輩の名前なのだろう。別段泣かせるつもりは無かったし、むしろ本当に泣いてるかどうかなんて、顔が見えないんだからわからねーじゃねーか。などとは、やはり口が裂けてもいえない。

「結果としては、そうかもしれねーですが」

「良し、分かった。死ね」

「はぁ? あのなぁ、一体何を…」


唐突だが、《死の匂い》というものを知っているだろうか? 


 これは超ドジッ子&不運体質である日傘と長年一緒にいることで身に着けた、経験則による感覚の話しなのだが。自分、もしくは身近の人間に何か生命の危機レベルの出来事が起こりそうであったりする際に感じる前触れ。俗に言う虫の知らせってやつの、ちょっとだけ強化版だと思っていただければ幸いだ。まぁ、誰にでも多かれ少なかれ感じた事があるであろう感覚の筈。自分の場合、日傘のせいでその頻度と感度がちょっとだけ違いますよって話。こんなの、超能力でもなんでもない。極々一般的な第六感の話。

 さて、ちょいと長くなったが話を戻す。

 今、正に今。自分は、その匂いを感じ取ってしまった。自分の中の何かが、全力で叫んでいる。逃げろ。逃げろ。逃げろ。と。

 つまり、何が言いたいかと言えば。もし、自分にこのちょっとした感覚が備わっていなければ、今頃どうなっていたかは分からないって話。

 ありがとう日傘。心の中でひっそりと、日傘に感謝した。それこそ、数年ぶりくらいに。


「先輩を泣かす奴は、だれだろーと… ブッコロス!!!」

 

 そう言って振り下ろされた竹刀による一撃をすんでのところで何とか避ける。留まる事をしらない体育会系先輩の竹刀は、そのままコンクリの地面をえぐる。とびちる石破片。傷一つ無い竹刀。尚も地獄のような顔でこちらを睨み続ける体育会系先輩。

 念のため、もう一度繰り返す。 

 《留まる事をしらない体育会系先輩の竹刀は、そのままコンクリの地面をえぐる》

 前言撤回しよう。

何が貞子先輩より扱いやすそう、だ。数分前の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。だが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない。相手は、とんだバーサーカーだった。これはもう、怪力とか馬鹿力とかそういう範疇を超えてる。あのコロスという、およそハトの舞い飛ぶ平和の国においてあまりに似つかわしくないその言葉が、ただの脅し文句じゃなく己の身に降りかかろうとしているという事態なんだという事を、ようやく認識する。


 合格発表を見る→帰る。

 たったこれだけのプロセスを、何故達成する事が出来ないのか。何故自分は、こうも顔を引きつらせてつったっているのか。今、自分自身に言える事があるとすれば、たった一つだけ。

たった一言。飛び切りシンプルなアドバイス。


 … このまま突っ立ってる場合じゃねええええええええええええええええ。 ってこと。


「やばい。とにかくヤヴァイ。いとやばしって状況だ」

 一先ず、周りに人が溢れかえっているこの状況からは離れた方が良い。何はともあれそう直感した自分は、すぐに移動を始める事にした。言いたい事は腐るほどあるが、もうきっと何を言っても聞く耳をもってはくれないだろう。世の中は無常だ。たった一つのボタンの掛け違いが、こんな事態を引き起こしてしまうのだから。ああ、糞。もしも時間を巻き戻せるならば。過去に戻れるならば。一体どこからリスタートすりゃいいんだ? 日傘の後をすぐに追わなかったところか? そもそも日傘を怒らせちまったところか? こんな混みそうな時間帯に発表をみにきちまったとこ? そもそもここを受験しちまったところなんてオチもあるのか? それともあの時? ええい、知ったことか。今はとにかく人気の無いところに逃げるしかねぇだろうが。

 日傘のゆるふわ思考が伝染体質を持っているのならば、きっと奴のトラブルメーカー気質ってやつも、伝染性を持っているに違いない。

「待てやああああああああああ」

「だったらまずは、その物騒な竹刀しまってくださいよぉおおおおおお」

 待てといわれて待つ人物がいないように。自分の直感を信じて、一先ず人気のなさそうな場所へと逃げる。逃げる。ひたすら逃げる。

 ヒャッヒャッヒャッ。こいつは良い、思いも掛けずいち早く校舎を見学して回れるってわけだ。まぁ、校庭だけだけど。大丈夫だ、まだそんだけ強がり思考が出来るなら、自分はまだまだ逃げ回れる。

