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盗賊団と経営改革

 翌日、と話しを進めたいところだが、この日はもう一つ、小さな案件が舞い込んでいた。

 本筋からは逸れてしまうが、語らなければならないだろう。

 それは、ロビーからソードが上機嫌で去って行ったしばらく後の話しだ。


「あのう。勇者ご一行の、一馬様……ですか?」

 不意に声をかけられ、覚醒する。

 どうやら、いつの間にか寝そうになって船をこいでいたらしい。ロビーだというのに、恥ずかしい。

「はあ。そうですが」新入りだけれども。

 エプロン姿、というより、これはメイドの格好と言った方が適切か。声の主は、可愛らしい女性だった。

 肯定する俺の右手を彼女はいきなり両手で握り、

「助けてほしいのです」

 そう言った。


 彼女の名はアリス・カントリー。

 薄いピンクの髪は派手すぎず、肩ほどまでのストレート。片方を耳にかけていることが多く、知的な印象を与えた。メイド風のその服装はこの宿の従業員であることの証。胸は大きめで、細すぎずむっちりすぎないその肉付きも、えも言えぬ艶かしさを見るものに印象づける。

 顔つきは柔和で、喜怒哀楽の怒がこれほどまでに似合わない人物を俺は見たことがない。目は大きく、その輝きは彼女の活発さを象徴しているように思えた。よく気がつき、宿屋従業員の鏡と言える人物だろう。

 その見目麗しい容姿と非の打ち所のない性格が人気を呼び、メインキャラクターでは無いにも関わらずキャラクター人気投票では常に上位にランクインしていたことを覚えている。

 見た目の観察がいつもよりも念入りになってしまっても仕方あるまい。

 彼女は、俺たちが寝泊まりしている宿の受付だ。当然俺たちが勇者一行だということも知っている。

 話しを聞くに、この宿の経営者でもある彼女の両親が、近くに根城を構える盗賊団《郭公(かっこう)》が頭領、コモン・クックに脅され、売上の30%を吸い上げられているのだと言う。

 最近はあまり宿の利用者もおらず、ただでさえ経営に苦しんでいるこの宿に、その負担はあまりに大きすぎた。ついに破綻が先に見え始め、両親は相当に苦しんでいるらしい。

 それを見ているだけしかできない自分が情けなく、どうにか状況を打開できないかというところにこの宿を訪れたのが、勇者一行。彼女を行動させるには十分な材料だった。かくして今、俺に話しを持ちかけているのだそうだ。

 このイベントも何度かこなしたが、ふむ。彼女は完全に声をかける相手を見誤っている。他の三人ならつゆ知らず、よりにもよって俺に相談するとは。

 あまりストーリーに関係のないところで問題を解決するのは好ましくないのだが……

 彼女の頼みを断れるほどの克己心を、俺は持ち合わせていなかった。

「任せてくれ」

 それまで苦悶の表情を浮かべていた彼女は、ようやく顔をほころばせ、礼を言った。

 解決策はある。しかし、それは盗賊団を壊滅させるといった方法ではない。

 それこそ、本物の勇者一行樣方に一言添えれば、一人でだってその盗賊団、郭公をいとも容易く潰してしまうだろう。

 だが、それでは本質的な解決になっていない。悪はついえることがないのだ。勇者一行がこの場から拠点を移してしまったら、そのときはまた、別の盗賊団に同じことを強要されるだろう。今度は誰にも他言できないように人質などをとって。

 俺に課せられているのは、この宿の本質的な救済。そして改革なのだ。

 俺はまさに、それに近いことをコンサルティングといった形で現実世界でも行っていた。

 しかしこの場合、そういった知識は必要としない。経営改革とは何も、その企業体系を改善するものばかりではない。

 翌日から、早速改革がスタートした。


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