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ゐ異えすぴー  作者: 汐多硫黄
第一訓 「乳母日傘」
1/13

「ゐ異えすぴー」

                                        



 第一訓 「乳母日傘」



 例えば、《幼馴染》について。


 諸兄らが思い浮かべる、一般的な幼馴染像とは、果たしてどのようなものであろうか? 

 毎朝、ベッドまで起こしに来てくれる存在。あわよくば一人暮らしの自分に対し朝食を作ってくれ、一緒に食べてくれる存在。或いは、そのまま二人でくだらない話題で盛り上がりながら愉しく学園まで登校する、そんな存在。ちょっとだけツンデレ気味で、自分達の仲の良さをからかわれる度に、顔を真っ赤にして抗議するも、どこかその顔は満足げで。当然帰りも一緒で、どちらかが遅くなろうとも、暗黙のうちに玄関口で待ち合わせ、二人で帰る。時に励まし、励まされ。助け、助けられ。昔からずっと一緒で。誰よりも深くお互いを理解仕合い。友達よりも特別で、彼女ともまた違う存在。「明日も、楽しい一日になるといいね」そんな事を互いに言い合いながら、青春と言う名の、何ものにも変えがたき不可逆の日々を共に過ごす存在。


 そんな、自分の思い浮べていた理想の関係。在り得たかも知れない関係。だが、決して手の届かない、夢。叶うことのない夢。所詮は、すべて胡蝶の夢。


 だからこそ、そう、だからこそ… 一体全体、どうしてこうなった?


          ◆


「うぇぇ~~ん、せいちゃーーーん。靴下が片方見つかんないよぅ」

 しばし、理想の幼馴染像というやつに想いを馳せていた脳味噌が、そんな現実の幼馴染のなんとも情けない、そして聞き慣れた悲鳴にも似た叫び声によって覚醒する。とどのつまりそれは。いつもの事、いつもの出来事、いつものパターン。

「あの子ったら。こんな日でも、いつも通りなのね。我が子ながらあきれ果てちゃうわぁ」 


 ここは、我が家から《徒歩数歩》のところにある幼馴染の家。自分の目の前にて嘆きの呟きを発信した、黒のエプロンとジーンズ姿の人物はその母親、いわゆるおばさんだ。では、こんな朝っぱらから、どうして自分が幼馴染の家なんぞにお邪魔しているかといえば、理由はたった一つ。

「ねぇ、誠意君。今朝もお・ね・が・い・ね?」

 そう言ってバチコンとウィンクをかましてくるおばさん。これも毎度のこと。そして次にくるセリフも。

「ほらぁ、あの子のこと一番理解かってるのは、母親より誠意君だから」

 そういうことを堂々と言ってのける母親ってのも、実際のところどうなのだろうか。母親ならば、少なくとも我が子の教育ってやつを幼馴染に丸投げしたりしない。むしろ、将来的にあんたの娘さんがどんなお子さんになろうと、自分はしったこっちゃない。そう言えるほど、自分は出来た人物でも無粋な人物でもない。惰性でこういう関係を続けるのは、凄くだせぇ、とは思うのだが。実際のところ、次に自分の口から出るセリフはいつも一つで。

「わーかりましたよ。全く、アイツも最後の最後までぶれませんね」

「あらぁ、それは誠意君もでしょ?」

 自分は、そんなおばさんのセリフに対し苦笑しながらも、幼馴染の待つ部屋へと向かうため、キィキィと聞き慣れた音をたてる目の前の階段を、一段ずつ上っていくのであった。

昇り馴れた、その階段を。


「おい、日傘。今朝は何だ? どーしたってんだ」

「あっ、せいちゃん!」

 髪はぼさぼさ、目は真っ赤、泣き顔のせいで顔はくしゃくしゃ。加えて、だらしなくはだけたパジャマ姿の我が幼馴染が、そんな自分の呼びかけに対してまるで子犬のように擦り寄ってきた。