「おらおらおらおらあああああ」

 ぶんぶんと手に持った竹刀を振り回しながら。ひたすらに追いかけてくる先輩。ってかね、どう考えても可笑しいのだが、そのがむしゃらに振り回した竹刀の切れ味が明らかにあからさまに在り得ないレベルで可笑しい。ってか竹刀に対して切れ味なんて言葉を用いる事事態、既に可笑しいっちゃおかしいんだけど。とにかく、普通じゃない。穏やかじゃない。尋常じゃない。だってさぁ、木が、ぶっとい木が切れてんだぜ。それはもうすっぱりと、真っ二つに。

 そして、もう一つ誤算があるとすれば。我が後ろを猛然と追ってくる体育会系先輩はやっぱり体育会系で。一方の自分は割と運動オンチだったっていうところ。

 こればっかりは、どーしょもない。あーあ、本当、しょーもない。まったくもって、しょーがない。

「はぁ、はぁ、糞っ。体力馬鹿が」

「へっへっへぇ~。よぅどーした。そっちはもう体力切れか? 根性がねーなーおい。これだからゆとり世代ってやつはいけねーぜ」

「あんたも、はぁ、そーだろが」

「あん? あたしはいーんだよ。体力あるからなっ」

「… 御もっとも」

 じりじりと近寄られ、とうとう校舎の隅まで追い詰められてしまった。まぁ、我ながら良くここまで逃げてきたと思う。

 自分と先輩とを別つのは、このたった一本の桜の木のみ。自分にとっての、そんな命綱。生命線。ライフライン。

「知ってるか、先輩。この古桜の木、この学園のシンボルなんだってさ。再起の象徴なんだってさ」

「てめー、あたしを誰だと思ってる? 仮にもここの生徒だぜ。当然知ってるに決まってんだろが」

「だったら、そんな大切なこの木まで切っちまうってのはどうかと思うんだが、どうだろうか?」

「んなこと、てめーに言われるまでも無い。あたしだってこいつをぶった切っちまうのは気が引けるぜ」

「だったら…」

「だったら、おめーがとっととあたしの前に、切られに出てくれば良い。それだけの話だろ」

 でしょーね。

ああ、駄目だ。逃げ場が無い。なるべく人気のなさそうなとこに逃げてきたが、まさか行き止まりだったとは。糞っ、先輩の野朗、それを知っててわざわざこんなとこまで追いかけてきたってわけか。逃げてると思っていたら、その実追い詰められていたとは。当たり前の事だが、地の利は圧倒的に向こうに分があったという事。

「なーに、別段命までは奪わんさ。ただ、落とし前っつーことで、最悪半殺しくらいにはなってもらうがな」

 OK。これ、完全に死んだわ。

「何で自分がこんな事に巻き込まれるのか。むしろ入学できるかどうかの合否すら確認してないってのに」

 この時の自分は、完全に涙目だったと思う。

「糞っ。自分も漢だ。こーなっちまったら落とし前でも何でも勝手につけりゃいーだろ。あの先輩を泣かせちまったのも(恐らく、多分)事実だろーし」

 そう言って、桜の木を背にしてその場に座る。胡坐をかいて腕組んで。これから自決でもしよーかって気概で。

「へぇ。その心意気だけは悪くねーじゃねーか… 気に入ったぜ」

「だったら」

「勿論、落とし前だけはきちんと受けてもらうがな」

 デスヨネー。

「んじゃ、存外時間食っちまった事だし、そろそろ逝ってもらうぜぇ」 

 そう言って、天高く竹刀を掲げる体育会系先輩。高低差のお陰で、その色気の無いボクサーパンツを思わず目の当たりにしちまうが、そんな事はこの際どうでも良いような瑣末な事。

 … パンツか、パンツね。そーいや、日傘のパンツは、いつもいつも色気の無いキャラクタープリントものだったっけか。って、よりにもよって、何だか嫌な走馬灯だなおい。

ん? ああ、そうそう、《あんな感じ》の、キャラクターもの。

おいおい、今日はウサちゃんかよ。てめーは一体幾つなんだよ。

 

 ……… は?


