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追われる少女とプロローグ

 帝都屈指の大河《ジューン川》の悠然とした流れに沿っていつしか出来上がった繁華街。通称、《6月通り》。

 近くの森でとれる果物が売っていたり、川や海からあがったばかりの魚がまだ生きたまま並んでいたり、旅人には必要不可欠な道具を売る全国共通の商業コミュニティが軒を構えていたり、《竜》を使った新聞配達コミュニティがあったり、はたまた何を扱っているのかも分からないような謎の看板を掲げた店までもが、その大通りには所狭しと軒を連ねていた。

 俺は500Gで買った、持ち物を20個まで入れられる《ふつうのふくろ》からメモを取り出し、向かうべき店の名前を再確認する。

「この6月通り、RTAじゃあスルーするから最短ルート覚えてないんだよなあ……」

 ぶつくさ言っても始まらない。

 俺の目的は、《勇者一行》に合流すること。

 彼らが今寝泊まりしている宿屋まで、もう少しのはずだ。

 そろそろ昼か。とりあえず、腹ごしらえを済ませよう。

 小さめのため息をつき、最早何のために店を開いているのか分からない、商品が一つもない八百屋を通り過ぎようとしたところで……

「きゃあ!」というかわいらしい声とともに、店と店との間の路地から飛び出してきた何かが俺に衝突した。

 そちらをみやると、小柄な少女が尻餅をついて、衝突の余韻覚めやらず何が起こったのか分からないという表情を浮かべていた。

「だ、大丈夫?」

 訊ねる俺に、彼女は已然キョトンとした顔を浮かべていた。が、路地奥から響くどかどかどか〜!という大勢の足音に肩を震わせ、一瞬で俺の背中に身を隠した。なかなかの俊敏パラメーターだ。

 そして、俺の服の裾をキュッと掴み、まるで盾のように俺を固定する少女。なんという問答無用さだろうか。この先に起こることは何となく覚えているが…俺は勇者じゃないんだぞ?

 直後。路地から現れたのは、4人の盗賊然とした男たちだった。

 彼らは辺りを見回し、何とも言えない顔で棒立ちになっている俺の後ろに隠れる彼女を認めると、少しずつその距離をにじり寄ってつめて来た。

「嬢ちゃん。さっき俺たちのアジトから盗んだ宝石、返してくんねえかあ」

 少女は俺の背中から顔だけ出して言いやる。

「馬鹿!最初に盗んだのはあんたたちでしょうが!……これは、あたしのお爺ちゃんの大切な宝石なのよ!」

 キュッ!と、さらに服を掴む手に力を入れ、俺の背中により深くその身を隠してしまう。

 そこでようやく、盗賊たちの目が俺に向いた。

「なんだあおめえ。そいつを庇うのか?」

 これが画面の前でプレイしている状況なら、テキストボックスに、庇うか庇わないかの選択肢が出現している。

 さてどうしたものか。これは、この通りで買い物をすると低確率で発生する任意イベントだったはずだが―――完全に失念していた。

 便利だからと何も考えずふくろを買ったのがまずかったか。今、俺は先を急いでいるのだが……。

 俺を盾か何かだと勘違いしている少女をみやると、彼女は鋭いまなざしで盗賊たちを睨め付けていた。あくまで強気な姿勢を崩そうとしない。

 ……しかし、気丈に振る舞うその姿からは想像しがたいが、彼女もただの一人の女の子であることに、変わりはなかった。いくら素早い動きができるからといって、大の男を何人も相手取ることは到底できないだろう。一騎当千のかなう世界―――。しかしそんな才能パラーメーターを持つものは、そうそういるものではない。

 単身アジトから宝石を奪還したときも、盗賊から逃げている最中も、本当は怖くて怖くて仕方がなかったはずだ。

 事実、俺の服を掴む少女の小さな手が、少し震えていた。

 俺は小さめのため息とともに決心を固め、言った。

「庇うね。俺は重度のロリコンだ」

 即ち、少女を庇う選択をする決心。

「はあ?なんだそりゃ。うめえのか?」

「ロリは食べるもんじゃなく愛でるもんだ」決まった。

「わけのわかんねえこと言いやがって…やっちまえ!」

 武器を構え、盗賊たちは一斉に俺たちに向かって駆け出した。俺は棒立ちでその様子を余裕の表情ととともにただ眺める。

 彼らの武器が振り下ろされ、俺の(ひたい)に触れる寸前というところで場面が暗転した。

 こわい!主観だとこんなこわいのかよ!

 暗転の最中、余裕のポーカーフェイスを保っていたさしもの俺も、覚悟していたとはいえあまりの臨場感に額に冷や汗がにじんだ。そして暗転した先では、円形に区切られたフィールドに盗賊と向かい合うような形で俺と少女が配置されていた。

 《戦闘フィールド》への移行―――。

 実際に体感すると、なんとも不思議な感覚だ。

 へっへっへ、どんなふうにいたぶってやろうか……

 ベタだな……。

 敵が人間だと、戦闘開始後に煽り台詞を放つ。これがモンスターなら鳴き声だ。

 戦闘態勢を取る盗賊と少女。両者の臨界点が触れるすんでのところで、俺は…


 《逃げる》コマンドを選択。


 な、にぃ!?

 戦闘フィールドから開放された俺は、呆気にとられる盗賊たちを尻目に少女をお姫様だっこして逃走した。

 盗賊たちはしばらく呆けていたが、先頭のリーダーらしき男がハッとしたように走り出し、それを皮切りに次々とその後に続いた。もれなく、いまいち状況を理解できていないと言う面持ちだ。

「ち、ちょっとどういうこと!?これじゃさっきのあたしと変わらないじゃない!追いつかれて、今度こそ詰みだよ!」

 少女も逃走の意図を飲み込めないらしく、じたばたと意義を申し立ててくる。

「まあ、そうだな」素直に認める。

 それでも俺は逃げ続け、大通りを疾走し、階段を駆け上がり、ジューン川の上にかかる大きな木の根でできた橋まで出る。

「しっかり掴まってろ!」橋の真ん中を奔走する中そう叫び、俺は、橋の丁度中間当たりで進行方向を90度変え、盗賊に追いつかれるすんでのところで、川に向かって―――跳んだ。

 盗賊の嘲りと、少女の叫声きょうせいが混じる。

「あいつ馬鹿か!?こんな高さからこの川に飛び込んで、無事で済むわけがないだろお!」

「そうだよ!この川、岩が水面近くまで突き出してて、飛び込むなんて考えられない川だよ!?」そう言って、「神様あああ!どうかこの人の分までご加護をおおお!」なんて祈りだした。なんてやつだ。まあ、

「その反応は正しいよ。本当ならここでGAMEOVER。ただし―――」

 俺の言葉を遮るように、ゴーン!という正午を告げる鐘の音が響いた。

 ビンゴ!

 俺の腕の中で祈る彼女には、俺の口角があがったのが見えただろう。

 そして、鐘の音に混じって一瞬、ビュウッ!と風を切る音が聞こえ、気がつけば俺たちは、銀の竜の背中に乗っていた。


「ただし、俺がRTAを極めたプレイヤーじゃなければの話しだけどな―――!」

長編を書き上げたことは数えるほどしかありませんで、探り探りにスローペースマイペースな更新となります。

使い古されたテーマかと思いますが、お付き合いいただける方、よろしくお願いします。

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