「おいおい、制服に鼻水つけるなよ? いくら今日で《最後》だからってさ」

「失礼、失礼だよっ、せいちゃん。それにこれは涙っ! 私、鼻水なんて垂らしてないもん!」

「同じだろ」

「うぅう、ぐるぐる。違うもん。全然違うもん」

「はいはい。分かったからそんな情けない声を出すんじゃありません。ふむ… ほら、その靴下のもう片方ならタンスの一番下の引き出しの奥」

 あー、あった~。さっすがせいちゃん、私より私の事に詳しいんだからぁ。などというおよそ聞き飽きた賛辞の言葉を右から左へ受け流し、自分は彼女の部屋の窓から外を眺める。何故なら幼馴染が、自分の存在など問答無用とばかりにその場で着替えを始めたから。まぁ、単に自分が部屋を出て行けば済む話なのだが、そこはもう慣れたもの。およそピンク色の展開などに発展する筈もなく。そう、お互いに。

 窓の外は快晴。正に、今日という日にふさわしい満天の青空であるといえる。

これまで色々あった。色々。それはもう色々と。主にこの幼馴染殿に振り回される形で、色々と。果たして、自分はこのままでいいのだろうか? これから先も、ずっとずっとコイツに振り回されて…。自分は、それでいいのだろうか? それよりなにより、それはコイツのためになるのだろうか?

 そんなことを考えていたせいだろうか、知らず知らずのうちに自分は、ベッドの上で制服に身を包み、靴下と悪戦苦闘をする我が幼馴染の姿をじぃーっと凝視していたらしい。自分の視線に気がついた日傘が、その顔に屈託の無い満天の笑顔を浮かべて言う。

「なぁーにー、せいちゃん」

 天然栗色のポニーテール。その珍妙な名前に違わぬパラソル型の髪留め。その小さな体の割に大きくクリクリとした瞳。雪のように白く、透き通ったきめ細かい肌。そして、その肌のいたるところに張られたドジッ子の証であるバンソーコー。本当にさ、こうしてじっとしていればちっとは可愛げがあるのに。だが現実とは常に非常なもので…。我が幼馴染ながら全く持って残念としか言いようがない。

「イヤ、お前のその制服姿を見るのも最後なんだと思うと、ちょっとな感慨深いというか何と言うか」

「にひにひひぃ。残念? ねぇ、もう見れなくなって残念?」

「どっちかというと見飽きたかな… おい、日傘、ハンカチ持ったか?」

「あっ、忘れてたよぅ。えーっと、あはは。どこだっけ?」

「… 右のタンスの一番上。それと、まだ髪がばさぼさなのも忘れるなよ、流石にそこまでは面倒見きれない。自分は玄関で待ってるからな」

 うん!! 

そんな飛び切り上等な返事を背に受けて、自分は彼女の部屋を後にする。

 これが彼女との本当の最後になるかどうかは、今はまだ神のみぞ知る。

自分も彼女も、それなりの努力はしたつもりだ。思えば、そもそもアイツが自分と同じ進学先、学園を志望したところが運の尽きだった。アイツは自分の偏差値とか成績ってものを知らなさすぎるのだ。普段のテストさえ自分に頼りっぱなしだったアイツが、そもそも入試に向けての勉強を一人で出来るはずも無く。自分の勉強をして、アイツに勉強を教えて。よーするに自分は、人の二倍は努力したといっても良い。イヤ、あいつに勉強を教えるという行為の難易度を考えればそれ以上だとも言える。

 とにもかくにも。何の気まぐれか、アイツは自分と同じ進学先を志望し、互いに成すべき努力は成した。まぁ、今にして思えば、アイツもここ数ヶ月に関しては本当に努力したと思う。ただ、その反動で勉学以外のところがいつも以上のダメダメっぷりを発揮しているという現状に関しては聊かの改善が必要だとはいえ。

「おまおまおまたせぃ! それじゃ、行こっか」

「カバン… 机の上に置きっ放しだろ、お前」

「ありゃ、えへへ」


 えへへ、じゃないっつーの。

 義務教育の卒業までこんな状態の、ドジっ子スキルがカンスト状態のダメダメ幼馴染。全く持って世話がやけるったらねーぜ、これは。 


          ◆


「せいちゃんせいちゃん、それでねー」

「… 日傘、止まれ」

「え? うん。分かった」

 

 ガシャン!! 