「せいちゃんをいじめちゃ、だめえええええええ!!!!!」


 空から、日傘が、降ってきた。


 なんというかこう、物語のワンシーンというか、何となく詩的なもの言いなんだけど、比喩でもなんでもなく。単なる実際の話。正真正銘、桜の木の上から、日傘が飛び降りてきたってだけの、単純にして明快な話。ただ、問題は二つあって。一つは、どうしてコイツがこんなところにいるのかってこと。まぁ、ありていに言ってしまえば、こいつの持つ不運体質、トラブルメーカー体質が、むしろ自分とこの先輩を呼び寄せちまったんだろう。たぶん。ってか知らん。むしろ知らん。知ってたまるか。自分は日傘の保護者じゃねーんだ。だから、この際この点は良い。大問題だが、一先ずは良い。なので一旦捨て置く。

 むしろ危惧すべきはもう一つの問題。その持ち前の身体能力を遺憾なく発揮し、動物並みのしなやかさで日傘が無事に着地を果たしたのは、よりにもよって自分と、体育会系先輩の間。ようは、このままいけば、竹刀の餌食になるのが自分から日傘になったということ。

ヒャッハッハ。良かった良かった。


 ああ、糞。

 何だよ、それ。

悪ふざけは大概にしろよ。そんなの。そんなの…


 

「い い わ け あるかああああああああああああああああああ!!!1!」


 

 日傘が、自分の代わりに? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。はぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。 

 他の誰でも良い。だが、日傘だけは駄目だ。自分自身がどうなろうと知ったこっちゃない。だが、日傘だけは駄目だ。 


 意識がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされる。いいか、出来るか? 自分。今回は、いつもより大仕事だぞ。

 我が脳味噌の奥の奥。その最深部に位置する何かが疼き、目に映るものがスローモーションになる。大丈夫だ。いつも、いつもこうやってきたじゃないか。

 全身に電流が走るような感覚。良し、いける。いくしかない。やるしかない。

 右手を掲げ、日傘と先輩を目視。もう、知らん。これから学園生活なんて、どうなっても知らん! これからの生活より、今の日傘だ!


 ……… ぷっ。


 ああ、なんだ。そうか。悩む事なんて無い。自分自身、ただ単にコイツを護りたかっただけなんだな。今までも、そして、これからも。ずっと。ずっと。

「しゃがめえええっ! 日傘ぁあああああ!!!」

「うん!」 

 いつものように、此方の言葉に対してただただ反射的に、盲目的に、それはもうパブロフの犬的に訳も分からず従う日傘。だが、それでいい。今はそれで良い。

 自分と日傘の間に、張り巡らされたのは《楯》であり壁。目には見えない、波長の流れにより生まれいでし我が無色透明の鉄壁の楯。

「何か降ってきたが、知ったことかぁ!!」

 さらっととんでもないセリフをはきながら、体育会系先輩の竹刀は留まる事を知らず、一直線に我が楯と対峙する。最も、先輩には楯が見えて居ないわけだから当然だが。

さぁ、ここからが勝負だ、頼むぜ、我が楯よぅ。

 バチバチと壮大に七色の火花を散らせて、我が楯と先輩の竹刀がぶつかり合う。ここからはもう、力と力の勝負。根性と根性の勝負。けど、自分が使うのは、単なる馬鹿力なんかじゃーない。


 だからこそ、この勝負… 自分の勝ちだ。


「おぉ? なんじゃこりゃあ!?」

 そう叫んだ先輩の竹刀は、バギャッというおよそこれまで聞いた事の無いような間抜けな音を立てながら、真っ二つにへし折れ、その切っ先は空中へと舞う。

「はぁ、はぁ、は、はははは。ヒャッヒャッヒャ。やっちまった。とうとうやっちまったよ」

「お前、今、あたしの竹刀になにしやが…」

 バギャッという、これまた聞いた事の無いような阿呆な音を立てて真上で舞っていた竹刀の切っ先は、重力に素直に従いそのまま落下。

結果として、ものの見事に先輩の頭部へと命中。あーりゃりゃ、ご愁傷様。重力さん本当にありがとうございます。 

「はにゃら、ほへふろべ」

 この世の言語とは思えぬ何かを呟いた後、体育会系先輩こと、謎の在校生はその場にぶっ倒れる。

「もうどうとでもなれと思ってたけど、これは案外何とかなるか? なぁおい、日傘、お前も…」

 そう言って、ふと日傘に目を向ける。

件の彼女は、先ほどからその身を丸くして、まるでダンゴ蟲のように動かない。

 おい、嘘だろ。こいつも、気絶してやがる、だと!? 

「…。という事は、目撃者ゼロ、か。ヒャーッヒャッヒャッヒャ。イエス!」


 けれども世の中は常に無情で。馬鹿笑いにぬか喜びはつき物で。万事、物事に邪魔立ては当たり前で。


「ふーふふのふーw みーちゃったみーちゃったー。せーんせいに言っちゃーおう。なんてナ!」

「………」

 

 一体いつからそこに居たのか? 

