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あれから三日目が過ぎた。
学校を休んでまで僕はいろんな場所をハシブトと一緒に行った。
ハシブトとの思い出を、できるだけたくさん作るために。
さすがに母親や脇坂には怒られたけれど。
デートを続けた三日後に、ハシブトの体に異変があった。
急いで安志と美野里を呼ぼうとしたけれど、間に合いそうもない。
学生デート風にいつも通りの制服姿で僕を見ていた。たどり着いたのが大きな川が見える公園。
夕暮れの公園は川が見えてきれいだ。
そんなハシブトは、前にスキー合宿でお守りとして渡したキーホルダーを胸のペンダントとしてつけていた。
雪が嫌いで、寒さが嫌いなハシブト。
ゴミが大好きで、金ぴかのモノに目がないハシブト。
そして、僕のことを考えてくれたハシブト。
もう時間が残されていない、ハシブトの事を諦めたわけじゃない。
だけど僕には、行く場所もやることも残されていなかった。
「間に合わないな、ごめん」時計を見ながら、苦い顔を見せていた。
美野里も安志も部長も、今は授業で忙しい。今日は運悪く授業が夜五時まで続く。
「そっか」僕は大きく深呼吸をして大きな川を見た。
表の公園の河川敷の階段を上ると、見えた大きな川。そこはいつも部活でバードウォッチングしている場所。
僕はこの場所は取井出市で一番好きな場所。
部長も、よく黄昏がれたこの場所に僕とハシブトがいた。
「わしもこれまでのようだ。
わしは嘘を今までついていたのだ、罵られても仕方ないことをしているのだな」
「そんなことはなしだよ。嘘なら、喜ぶ嘘をつけよ。僕やみんなを、癒したように」
「そうだな、喜久」
ハシブトは今にも泣きだしそうな顔になっていた。だけど必死に笑顔を見せた。
僕は泣いていなかった。だけど涙は出そうで、それをこらえていた。
もうすぐ、ハシブトはいなくなる。ハシブトも僕もそれを感じていたから。
「喜久、ありがとうな」
「ハシブト、行くなよ……」
「大丈夫だ、どこにも行かない。ただ、少し話せなくなるだけだ。
喜久のことをより近くで感じられなくなるだけだ」
ハシブトはここでいつもなら、笑顔を見せていた。
だけどもう笑顔はなく胸に手を当てていた。
落ち込んだ様子でうつむいていた。
「前に言ったよな、僕のことを孤独にしないって!」
「喜久は孤独じゃない。いつも誰かが隣にいるのだ、喜久はもう幸せ者だ。
わしは孤独というモノは嫌悪や苦手の象徴とされているが、そうは思わぬ。
まるでウニみたいなものだ」
「ウニって……」
「わしはこれでも美食家だぞ。ウニなら何度も食べておる。
ウニは美味いぞ、だがトゲがあるのだ。でも喜久だってウニは好きだろう?」
「まあ、回転すしぐらいなら食べたことはあるけど」
「それと同じだ、ウニはトゲがあるけど美味い。トゲがあって食に向かなくても、食べることでうまみを感じだ。
孤独もトゲがあるけど、食べてみたらうまいのだ。
わしが生まれた時代から、ウニは食されていたのだ。幕府への貢物としても重宝されたのだぞ」
「ハシブト……」
「わしは、孤独というモノを難しく考えずに上手につき合ってほしいのだ。喜久、これからできるな?」
赤い目のハシブトは僕の肩に手を乗せてきた。
「なんだよ、惜別の別れみたいに……」
「大丈夫だ、喜久。わしは少し元に戻るのだ」
「それは、僕のことを孤独にすることなんだぞ」
「そうか、すまぬ……」
「ハシブト!」
次の瞬間、ハシブトの周りに黒い霧が立ち込めた。
黒い霧はとても怖くて震えるような冷たさを肌で感じていた。
「喜久、わしは……」
「ハシブト、僕はやっぱり君が好きなんだ!」
手をつないで僕はハシブトの手を感じていた。
だけど、煙と強い力で僕は後ろにはじかれた。
そして、見えたのが地面に落ちたブレザー。
ハシブトが着ていた女物のブレザーを僕は拾い上げた。
間もなくして霧が晴れ、中からはカラスが見えた。
僕は黒いカラスを見つけて泣いていた。カラスは、ずっとつぶらな目で僕を見ていた。
それは初めてであったあのつぶらな目で。