 

 空から植木鉢が降ってきた。たまたま通りかかったそのタイミングで、しかも丁度頭上の上に落ちてくるような、神がかり的に運が悪い位置、タイミングで。日常生活を送る上で、そんなありそうで中々お目にかからない状況。

 何が言いたいのか?

 そう、コイツは、我が幼馴染《恩羽日傘》は、恐ろしく運が悪いのだ。ドジッ子スキル持ちでダメダメ人間の癖に、その上更にこの不運体質。思わず目を覆いたくなる人生ハードモード。この現代社会を行きぬくには、少しだけ常人より高難易度の人生を、こいつは送っているのだ。持ち前のポジティブシンキングと、どこまでもピュアな… 一歩間違えば猛毒になり得る、濃密で濃厚な純粋さだけを武器に。


「うわうわー。見て、せいちゃん。サボテンさんが降ってきたよぉ。あのトゲトゲに当たったら痛かっただろうねぇー」

「そうだね。むしろ痛いで済んだらマシだろうさ。ってか日傘、いつもきちんと前見て歩けって言ってんだろうが」

「でもでもー」

「でももだって禁止だって、いつも言ってんだろ?」


 別段、だからってわけじゃない。日傘に同情してるわけでもないし、勿論義務ってわけでもない。でも、これは自分の役割なんだっていう事だけは、多少なりとも理解出来ていた。


「やれやれ、だがまずいぞ日傘。このままだと遅刻確定だ。最後にそれじゃ幾らなんでも格好がつかん。しゃーない、走るか」

「うんうん。せいちゃんがそう言うなら、ヤダけど分かったよぉ。そいじゃー、はい、手」

 そう言って、おずおずとその片手を自分へと差し出す日傘。

「ほらほら、急がないとなんでしょ? 私ね、せいちゃんに手を握っていて貰えたら、それは凄く安心できるから。ね?」

 満面の笑みで、恥ずかしげも無くそんなセリフを言い放つ我が幼馴染。その手は、その温もりは、やっぱり年相応のそれで。

 そんな行動に、そんな幼馴染のセリフに、ちょっとだけ自分のしている行為の意味を理解して。改めて、自分もこいつも、全くぶれねーなーなんて、内心苦笑したりする。そう、あの頃から。ずっと。


 向かうは学園。

 今日はそう、我らが義務教育の卒業式。

           

 ◆


「おやぁ、今朝は遅刻ギリギリですか。ゐ異、お前という存在がついていながら不甲斐ないぞ」

「あのなぁ。むしろ自分がいたからこそ、この時間で済んだんだっつーの、日傘一人だったら辿りついてすらいねーぞ」

「えへえへへ。何だか照れるね」

「日傘、あんた褒められてないから。ってかさー、ゐ異君は日傘の保護者の域だよね、もう」

 教室に入ったとたん浴びせかけられるクラスメイト達の生暖かい視線と、毎度毎度のご挨拶。本当、最後の最後までありがたくて涙が出るね。

「おい、保護者はやめてくれ。仮にも同い年なんだからさ」

「んー。じゃあ、何。お父さん? どっちかっていうとお母さん? それともナイトとか? あっSP? もしくは… むふふ、ダンナ?」

「どれも遠慮願いたいね。ってかお母さんて何だよ、お母さんって」

 

 自分の進学先の学園は、実は結構偏差値の高いとこだったりする。このクラスでそこを志望したのは、恐らく自分と日傘だけ。こいつらと、こんな聞き飽きた馬鹿話をするのも今日で最後かと思うと、割と残念な気がするから不思議だった。


 本当、時間がたつってのは、早いもんだ。変わらない傷と、変わっていった景色。きっと、完全なる再起を果たせた人間なんていやしない。けれど、それでも、自分たちの中身は少しずつ変わった。変わっていった。


