辱めと克服のリナ・マグナム
私は間違ってなんかいない。
私は強くなった。それは、弱さとは正反対の、誰にも負けない強さ。武器がなくても、どんな状況でも、一人でも戦い抜ける強さ。
昔とは違う。
ただ母が殺されるのを見ていただけの、ただ逃げることしかできなかった頃の私とは、決別したんだ。
立ち上がり、辺りを見回す。
アイツは現れないのか?
いや……胸がざわざわする。
この、腸が燃えるような感覚は、アイツの存在が近いことを示している。
いつでも来い。
私は、この15年間、ひたすら自分を強くすることに力を注いできた。そして、トラウマを克服することにも。
現に私は、勇者一行随一の格闘術の使い手だし、黒い魔物相手でも、一人で普通に戦えるようになった。
一人で。
本当にそうだったか?
私はいつも……
そこに、轟音とともに、湖の中から巨大な何かが姿を現した。
それはまさしく、私が探し求めてきた相手、黒の悪魔だった。
私は、動けなかった。
相手の動きが見切れなかったとか、そういうことではない。ただ、動けなかった。
悪魔は笑う。
「これはいい。極上の娘だ。テイクアウトして、たっぷりいたぶってやろう」
悪魔がそう言うと、何かが壊れるような音とともに、世界がひっくり返った。
「これは……」
悪魔は、笑いながら言った。
「これは俺だけが使えるスキル《次元隔離》。今俺とお前は、さっきまでいた次元とは違う次元にいるんだよ!だから、助けはきませーん!」
私は……一人?
一人でも、私は戦えるようになったはずだった。
それだけの力をつけたはずだった。
なのに、体に力が入らない。ただ、体を支配するのは、恐怖。
あのときに感じた、絶望。
それだけが、今の私を支配していた。
「じゃあ、とりあえず、おとなしく倒されてくれよお?」
そう言うと、悪魔はその虫のような体を突進させて、
「かはッ……」
私を突き飛ばす。
大したダメージではない。それくらい、私は確かに強くなっていた。
勝てるはずなのだ。普段の力が出せれば。
だが、どうしても、力が入らなかった。
「ふん。抵抗しないのか……じゃあ」
私が動けないのを知り、悪魔はその身を私に寄せて、
「やめっ……」
体にその無数の足を絡ませる。
「く……っ」
屈辱に涙が流れる。魔物はその足を、徐々に服の中へと侵入させて来る。
何故力が入らない。何故戦えない。
私はいつも、姿の黒い魔物と戦うときはどうしていた?
私の周りには、誰もいなかったか?
いや、そんなことはなかった。
悪魔の足が私の恥部についに届こうとし、恐怖に目をつむる。
私の周りには、仲間がいた。
私はいつも、一人で戦っていたわけではなかった。
私を支えてくれる仲間、
ソード、エリア、勇者。
最近知り合ったばかりの―――
『呼んだか?』
一馬……。
あれ―――
「な、なんだ!?」
私を辱めようとする寸前で悪魔は飛び退く。
『おい、聞こえるか?ん、故障かな?もしもーし』
どこから……。
「きこ……える……」
『おー、よかった。そろそろ、ぼこぼこにやられてる頃だと思ってな』
「なんで……」
『お前の羽織ってるマントのポケットに、超次元連絡用魔法石が入ってるだろ?それだよ』
彼が羽織らせてくれたマント。確かにそのポケットには、青色に輝く石が入っていた。
更に、彼は続けた。
『そのマントな、逃げ腰マントって言うんだ。イベント戦からでも逃げられる、超便利アイテム。その次元の楔からも、逃げ出せると思うぜ?』
……。
彼は、全てを見透かしたような声で言う。
『逃げたいと思えば逃げろ。ただ、思い出せ。お前はあの時とは違う。強くなった。お前は一人じゃない。亡くなったお母さんが見守ってる。信頼できる仲間がいる。それに―――』
『俺がついてる!』
私は、体に力が宿るのを感じた。
そうだ。私は一人じゃない。
一人じゃなければ―――
「ふざけた真似を……死ね!!」遠くからくる、今までで一番の助走を付けた突進を、
「戦える!」正面から受け止める。
彼が笑ったのが聞こえた。
『よし、その意気だ。そいつの弱点は、自分を恐れない者。そして、自分よりも強そうなもの。そう、例えば、ドラゴンとか』
私は思わず笑った。
「本当に、何でも知ってるんだね」
彼は自慢げに答える。
『だから、アカシックレコードだって言ったろ?』
私は苦笑し、悪魔に向き直る。
そして、右拳に力をためる。
「はあああああ!―――剛竜……」
拳が竜のようなオーラをまとうのを、悪魔は見た。
「竜…だと!?や、やめろ!!」
「拳ッ!!」
拳に竜の力をまとわせて相手を殴り飛ばす、私の得意技。
悪魔は、その一撃で地に伏した。
私は、強くなった。
ただし、それは身体的な強さだけではない。
一人の強さではない。
心の強さ、仲間がいるという強さだ。
皮肉にもそれを教えてくれたのは、最近できたばかりの、不思議な仲間だった。
そして、私はきっと彼を―――




