天使な女騎士と損害賠償
頭痛が痛い。
そんな頭の悪い独白から始まってしまう程、頭が痛い。
確か、もの凄い衝撃を受けて吹き飛ばされたような。なんでだっけ。
前後の記憶が曖昧だ。
ゴキブリを退治して…
そうだ、リナ・マグナムの裸を……思い出してきたぞ……
俺はあいつにぶん殴られて―――
と、ここで、俺の後頭部に柔らかく温かい何かがあるのに気付く。
恐る恐る、目を開ける。また殴られやしないだろうか。
まず、俺の視界に広がったのは、二つの山だった。ほう、これは登山家も一苦労だな。と、やはり頭の悪いことを考える。つまるところおっぱいだった。もちろん、服は着ているが。
そしてその奥に、俺の顔を覗き込むようにしている御尊顔。
サラリと垂れる少し長めの髪は紺色で、すっきりとした鼻梁に目は少したれ目気味。白を基調としたその服装は、彼女が聖職者だった頃の名残か。しかし、俺のアングルからだとその豊満な胸が服を押し上げて中身がちらちらと見えるのだが、ブラジャー――と言っても布を一枚背中に向けて縛るだけ――は黒。なんというか、いい。背徳的そのギャップがたまらなかった。
一瞬でそこまで分析し、俺は結論づける。彼女は―――
と、彼女のたれ目とばっちり目が合った。
彼女は心配そうに言った。
「大丈夫ですか?目が覚めたのですね。買い出しに行っている間に私の仲間が手荒な真似をしたようで、九腸寸断の思いでした……。私は、ソード・S・マスターソンと言います。この度は、本当に申し訳ありませんでした」
弱々しいが、なんとも綺麗な声だ。本気で心配してくれているのが分かる。先ほどまでこの娘の体を舐め回すような独白を展開していたこちらこそが、九腸寸断の思いだった。そして彼女こそが、俺が唯一、画面越しでさえ欲情してしまうほどの存在、ソード・S・マスターソンだった。
「いや、いいよ。俺だって悪かったわけだし」
互いに非がある場合は、それが例え9対1であってもウィン・ウィンの関係を築くのが大人の対応という奴だ。
しかし、少し離れたベッドの上から発せられた声はそんなことお構いなしで、
「そうだよ!だって裸見られたんだよ!?私だけが悪いわけじゃないよ!」
そこはもうちょっと低姿勢で「いえいえこちらこそ……」だろうが!
なんという傍若無人ぶり。いや、本当に俺も悪いんだけれども。ちょっとユーノに似ているなと思った。
「こら!リナ、そんなこと言わないで、ちゃんと謝りなさい」むっと、謝罪を促すソード。
リナは少し拗ねたように躊躇っていたが、つ、とソードが冷たい視線を向けると、
「ごめんなさい…」謝った。
ソードは、勇者一行の母…いや、姉のような存在だった。リナを含む他のメンバーは、ソードの言うことならばしっかりと聞く。
持ち前の世話焼き根性、お姉ちゃん属性からそうなるのか、なんとなく怒らせてはいけない雰囲気があるからなのかは定かではないが。……まあ、両方だろう。
俺はいつまでもソードの膝枕に甘んじているわけにもいかないので、内心名残惜しみながら体を起こす。
ここは、先刻俺が殴り飛ばされた部屋のようだった。
壁は一部消滅しているし、扉も外れかけている。
両方俺が原因だった。
「あの……、ゴキブリ退治のためとはいえ部屋をこんな有様にしてしまって……」
平身低頭、詫びを入れようとしたが、
「いえいえ。良心あってのこと。何も悪いことはありません」天使かよ。
ソードはにこりと微笑みながら、一枚の紙を差し出した。
にこりと受け取り、中身を見やると、それは請求書だった。
にこりとソードに笑顔を向け、真意を問う。
「いえ、そのう。悪いことはありませんが、やはり、弁償と言いますか、修理費をいただかなければ、大家さんにしかられてしまいますので。これも、大家さんからです」悪魔め。
いや、訂正しよう。ソードが悪いんじゃない。俺が悪いんだ。簡単に翻意する癖をなんとかしなければならないな。
そうして、どれどれ、と請求額に目を通す。大した額にはならないだろう。この建物に使われる材料を鑑みるに、多く見積もって2万かそこら……
▼壁部損傷、扉一部破損。シャンデリア一部破損。雑損控除適応外。
▼合計、50万G
は?
目が点になった。
そこで、入り口からけたたましい声とともに小動物…いや、少女が部屋に飛び込んできた。
「ソード、請求書もう一枚きちゃったよお!」
おいおい……