 そんな三年間だった。


「ゐ異誠意」  はいっ。

「恩羽日傘」  はーい。


 滞りなく、式は進み。

卒業証書を手にした生徒達は、友と恩師と学び舎と、最後の別れの時間を惜しむようにして過ごす。一方の自分はといえば、クラスメイトたちに早々に別れの挨拶を済ませ、ただ一人、ぽつんと屋上からの景色を眺めていた。卒業。言わば一区切りだ。何かを終わらせ、また何かを始めるにはもってこいの一種の儀式。


 今までの自分、これからの自分。今までのアイツ、これからのアイツ。


 アイツにとって、自分にとっての最良の選択。最良の路ってやつは、果たしてどこにあるんだろうか。本当にこのままでいいのか? この先もこのままでいいのか? こんな関係のままでいいのか? 自分は何がしたい? この期に及んでうじうじ悩みまくって、いつまでたっても結論が出せず、挙句の果てにずるずると先延ばしにしちまうのが自分の悪い癖。分かっていても、どーにもならんのが自分の性格ってやつだ。

 あー、あー。なんというか、考えるのが面倒になってきた。

 オレンジ色の夕日が目にまぶしい。

 どれだけここで思考の迷宮に嵌っていたかは知らないが、辺りはすっかり夕闇につつまれようとしていた。どうやら、こんな黄昏色の景色のせいで、自分の思考ってやつまで黄昏色に染まってしまっていたらしい。あらやだ、恥ずかしい。卒業式に屋上で一人黄昏る。こんな姿誰かに見られでもしたらと思うと、正直一週間は悶えちまいそうだ。

 ふと、視線を下に校舎側に移すと、丁度日傘とおばさん、クラスメイト達が揃って記念撮影をしているシーンを目撃する。あーあー、あんなにはしゃいじゃって。目に涙まで浮かべてさ。別に今生の別れってわけでもあるまいに。ってか、そんなにはしゃいでると転ぶ… って言わんこっちゃない。あららぁ、折角の記念撮影なのに、制服汚しちまって。まぁ、ある意味アイツらしいっていえばらしい格好だがね。

 凝視しすぎていたせいか。立ち上がったアイツが上を見上げた瞬間、思わず目が合ってしまう。アイツはドジっ子だが、身体だけは異常に丈夫だし、身体能力も無駄に高い。視力も確か2.0だったはず。

ふと、そんなことを考えている間もなく、屋上の扉が勢い良く開かれる。

 

「まったくまったくもう!! せいちゃん、突然いなくなっちゃったと思ったら、また一人でこんな所にいるんだからっ」

 

 制服である紺のスカートとポニーテールを揺らしながら、恩羽日傘が自分の前に現れる。夕日に照らされて、パラソルを模したヘアピンがオレンジ色に輝いている。こちらが何を考えているとか、相手がどうとか。そういう事はまるでおかまいなしに、こっちの予定も計画もオール無視して、こいつは、いつだって自分の前に現れる。


「ほらほら、最後なんだからさ。皆で一緒に写真とろーよぉ。想い出作ろうよぉ。せいちゃんも一緒にさ。ねっ?」


 自分が日傘を引っ張ってきたのか。もしくは日傘に引っ張ってもらってきたのか。

 日傘を救って来たのか。或いは日傘に救われてきたのか。

 きっと、どっちも正解でどっちも不正解なんだろうな。こいつと一緒にいると、それはもう色々と小難しい事を考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。それだけは確か。


「しゃーねーなー。いと面倒臭しだが、最後だもんな。いっちょこっ恥ずかしい永遠の一瞬と言う名の青春の一ページでも作りにいきますか」

「せいちゃんせいちゃん。そのセリフ、何だかとっても臭いね」

「お前にだけは言われたくねーよ!!」



 昔から。それはもう昔から。

 きっと、《あの時》からずっとずっと。


 何があっても、自分の奥底にある一本の槍だけは、きっと曲がらない。




          ◆

 