 何だか、たまらなく嫌な予感がする。やけに嫌な予感がする。むしろ、嫌な予感しかしない。

目の前に現れたの人物は二人。一人は、先ほどの貞子先輩。そしてもう一人、何だか懐かしい歌を歌いながら、聞き流せないセリフをさらりと吐いたこの女性。

「外人?」

「外人ではない、ハーフだ! ふむ、だがそんな事は割とどうでもいい。時に少年よ、君はアレだナ。童顔で可愛い顔立ちをしておきながら、酷くけったいな笑い方をするナ。何だか勿体無いゾw」

 初対面で言い放つ最初のセリフがそれかよ。むしろそれこそどうでもいい。顔の事なんて、酷くどうでも良い。むしろ顔の事も笑い方も、放っておいてほしい。そっとしておいてほしい。それよりなにより、問題はさっきの事を見られたかどうか。その一点に尽きる。見たところ、外人さんは貞子先輩と同じ制服を着ている。つまりは、この人もまたここの在校生ってわけだ。加えて、目の覚めるような見事でロングな金髪。どことなく日本人離れしたその顔つき。制服の上からでも分かるナイスなバディ。それを引き立てるモデル体型。そして流暢な日本語。まぁ、本当にハーフってんなら頷けるが。しかしこれ、ぜったいこの学園での有名人に違いない。これだけ目立つ人物だ。まず間違いあるまい。

 はぁ、今日はなんて厄日だ。

 こんな奴に、さっきのアレを見られていたかと思うと、もはや、この学園にはいられないレベルじゃなかろうか。入学する前だってのに、死亡決定ですか。そうですか。

だからこそ、祈るような気持ちでこう尋ねる。

「それよりハーフとやらのあんた。今、見ちゃった、とか言ったな。一体何を見た?」

「少年よ。それが人に物を尋ねる態度かネ。一応ワタシは君より年上で先輩なのだゾ?」

「… 失礼しました。それで、先輩。何を見たって?」

 件の先輩は、古桜を背にして立つ自分の周りをくるくると、まるで品定めでもするよう笑みを浮かべながら見て回る。 

 先輩は言う。

決定的で破綻的で、壊滅的な、一言を。たった一言を、我が耳元で、ゆっくりと、囁くようにして。



「少年、君… ESPを持っているだろ? つまり、君は、《ESP》ERダw」



背筋が一気に凍りついたのを感じた。

終わった。これから待つであろう学園生活も、平穏な日々も。平凡な未来も。



 ◆ESP … 超感覚的知覚、Extrasenosory Perception の略称であり超能力の一種。それらを持つ者を俗に超能力者、エスパー、サイキックなどとも呼ぶ。予知めいた第六感能力や、透視、念力など、その力は多岐に渡る。



「どうして、なん、で」 

 親にも、家族にも、友達にも、勿論、日傘にも隠し通してきた我が最大の秘密。秘匿。力。別段、能ある鷹を気取ってたわけじゃない。力を隠し、平穏を求めていたってわけでもない。これは、この力は、自分にとって…。

「なに、そんな恐い顔をすることはないゾ、少年。折角の可愛い顔が台無しじゃないかw それに、ワタシは君を魔女狩り裁判にかけよーってわけじゃない。今は平成の世の中だゾ? もっとリラックスしてイイ」

 蛇に睨まれたカエルの気分ってのは、正にこういう事をいうんだろうな。静かに、次ぎの言葉を待つしかない現状がもどかしい。

「一つ。ワタシの提案さえ呑んでくれれば、少年の明るい学園生活はこのワタシが保障しよう。勿論君のその力を見込んでの条件サ。無論、君の持つ力の事は誰にも公言しない。そこの彼女なんかには、と・く・に・ネ♪」

「… ! なんで、そんな事」

「ああ、一つ言い忘れていたが、ちなみにワタシはここの生徒会長だったりする。つくづくついてるな、君という奴は。このラッキーボウイめ」

 ジーーーーザス。

神も仏もいねーのかよ。よりにもよって生徒会長とか。そんな人物に入学前から目をつけられるとか。

「… その条件は?」

「ハッハッハー。条件だ何て大げさだな君はw ようはね、入学式を終えた後、君にはとある部活へと入ってもらう。それだけ。早い話がただのそれだけなのダヨ」

 

