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裸の女格闘家

 ユーノと別れ、しばらく歩き、ユーノから完全に俺の後ろ姿が認められなくなったであろうことをちらと確認し―――

「だあ、はあ、はあ……」

 膝に手をつき、隠忍(いんにん)からの解放に呼吸を乱した。

 何が、「すごいゲームだよ、ほんとに」だよ!

 格好付けるのも楽じゃない。ユーノにこんな姿を見せたくないがために、綺麗な別れとしっかりその余韻まで演出して……

 自分がこんなに女々しいとは思わなかった。

 俺は知った。

 あの4つの条項の中で一番の危険因子は、第四番だ。

 あんなに純粋な告白を前にして、俺は、これから先自我を保てるだろうか。先は、ついぞそうなることは無かったが、結構危なかった。キスされたときなんて、もう、船に飛び乗ってやろうかとさえ思った。

 正直、マズい。

 なにせ、これから俺が相見えようとしている《勇者一行》とは、その全員が女性なのだ。

 しかもその中の一人、女剣士のソード・スラッシュ・マスターソンは、画面越しでさえ少し欲情してしまうほど、俺の好みにアジャストされていた。

 彼女たちと旅路をともにするということは、つまり、寝食を共にするということ。毎夜を側で過ごすということ。その間、逢瀬が無いと果たして言い切れるだろうか。その際、俺は断りきれるだろうか。

 考えるだに恐ろしい。

 しかし、ゲームのクリアに、彼女らの助力は必要不可欠。俺は戦闘能力は皆無に等しいのだから、やはり腕の立つ人間に矢面に立ってもらうほか無い。そして、それが適任であるのはやはり《勇者一行》なのだ。

 《異性無制限攻略システム》に興味が無いからと、それなら女性キャラクターでやった方がいっそのこと清々しいのではないかと、性別選択を女性一辺倒にしたしばらく前の自分が憎らしい。

 ……。

 結論は出ているのだから、考えても仕方ない。

 俺は、勇者一行に合流するほか無いのだ。無限地獄のようなその境遇に身を置く他は、今の俺には選択肢が無いのだった。

 ともすれば、覚悟を決めるしか無い。

 俺は一路、彼女らが拠点とする宿屋を目指し、歩を進めた。


 6月通りの最辺境に、その宿屋は軒を構えていた。

 勇者一行がしばらくとはいえ居を構えるには、少々物憂げな感じがした。色が全体的にくすんでいて、所々無造作にツタが伸びている。決してそういった、断固としたスタイルの元にそうなっているとは思えない。

 辺りにも寂れた建物しか無い辺鄙(へんぴ)な地で、俺の記憶が正しければこれといったイベントも無かったはずだが……

 と、宿屋の前で意識を巡らせていたところに、突然女性の叫び声が轟く。

 声の出所はどうやら、宿屋の中らしい。あまりの轟音、ならぬ轟声に、窓ガラスが振動していた。とんでもねえな。

 一体何があったのだろう。事件の匂い。

 考えるより早く、行動していた。

 宿屋の扉を蹴破り、依然叫び声が轟き続ける二階へと駆け上がる。

 4つ部屋があり、声の主はその最奥の部屋にいるようだった。

 俺はその扉をまた蹴破り、中へと侵入した。そこにいたのは、一人の女性と―――


 一匹のゴキブリ。


 彼女は、部屋を自由自在に飛び回るゴキブリに、なす術も無く戦意喪失しているようだった。

 少し微笑ましく思えたが、依然として叫び声を上げ続ける彼女を――あるいは彼女の叫び声で崩壊しかねない宿屋を――救済すべく、腰に差してあった魔剣を抜いた。

 そして、彼奴(きゃつ)が壁で一瞬静止したのを見逃さず、

「そこだッ!」

 一閃。

 ゴキブリよりも更に黒い、無慈悲な衝撃波が彼奴を襲い、壁ごと消滅させた。恐ろしい威力だ。

 振り向き、かくも紳士的に、腰を砕いている女性を気遣う。

「大丈夫ですか。危険は消し去りました……よ……」

 女性は、裸だった。

 その女性には見覚えがあった。

 吸い込まれるようなショート気味の黒髪。多少筋肉質だが、女性らしさの残る綺麗なボディライン。女性にしては少し身長が高く少々きつ目な顔つきから、稀に男と間違われることを気にしている……

 それは、勇者一行随一の格闘術の使い手、リナ・マグナムだった。

 彼女は、その鋭い目を大きく見開いて、数回瞬かせた後、

「危険なのは、お前だあああああああ!!」

 とんでもないスピードで俺に殴り掛かった。なんか、ドラゴンのエフェクトっぽいものが尾をひいているような気が―――

 轟音。

 避ける間もなく、俺は入り口の扉を突き破ってロビーの天井にかかるシャンデリアに引っかかった。もちろん気を失っていたので、それは後に聞かされたことだ。


 彼女との出会いは、後のどの出会いよりも刺激に富んだものとなった。

 いろんな意味で。


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