 数日後


「しかしなぁ。どうして合格発表ってやつは卒業式の後にあるんだろうな」 

「うーん。もし落ちてたとしても、クラスメイトと顔会わせなくて済むようにかな。だって、凄く気まずいよね」 

「お前はそうどうして変な方向にポジティブなんだ? んで、何、日傘はやっぱり自信あるわけ?」

「もちのろんだよ、せいちゃん。だって、ずっとずーっとせいちゃんにお勉強教えて貰ってたんだよ。ぴょー頑張ったんだよ? むしろ落ちるわけが無いよ」

「ふーん。あっそう」

 そこまで盲信してもらっても困るんだけど、とにもかくにも今日は合格発表当日だ。泣いても笑っても、自分と日傘の《二度目》の分かれ道となるか、はたまた再び続く一本路となるかは、今日この日次第。

 合格発表が張り出される学園までの道中、ふとこれまで聞きたくて聞けなかったとある疑問を日傘にぶつけることにした。

飛び切りシンプルで、最大の謎。

「なぁ、日傘。お前さん、どーして自分と同じとこを志望したんだ? 今だから言うが、ぶっちゃけ、お前の偏差値じゃ全く釣り合わなかっただろうに」

「ふむふむ。なぁんだ、そんなの簡単だよぉ。せいちゃんが行くから? かなぁ。私、あんまり深く考えて無かったよぉ」

 

 …。

 

 ひゅるひゅるひゅる❘❘❘ ぽたっ。



「ぎゃーほぎゃー。うぇえーん、せいちゃーん、鳥の糞が落ちてきたよぉー」

「何か、スマン」

「どーしてそこでせいちゃんが謝るのっ!?」 

 

 やれやれ、思わず総てを忘れてフリーズしちまったぜ。

 まぁいいか。何も聞かずに勉強を教えたのは自分だし、幼馴染相手とはいえ、決して生ぬるくは無いそのしごきに耐えたのは日傘本人の努力だし。

これから迎える結果がどうあれ、ね。

桜ヶ丘井伊瀬学園。その名の通り、校舎隅にそびえる一本の大きな桜の木と、《とある理由》で数年前に立て直され、真新しい校舎が眼を引く学び舎。それが、これから自分と日傘が向う学園の名である。県内一の偏差値を誇る学園であり、その高い偏差値の一方、学生の自主性を重んじるという校風のおかげで目立った糞厄介な校則もなく、ある程度の自由が約束された学園なのである。勿論、自分が求めるのは後者。窮屈な想いなんてしたくないという一点のみで、この学園を志望した。中には、ある種の象徴であるここを忌み嫌う者もいる。けど、自分にとっては逆だ。ここは、自分にとってきっと、希望の場所。少なくとも、そうなってくれると信じている。だからこそ、日傘に基礎の基礎から勉強を教えるというハンデはあったものの、その実復習にもなったし、ぶっちゃけ何とかなったから許す。んなのは、もう過ぎたことさ。


「せいちゃんせいちゃん! 見えてきたよ、桜ヶ丘井伊瀬学園。はぁー、やっぱりおっきいね」

「だな。もし通う事になったら、日傘は毎日でも迷子になりそうな巨大さだ」

「失礼、失礼だよせいちゃん!」

「ヒャッハッハ。そうだよな。その前に日傘は合格できるかどうかも怪しいもんな」

「いぢわるっ、せいちゃんのいぢわるっ! 私、ぜーーったいに合格してるもん!」

 そう言ってその白雪のように真っ白な頬を、某雪見なアイスのように膨らませ、日傘は一人スタスタと先んじて人込み内へと突き進んでしまう。止める暇も咎める暇も無く。

「あーあ、行っちまったよ。ありゃ絶対迷子になるね。魂を賭けても良い」

 それにしても。溢れんばかりの人人人だ。一体、この中の何パーセントが、何百人がこの学園に通えることになるのかねぇ、と。さて。自分もいつまでも他人事みたいに言っている場合じゃないな。この状況で日傘を探すのは骨が折れそうだし。さっきからケータイもわざわざ無視してやがるみたいだし。全く、何が気に喰わなかったのかね、あの姫様は。つーことで、ここは一先ず合格発表を確認するのが先決だろう。アイツを一人にしておく事に一抹の不安を感じずにはいられないが、これだけ人がいれば万が一って事もあるまいて…… たぶん。


