- epilogue -
-エピローグ-
「お早うございまっす! ぶちょーさん、五堂先輩にらんま先輩も、おはよーございまするです」
「ハッハッハー。相変らず元気がいいな、恩羽くんは。それでこそ我が部の一員。君の持つその元気さこそが、実は一番のESPかもしれないゾ? ナンチャッテー、ハッハッハーw」
「おいおい、まするって何だよまするって。相変らず理解不能な挨拶しやがって。ここが運動部なら腕立て百回もんだぜ? ま、あたしは嫌いじゃねーけどな」
「…… 体力があるって… 羨ましいわぁ」
「フム。恩羽くん、君、一人なのか?」
「はい。せいちゃんは… せいちゃんは…」
「自分がどーかしましたか? 先輩方。ったく、いい迷惑ですよ。そもそも何で自分が荷物持ちなんスか。だいたい突然部室の飾り付けって、一体なんのために?」
結論から言うと。自分は生きていた。生き残っちまった。或いは生かされちまったのか。そもそもどうやってあの時代から元の時代、この現代へと戻れたのか? 裏ミッター解除のおかげで体力とESPを使い果たしたあの状態で。一体自分は、誰の力を借りてこの世界へと戻ってこれたのか?
現状、謎のままだったりする。
「おい、日傘… お前、教室にカバン忘れただろ? 確か、中にケータイも財布も入ってたな。とってこい。後、部室出るときは転ぶんじゃねーぞ。校長、廊下でうずくまってたから」
「えへへぇ。うん! さっすがせいちゃん! 私、やっぱりせいちゃんがいないと駄目駄目なんだぁ。せいちゃんも、私と一緒にいてくれるでしょ?」
「少なくとも、胸を張って言うセリフじゃねーよな、それ。まぁ、自分も日傘がいないと、日々の生活ってやつに張り合いがねーからな」
これまた結果だけを言うと、裏ミッター解除に伴って自分の中のESP、数年前の大震災の日、ドッペル野朗から受け継がれたあの力は、その役目を終え完全に失われてしまった… ただし、《第六感》だけは何故か自分の中に残った。思うに、これは元々ESPなどではなく、日々、日傘と生活するにあたり培われてきた、正真正銘《日傘を護るための力》だったのかもしれない。
「care killed a cat 心配は身の毒。あの事件から数日、どうなることかと心配していたが、恩羽くんはすっかり平常運転ダナ」
「あいつはああいう奴なんですよ。昔からね。それに、あいつは元々強い奴です。あれでいいんですよ」
「ほぅ? 誠意少年、どうやら君の方もすっかりいつも通りダナ。ってかとうとうワタシ達の前で堂々とイチャコラするようになるとは、ハッハッハw リア充爆発シロ★」
「ぐぬぬ。まぁ、やっぱりよう。お前が元気になってくれねーとあたしもツマンネーからな」
「何ゆえそこであなたが悔しがるんだ? らんま先輩」
既に《ESP》ERではない自分は、そもそもこのえすぴー部にいる資格が無いものと思われたのだが、一応、まだ日傘に超能力者疑惑が掛かったままということで、自分はその保護者、もとい姫君のSPという名目の元、部に残留を果たしている。むしろあの部長の事だ、もはや意味の無くなった日傘超能力者疑惑をわざわざ解くような真似はしないのだろう。恐らく、この先も。
「あぁ。そういや部長、あんたが知りたがってた謎、一つ解けちまったぜ? ほら、何でこの地域にESP所持者が多いのかって話っスよ。あれ、実はあのドッペル野朗が最後に…」
そう言い掛けた瞬間、校長室のドアが勢い良く開かれる。誰がどう考えても、いや、考えなくても分かる。日傘だ。むしろ奴が何を考えているのか分からんし、大方どーせまた何かトラブルにでも見舞われたんだろうが、息を切らせ駆け込んできた。
「た、たた、大変だよ、たいへんが、へんたいで、せいちゃんもへんたいで」
「落ち着け日傘。ってか相変らず失礼な奴だな、誰が変態だ誰が。ほら、水でも飲んで呼吸を整えて。喋るのはそれからでいい」
日傘は差し出されたペットボトルのミネラルウォーターをごくごくと一気に飲みしていく。ああ、もう。そんなに勢い良く飲んだら喉に詰まらせるだろうに… ってか、これじゃSPっていうよりお母さんじゃねーか。
「ああ、ところで部長? 今日はまた何で校長室、いえ、部室を飾りつけなんてするんですか? またあんたの気まぐれですか? しょーもない」
「ハッハッハ、何だ、そんな事か。ズバリ言おう。今日はね、我が校の理事長がこのえすぴー部を視察に来てくださるそうなのダ」
「へぇ。あの影の支配者なんて噂のある理事長が? 実際、誰もその姿を見た事が無いって言うあの人?」
聞いた話によると、少なからず津波による被害を受けたこの街や、そしてこの学園に対して、莫大な寄付金を寄贈し、若くして理事長に就任したとされる人物。名前は、確かそう… 《井伊瀬》だったか。
… 何故だろう。自分の中の第六感が全力で告げている。何だか嫌な予感がする、と。
待った無し。
日傘があれほど慌ててやってきた理由からも察しのとおり。件の人物は、既に校長室の入り口までやってきていたわけで。唐突に、忽然と、部室のドアは開かれる。
「フン。貴様等、数年ぶりだな。あぁ、少し違うか。貴様らにとっては数日振り、が正解かな? えすぴー部の有象無象諸君。平伏せ、理事長である俺様の登場だ!」
『えええええええええええええええええええええええええ!?』
いつか見た、自分と同じ顔・同じ声・同じ身長… より幾分か成長したその姿。だが、その喋り方だけは変わりようも無く。
「貴様等、何を驚いている。ん? 聞きたいだと? 俺様がどうしてここにいるか聞きたいだって? ならば仕方がない、許可しよう。特別に話してやる」
その傲慢さ。
世界は違えど同じ人物の筈なのに、どうしてこうも性格に差異が出てしまうのか?
