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――僕が見た夢は、やはり夜桜の夢だった。
桜が舞って静かな夜桜は、かえって不気味そのものだった。
そして、いつものように白髪の老人久兵衛がいた。
白い袈裟を着て、物珍しそうな顔で僕を見ていた。
「ぬしは、この娘がそんなに大事か?」
杖を持ち、僕の顔をうかがう久兵衛は悪そうな笑みを浮かべていた。
「僕にとって、大事な存在だよ」
「何度も聞いたぞ、ぬしの想い」
「だったら……お願いだ」
僕は頭を深々と下げた、生まれてこんなに頭を下げたことはないだろう。
久兵衛はそんな僕を眺めるように見て首を横に振った。
「ぬしの想いには観念したぞ、ならば一度だけ力を貸してやってもいいぞ」
「本当か?」
「ただし条件がある、三つだ。その前にぬしの覚悟を確かめるぞ」
「覚悟?」
「そう、覚悟だ。あの娘を助けたい気持ちがあるならば、わしにぬしのすべてをゆだねよ」
「どういうことだ?」
「わしにぬしの体を貸すのだ」
「かまわない」
「本当にいいのか?
ぬしの全てをわしに見せるということだ、わしがぬしの体に入り込むからな」
「ああ、かまわない」
僕は迷わなかった。それを見て久兵衛が予想外の反応なのか少しおののいていた。
だけど僕はハシブトが助かるためには何でもしたかった。
(僕はハシブトに何も与えていないから)
そんな罪悪感があった僕は迷わなかった。
「本当にいいのか?お前の考えていることを覗きこまれるのだぞ」
「ああ、いいよ」
「お前の体を乗っ取られるかもしれないんだぞ」
「そんなことはしない、久兵衛さんはハシブトが言うとおりの人だから」
「ふむ、ならば……」
その時、僕の体に久兵衛が手を伸ばしてきた。
それはものすごく痛い。久兵衛が僕の体と重なった。
彼の体が入り込んでくるかのような、プライベートが覗き込まれるかのように苦しい。
でもそれでも僕は耐えられた。ハシブトのためなら、耐えることができた。
「ううっ、なんだか頭が割れる様に……」
「痛かろう、最初だけだ。そのあとは何も感じることがない。
ぬしに痛みを感じる権利すら与えられぬ。
わしが、ぬしの体を乗っ取るのかもしれぬのだぞ。よいのか?」
「ハシブトは言っていた、久兵衛さんは僕と同じ優しい人だって」
「つくづく優しい男だ」
そう言いながら、久兵衛は僕の体から出て行った。
僕は汗だくになりながら、呼吸を整えていた。頭痛はまだ収まる気配がない。
「この呪術は、夜桜のある場所にしか使えぬ。条件の一つだな」
「条件ってほかにもあるのか?」
「ああ、全部で三つある。だがぬしには一つしか言わぬ。
残りは、ぬしにとって大事な者にすでに伝えておる」
「大事な者?」
「そうだ、手に入れるのは難しいかもしれぬ。
が、ぬしの力で何とかしてみせよ。それに成功の可能性が完璧というわけでもない」
「分かっている、でもできることは全部やりたい。
僕はハシブトがいなくなって、その空白を埋めたいんだ」
そして、僕の方に顔を向けた久兵衛さんは満足げな顔を見せていた。
「この娘は、本当に幸せ者だ」
最後に、小さくそんなことを言われた気がした
そのあとすぐに周りが白くなっていた――