 さて、合格発表の掲示板はどっちかね。


「きゃっ」

「おっと、悪い。失礼」

 生来のドジッ子であるアイツの事を考えていると、どうやらこっちまでドジッ子気質になってしまうという驚愕の事実。人込みを避けて移動していたつもりだったが、いつの間にやら誰かとぶつかっちまっていたらしい。

「申し訳ない。お怪我は無いですか?」

「…… ええ … お気に、なさらず」 

 見たところ、桜ヶ丘の制服。在校生、少々気の早い話しで言えば先輩ってわけか。

それにしてもまぁ、なんというか… 髪ながっ! 顔なんて前髪ですっぽり隠れちまってるし、足元まで届くレベル。つーか引きずってる。髪の毛引きずってる。思いっきり引きずってる。ついでに言えば何故かスカートもすんげー長いの。どこの番長だよってレベル。おいおい、こんな先輩がいるのかよ、ここは。末恐ろしいぜ。

「こちらが… ふらふらと、していただけ…… ですので」

「はぁ、そうですか。んじゃ、自分はこれで」

 なんというか、言葉にするのは酷く難しいが、この場に長くいてはいけないような、この人の前に長くいちゃ、何かが不味いような、そんな感じがした。

 だが、そんな自分の想いなど露知らず。件の貞子さん、もとい在校生さんは、何故か先ほどから此方の顔をじぃーっと見つめている。勿論、その顔自体長い前髪によって隠されちまってるわけだから、本当にこちらを見ているのかどうかは甚だ疑問ではあるが。

「あの、何か? 自分に用スか?」

「いえ… その… ちょっと」

「ちょっと?」

「ええ… ちょっと」

「な、なんなんスかね。はっきり言ってくださいよ。こう、魚の骨が喉に突き刺さったような言い方は勘弁して欲しい」

「… やっぱり、なんでもありません… わ」

「うぉい! そりゃねーでしょ。初対面のあなたにこんな事言うのもなんですけど、冗談は見た目だけにしてくださいよ」

「……… ひ、酷い」

 そう言って(恐らく、多分だが)その両の目に涙を溜める貞子先輩。

 正直言って、ヤバイね。これは。

いつもいつも日傘のような駄目ポジティブを相手にしていると、ついつい手加減ならぬ口加減ってやつを忘れてしまいがちになる。ふむ。ウチのクラス連中にもいないようなタイプだけに、だ。とにもかくにも、このままの状況で良いわけが無い。何しろここはこれから自分が通うかもしれない学園の、ど真ん中で、周りには在校生、受験生含めて大勢の人でごったがえしている。そんな状況なのだ。しかも全面的にこちらが悪いときている。悪いものは悪い。とにかく、可及的速やかにこの場を諫め、早々に立ち去るのが良いだろう。

「すいませんでした。ごめんなさい。申し訳御座いません。先輩の見た目は断じて冗談なんかじゃありません。正真正銘の貞子です。むしろ貞子そのものです… いやいやいや、違うだろ自分。えーっと、つまり、先輩は、ってか先輩は変な顔してないというか、人の顔してないってか、むしろ人間ですか?」

 あぁ、何だろうこの状況。

何で自分、見ず知らずの女性相手に、こんなにも必死になってるんだろう。ってかね、アレですよ。普段人を褒めるなんて行為し慣れてねーですから、こういうときどう接すればいいのかわからない。それもこれも、全部全部日傘のせいだ、そうに違いない。コンチクショー。

 徐々に集り始める群衆。

コンナロー。みせもんじゃないっつーの。ヤヴァイ。マジでヤヴァイぞこの状況。

日傘と長年幼馴染をして、学んだ事がある。


それは《不幸は重なる》という事に他ならず…  


「うぉらああああああ!!! きっさま、五堂先輩に一体何をしたあああああ!!!」


 ほら、ね。


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