「実はあの後、偶然津波から生き残ったのだ。だが総てのESPをあの場で渡しきってしまったからな。元の世界にも、ましてや元の時代にすら戻る術の無かった俺様は、半分死んで新たに過去に留まって生きていく事を決めた。《ゐ異誠意》の半分だから《井伊瀬》ズバリ、偽名だ。そこからは俺様の快進撃。未来の記憶を使い、ロトと株で大儲け! それからな…」
何だろう。これ、というかむしろ、あの時の感謝感傷ってやつを返して欲しい。ったく、やれやれだぜ。
… もしかすると、コイツが、この恥ずかしながら帰ってまいりましたドッペル野朗が、最後の力で自分を元の時代に返してくれたのだろうか? 自分自身よりも此方を優先して? はん。有り無いだろ。幾らなんでも。だが、だったら他に何が? どんな方法が? 因果ってやつがありえる?
それとも、自分の全く預かり知らぬところで、別の物語ってやつがあったのかもしれない。
これも日傘の《不運体質》の影響か? もしくは、また知らず知らずのうちに何らかの業とか、いとやばしなリスクってやつを背負い込んじまったに違いが無い。きっと、いつか。そう遠くないいつか、そのツケって奴を払わせられそうな気がしてならない。
だがまぁ、そうだな。もしも、《その時》ってやつが来たら、そん時はまぁ、頑張って死ぬ気で抗ってやろうと思っている。たったそれだけ。今はそう思うだけの事だ。だってそうだろ?
今、自分の隣にはアイツ《日傘》が居て、アイツ《日傘》の隣には自分が居るのだから。
不幸でもなく退屈でもない、そして何より、独りではない毎日。そんな毎日ってやつ一緒に目指して。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「せいちゃーーーん。津波が、津波が。この建物、絶対流されちゃうよぉ」
「大丈夫だ日傘。眼を瞑って自分に捕まっとけ。はぁ、こんなことなら、やっぱあのまま避難所行ってれば良かったかな。ったく、これも全部あの変なにいちゃんのせいだ。あのにいちゃんがいきなり怒鳴らなきゃあのまま避難所に向ってたのに」
「せいちゃん、せいちゃん恐いよ」
「落ち着け日傘。自分がついてるだろ… もうすぐ小学校の卒業式なんだ、こんなとこで死んだら勿体無い。そうだろ日傘」
「うん… うん!」
あぁ、神様。神様。神様。
今まで一度も神様なんかに祈った事は無かったし、頼った事も無かったけど。だけど神様。お願いだ神様。どうか今だけは、今だけは祈らせてくれ。どうか、どうか自分たちを助けてください。むしろ神様じゃなくたったいい。誰だっていい。護ってくれなくてもいい。助けてくれなくてもいい。でもどうか、その代わりにどうか。どうか自分に、力をください。日傘を護ってやれるだけの、そんな《力》をください!!! お願いだ。お願いですから!!! 神様っ!!!!
「! せ、せいちゃん、せいちゃんの体が、なんかぴゃーって、光ってるよ!」
「お、おお? おおおおお!? 嘘だろ! ッてかご利益出んの早すぎだろ神様!! 大盤振る舞いかよ!! うっしやぁああ。でもどうすりゃいい、自分はどうなった? この期に及んでスプーン曲げでもしろってか? いや、いい、難しい事も面倒な事も、今はどうだってい。日傘を護りたい。それだけを考えろ… 日傘を、日傘を護るには… そっか、壁だ。壁を、この建物を覆う壁を作るんだ!!!」
運命に呪われた少女達と、その少女達を救えなかった九十九の嘆きと。
その業を一身に背負った少女と、その想いを一身に請け負った少年。
そして、その少年の想いを受け継いだ少年。
例え誰かを変える事が出来なくとも、誰かの運命を変える事が出来なくとも。
自分自身を変えることは出来る。
例え自分自身を変える事が出来なくとも、過去を無かったことに出来なくとも。
運命を捻じ曲げる事は出来る。
それはまるで、スプーン曲げのように。
そう。ひたすらにひたむきに強く念じれば、きっと。
THE END