脅迫状と極限地獄
見間違えだと思いたかった。
しかし、何度見てもそこには、こう記してあるばかりだった。
▼警告・妹の命が惜しくば、その世界から脱出しろ。
脅迫文。
どうしてこの箱の中に入っていたのか、どうして俺がこの世界の人間ではないことを知っているのか。しかし、そんなことはどうでもよかった。ただ一点、妹の命が脅かされていると言う事実。それが、俺から全ての思考を奪っていた。
俺がこの世界の人間でないことを知っている以上、疑いようの無いことだった。
差出人は、妹の命をいつでもついえさせることができる。
俺は、辺りを見回し、誰にも見られていないことを確認してから続きを読んだ。
そこからは、更に信じがたい要求が記してあった。
▼タイムリミットは無い。しかし、以下の条項を犯した場合失格と見なし、お前の妹を殺す。
▼①現実世界へ戻ることを放棄した場合。
▼②お前がその世界の住人でないことを《人間を含めた他の生物》に喋った場合(特例を一人認める)。
▼③GAME OVERとなった場合。
▼最後に、
▼④女性キャラクターと肉体関係を持った場合。
▼失格となった場合、その時点でこちらから連絡をよこす。以上だ。
殺す。
その単純な表現が、背筋をぞっと凍らせる。まるで自分の首筋に大きな鎌を当てられているような、そんな感覚にすら陥る。
しかし、こんなことをして、犯人……差出人になんのメリットがあるのだろうか。
考えても答えは出なかった。容疑者をしぼることすらできなかった。
打つ手なし。俺は結局、要求をのむことしかできない。
本当なら、今すぐにでも現実世界へ戻って妹を守りたい。たいした力にはなれないだろうが、側にいたかった。
だが、それは叶わない。
俺は、記載された条項を守ることでしか妹を守れない。
だがそれでも、何もできないよりはましだった。
要求をのむことを、決心した。
この時から俺はこの世界から脱出する方法を模索する日々を送ることとなった。
辺りをひたすらうろつき、宿屋に戻り、小一時間考えて、ようやく一つの仮説を組み立てることができた。
それは、《奇跡の珠》に願うと言うこと。
ゲームクリア後に《勇者一行》に与えられる、何でも願いが叶えられるという珠。
このゲームは俺を自らの中に召喚できるのだから、その逆もまた可能なのではないか。そう考えたのだ。
となれば、善は急げ。俺は、急いでチェックアウトを済ませ、聞き込みを行った。
即ち、勇者一行の所在。
これは、正確な場所を特定するまでにそれほど時間を要さなかった。ある程度は予測がついたからだ。
勇者一行は運良く、ここからほど近い、6月通りの外れにある宿屋を現在の拠点としていた。
「はいよ、500Gね」
勇者一行が拠点とする宿屋へ向かう道中、6月通りにて、持ち物を20個まで入れられる《ふつうのふくろ》を購入。なかなか便利な代物だ。
そして、脅迫文の条項について、今一度考え直してみた。
一つ目は、現実世界へ戻ることを放棄した場合。
これに関しては、そんなことにはならないと断言できるが……。その判定基準はどこをデッドラインとしているのかが非常に分かりづらい。
俺の心が脱出を諦めたときなのか、一定時間以上行動を起こさなかった場合なのか。
これは、考えだしたらきりがないので保留とした。
二つ目は、異世界の人間であることをばらした場合。
相手が勝手に気付く分にはいいのだろうか。……いや、きっとアウトだろう。その気になってヒントを与えれば、簡単に気付かせることができる。《人間を含めた他の生物》という表現も気になったが、これも保留。
三つ目に、GAMEOVERとなった場合。
これは、どちらにしてもなるつもりは無い。
このゲームでは、それが死と直結する可能性がある。
最後に、女性キャラクターと肉体関係を持った場合……
これは、ない。
この条項に関して、確かにこのゲームには、《異性無制限攻略システム》という狂気じみた危険要素が存在するが、俺はゲームプレイ中、その要素に魅力を感じたことは無かった。
故に、最後の条項に関しては問題ない。
……
この時点では、そう思っていた。
しかし、その数分後に出会うこととなる少女・ユーノとの一件により、俺は気付くことになる。
もしかしたら、あの4つの中で一番危険なのは、最後の条項なのではないか。
そして、思い出す。
俺は《勇者一行》のパーティーを、全員女性にしていた―――。
魔王を倒しにいくとなれば、否応無しに彼女たちと毎夜をともにすることになるだろう。
それも、肉体関係を持てないという極限状態で。