聞きたい事は山のようにある。言いたいことも海のようにある。だがしかし、そしてしかし、今、自分が何より聞きたいこと。それは…


「あのっ、スンマセン」

「んん~? 何かねこの期に及んで不満でも? 君きみ、立場ってものを考えてもいいんじゃないカナ?」

「いや、自分、実はまだ合格発表みてなくて…」

「Oh… 君、名前は?」

「ゐ異誠意」

 イイセイイ? ふむ、珍しい名だ。どこかで聞いた気もするが …少し待ってい給え。そんな呟きとともに、ケータイ片手にどこかに電話をかける。

「… 良し。分かった。やったな少年! 合格だ! ヒャッハー★」

 ヒャッハー☆

 何だろう。本来嬉しい筈なのに全く持って素直に喜べないこの状況は。むしろ落ちてた方がマシだったんじゃなかろうか。自分、こんな先輩方に囲まれながら器用に学園生活を送っていく自信が全くありません。一ミクロンもありません。

「これで君が落ちてたら、とんだ茶番だったからナ。ちょっとだけドキドキしてしまったヨ」

「あのっ、お尋ねついでにもう一つ」

「おおっ!? 何かネ。君の合格祝いだ、何でも言ってくれたまえヨ」

「コイツ… いえ、自分の幼馴染で恩羽日傘って言うんですが…。コイツの合否も調べてもらえませんか?」

「うむ。オンバヒガサだな? 暫し待ち給エ」

 嫌な沈黙がこの空間を包み込む。

 何となく、自分の合否だけ先に知ってしまった罪悪感もあって。気がつけばそんなセリフが口をついていた。果たして、コイツにとっては合格した方が幸せなのか、はたまたいっそのこと落ちちまったほうが幸せなのか。今の自分にとっては、何とも計りかねる状況ではあるのだが。

「成る程な。そうか。誠意君、非常に残念だが…」

 自称生徒会長は、こちらの目をじぃーっと、じぃーっと見つめながら。そして、言い放つ。決定的な、その一言を。

「合格だってサ★ 驚いた? 驚いただろう?」 

 コンチクショウ☆

 これまた喜んで言いものか、嘆いていいものか。いや、ここは素直に喜ぶべき、なのだろう。少なくとも。少なくとも今だけは。

「名前といえば。ワタシとしたことがまだ名乗っていなかったネ、すまない。だが、それだけ君の姿を見て興奮したんだと思ってくれて良いゾ」

 いや、別にそんな風にこれは名誉あることなんだぞ★ 的な表情をされても全く嬉しくない。むしろ迷惑この上ないんですがね。

「ワタシの名前は三寒シオン。ここ、桜ヶ丘井伊瀬学園の生徒会長にして、とある部活の部長を兼任している。こうして合格が分かった以上、君には我らが部活へ入部してほしいと思っているのだが。さぁ、決心はついたカナ?」

「平穏な学生生活って奴が、保障されるのか?」

「a bargain is a bargain 武士に二言はないサ。少々ぶしつけではあるがね。そうそう、武士だけに。ナンチャッテ。ハッハッハーw」 

 決心も糞もありゃしない。

相手は学園一の権力者である生徒会長。これは、完全なる脅しであり、脅迫だ。即ち、こちらに選択の余地など無いという事。

「OK、分かった。分かったよ。あんたが何者で、その部活がなんなのかなんて …もう考えるのも面倒くせーですぜ、生徒会長さん」

「グーーーッド。くるしゅーないゾ、これからは尊敬の眼差しを混めてぶちょーさんと呼ぶが良い。ハッハッハ。そして、ゆくゆくは君の秘密、その全貌をゆっくり、ゆーーっくりと解き明かしてやろうではないか!」

 そう言って、またまた外人並に馬鹿でかい高笑いをかましてくれる自称生徒会長先輩。



 こうして、我が波乱の一日が幕を閉じた。

いや、波乱の学園生活がスタートを切った、というべきだろう。

 奇妙な貞子先輩に、凶暴な木刀体育会系先輩、極めつけに、変人な生徒会長。今日というこの日に、この人達に出会ってしまった事が、総ては運のつきだったのか。 

 昔から、自分も日傘も、運ってやつがないからなぁ。

 

 だがこの日、我が緋色の脳を揺らすような、最も衝撃を受けたセリフは、自分のESP能力を看破されたことでも、二人の合格があっさり露見したことでもなく。

それは、会長が去り際に耳打ちして言った、こんなセリフだった。



「ワタシの力《ESP》を持ってすれば… 彼女の、恩羽くんの《その体質も》… 何とか出来る… かもしれないゾ。では、君が我が部室の扉を叩くその日を、楽しみにしているヨw」




 第一訓 END




《今日の四字熟語》


「乳母日傘」(おんばひがさ) 

まるで乳母が、その子供に日傘を刺し抱くように。大切に大切に、そんな環境で誰かを見守り、慈しむこと。





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