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深夜の女子会

 俺は、勇者不在の勇者一行の一員として迎えられた。

 その日は全員疲労していたのでそのまま解散となり、就寝となった。もちろん、俺は別室。隣の部屋だ。

 なかなか寝付けなかった。

 ついに勇者一行として迎えられることができた喜びと、妹の安否への不安。棚の上から俺を見下ろす、不気味なスライムの置物。そして、今日一日の内容の濃さといったら、短編が一本でき上がりそうな勢いだった。

 ……。

 と、それらも確かに寝付けない一因だが、それ以上に、明確な要因があった。

 それは、隣の部屋から聴こえる、彼女たちの話し声。

 どうやらこの宿見かけによらず壁が薄く、さらに、彼女たちの部屋との間に、直径10センチほどの穴が隅に開通しているということもあり、会話がほとんど筒抜けなのである。


 エリアが眠たげな声で言った。

「それにしても、へんなヤツだったね」さいですか。

「でも、ちょっとかっこよかったかも…」それは、全裸を見られたことを鑑みてそう言っているのか?

 ただしリナは脳筋の直球馬鹿なので、もうそのことは忘れてしまっているのかもしれない。

「へんな、と言うよりは不思議な、といった形容がしっくりきますね。どうやら、彼の言っていることもあながち嘘と言うわけではなさそうですし」

 ほう。それまたどうして。信用に足るようなことでも無意識にしていたかな?

「ふうん。どうして」エリアが言った。ナイス。

「あなた、彼に自己紹介をしていなかったでしょう?それなのに、彼はあなたの名前を知っていた」

「そんなの、私たち有名人なんだから、知ってたっておかしくないでしょ」

「ええ、ですが、私はあの時、ずっと彼の表情を観察していました。あなたが疑問を口にしながら換金しに行った時、彼は『言ってはいけないことを言ってしまった』という表情を浮かべていました」まじかよ。

 確かに、あの日はずっとソードに見られている気がしていた。あれは俺の表情の変化を観察していたのか……。

 少しでも意識されているのかと思った自分が恥ずかしい。

 だが、そんなことよりも、少しマズいことになった。

「ふうん。あやしいわね」ほら。こうなった。

 エリアは(うたぐ)り深い正確なのだ。

 これからは、一挙手一投足一開口に気をつけねばならない。俺は、一人を除いて、その素性を知られてはならないのだ。

 ん?

 一人を除いて……

 そうだ。すっかり失念していた。

 この一日、密度が濃すぎていろいろと見落としている部分が多いように思う。

 ここらで一度、状況を整理してみる必要がありそうだ。


 その日のことを思い起こし、いくつか見落としていた点、忘れかけていたことがあることに気付いた。

 一つ目は、《ペキュリア・スキル》の存在。ペキュリア・スキル。即ち、固有能力とか異常能力と呼ばれるものだ。

 俺は、あの召喚状に、あるスキルを要求した。しかし、これもおいそれとは使えなくなってしまった。何故なら、ペキュリア・スキルは誰しもが持っているものではなく、それを持っていると確認された者は例外なく、国の《情報統合図書館》の記録書に記録されるのだ。

 しかし、この世界に来たばかりの俺のスキルは当然そんな記録書に記されているはずもない。彼女たちは、俺の素性を知りたがっている。スキルなぞ使えば、すぐに調べに向かうだろう。そして、表示されるのはアンノウン。俺への懐疑心が更に高まることとなる。

 彼女たちに余計な詮索をさせるのは得策ではない。

 

「だ、だから!好きとか別にそんなんじゃないって!」

「ほんとに〜?」

「不純な異性交遊は認められませんよ」


 俺の耳が自然と隣人たちに向くのを必死にこらえつつ、考えを進める。

 二つ目に、《宝石のカケラ》についてだ。

 俺が偶然四天王の間で使った宝石のカケラは、ユーノとのイベントで手に入れられるものだった。

 しかし、俺はゲームプレイ中、彼女のイベントをこなしたのはたったの2、3回だったはずだ。今回のデータでは……どうだっただろう。女の勇者で女の子を攻略することも不可能ではないが、異性を攻略する場合よりも難度が上がる。

 果たして俺はそんなことをするだろうか。

 思い出そうとしても、したような気もするししなかったような気もした。

 こういうのは、無理に思い出そうとするからいけないのだ。自然に出てくるのを待つ他無い。


「そんなこと言って、エリアのほうが実はまいってたりしてー」

「はぁ?ないない。あんなガキンチョ」さいですか。つーかお前だけには言われたくない台詞なんだが。

「あなたにだけは言われたくないと思いますけど……」その通り。


 最後に、行方不明の勇者と脅迫状。

 これには、様々な仮説が立てられる。

 単純に、俺が召喚されるがために、ゲームが勇者のスペースを空けた場合。その場合は、脅迫状と勇者はなんの関係性もなくなる。死人に口無し。消えた人間に、脅迫状など出せるはずもない。ただ、二つの事件の関係性までは否定できない。

 逆に、勇者が脅迫文を出した犯人とする場合。この場合は、勇者が消えた理由は……そうだな、俺を何処かからか監視するため、とか。

 そして、二つの事件に全く関係性がない場合。この場合は、単純だ。勇者は、あのタイミングで、何らかの理由から姿を消した。あるいは、意図的に隠した。そして、脅迫文は全く関係ない第三者からのもの。

 ここまで考え、俺は一抹の違和感を覚えた。

 何かが違う。俺の推論には、決定的な何かが不足している……

 そこまで意識を巡らせ、


「ほら、ソードはどうなの、ねえねえ」


 俺の耳と思考は隣人の会話にくびったけとなった。

「そうだよお。ソードこそ、そんなにアイツのことを気にかけて、実は好きなんじゃないの〜」

「私は……」

 自分ののどが鳴るのがわかった。私は、どうなんだ。どうなんだソード!

 端から見るとすごく気持ちが悪い格好で、俺は壁の隅にある穴に耳を当てていた。

 そして、無理な体勢がたたり、スリップする。近くにあった棚に足を強打。その衝撃で、棚の上のスライムの置物が地面に落ちる。鈍い音。

 あ……

「え、今のって」

「隣の部屋から?」

「この宿、こんなに音が漏れるんですか……?」

 彼女らが互いに顔を見合わせている図が容易に想像できた。

 

 翌朝、朝食の席で、彼女たちと顔を見合わせた。

「昨日さあ……」エリアが訝しげな視線とともに言う。

「昨日?ああ、よく眠れたなあ。すごく疲れてたから。お前らもそうだろ?」

「ふうん……」

 リナは終始顔を赤らめていて、エリアからは終始冷ややかな視線を送られていた。

 ソードは、ただ静かに朝食を食べていた。

 怖いよ!

 

 ともあれ、今日から俺は、勇者一行としてこのゲームからの脱出を試みなければならない。

 こんな苦境、この先に待ち受ける困難を鑑みればきっと軽いものだ。

 と自分に言い聞かせた。


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