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孤独を癒すカラス  作者: 葉月 優奈
六話:メジロの季節
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翌日の放課後、僕は嵯毅の家に招かれた。

来る途中、部長と安志につけられたけれど何とかまいた。苦労したな。


嵯毅の家に来るとすぐに和室に通されていた。

相変わらずこの家は大きいな。部屋もかなり広い。

ししおどしがカコーンと鳴る中、僕は緊張した顔で日本庭園を眺めていた。


間もなくして屋敷の中に通されて、大きな和室にいた。

和室から見える梅はほのかに咲いていた。


「きれいな梅ですね」

庭園に咲きほこる梅には、メジロが羽を休めていた。

僕の前にはテーブルを挟んで着物を着た嵯毅。嵯毅は艶やかな着物でしおらしく出てきた。

こうしてみると、着物美人に見えていた。


「私はどうですか?」

「うん、きれい……」

「ちゃんと見てください、喜久」

嵯毅は真剣な顔で僕に向くようにアピールしてきた。

やはり嵯毅は美人だ、顔立ちもスタイルもいい。


「ごめん、嵯毅」

「やはりハシブトさんが好きなのですね」


嵯毅の顔はやはり赤くなっていて、完全に僕を意識していた。

悲しげな嵯毅の顔が着物のあでやかさに反映されていた。

(喜久が大好きです)嵯毅が言ってくれた僕の告白。

バレンタインで、僕にチョコを渡して告白してきた嵯毅。


互いに顔をそむけて、顔を赤くしていた。

しばらく沈黙、だけどすぐに沈黙が破られた。


「嵯毅はお兄ちゃんがやっぱり好きなんだ」

微妙な空気イエイヌと呼ばれた男の子、もとい女の子が発した言葉。

嵯毅のそばで笑顔を見せてちょこんと座っていた。

白いハッピを着ていて、かわいらしく嵯毅の方を見ていた。


「な、何を言っているのです?もう、終わったんです。ハシブトさんがいますから!」

「ふーん、でもその割には……」

「それは言ってはいけません!」

「どうしたんですか?」

明らかに取り乱している嵯毅は、イエイヌをたしなめようとしていた。

だけどイエイヌが、すぐさま小さな体を素早く動かして嵯毅から僕の方に逃げてきた。


「あのね、お兄ちゃん。実は嵯毅はまだお兄ちゃんのことを……」

「言ったらご飯抜きです、いいですね」

嵯毅の鋭い声と、冷たい目にイエイヌは震えあがった顔を見せていた。


「嵯毅、ごめん」すぐさま僕に言うのをやめて嵯毅の方に戻っていった。

呆気にとられた僕は、それでも冷静に戻れる時間を稼ぐには十分だった。


「それより、嵯毅。ハシブトのことで……」

「そうだったな。イエイヌ、話してくれないか?」

「え~、めんどくさい」

「喜久、おみやげは?」

「はいはい」僕はそういいながら、隣に置いてあった大きなビニール袋を取り出した。

そこには、新巻シャケが入っていた。

それを見た瞬間にイエイヌの目が輝いていた。


「おお、これはシャケじゃないか!ほしい、ほしいぞ~」

「じゃあ、説明してくれないか?」

「うん、なんでもする。お手もおかわりもする」

すぐさま僕に近づき、犬のようなきれいな目で僕を見てきたイエイヌ。

犬の様にきれいなおすわりを見せて、舌も出してい息を吐いていた。

一応言っておくけれど、イエイヌは女の子だ。


「でもシャケは全て話してもらってからです。イエイヌ、いいですね」

「うん、分かった。シャケのためなら何でもする。なんでも聞いてくれ」

「じゃあ聞くけど……」

僕は大きなシャケを抱え込みながら、落ち込んだ顔に変わった。


「ハシブトは最近体調がおかしいんだ。なぜなんだ?顔が赤くなるし、目も赤くなる」

「う~ん、嵯毅みたいに顔が赤いのか?」

「私は関係ありません!」

きっぱり言い放った嵯毅だけどかなり顔が赤い。

僕を意識して不機嫌な顔になって視線を逸らす。

それをイエイヌは意地悪そうに見上げていた。


「ご、ごめんなさい。私のことはいいですからハシブトさんの方を……」

「うん、ごめん……」なぜか僕も謝っていた。

「カラスの目が赤くなるということは……」

イエイヌは何かを考えている様子だ。

顎に手を当てて、じーっと僕の後ろにあるシャケを見ながら考えていた。


「じゃあ、もうカラスは終わりだな」

「えっ、終わり?」

「そう、終わり。カラスがカラスに戻る時間(タイムリミット)が迫って来たね」

「カラスに戻る?それって……」

「二度とお兄ちゃんと会話できなくなるだけだよ~。あの様子だと一週間ももたないね」

イエイヌがさらりと言った。


そして僕にとってはショックだった。

さっきまで恥らっていた嵯毅も驚いた顔を見せていた。


「どういうこと?」

「カラスはずっと人になりすぎていた。人になっていると、魂をすり減らしていくから」

「魂のすり減らし?」

「そう。ボクたちはなんで人間になれるか知っている?」

「えと、死んだカラスと狼に乗り移った魂」

「そう、魂。魂は有限じゃないけれど、ゼロになることはない。

魂が消耗しきると、一時的に人間になれなくなるんだよ。

大丈夫、ボクたちは死ぬわけじゃないから。不老不死なんだし」

表情は明るいままで、舌を出してシャケ欲しそうに見ていたイエイヌ。

なんかよだれが出ているけど。


「で、いつになったら魂が復活するんだ?」

「カラスの魂は消耗しきっているからね、消耗したら大体百年かかるからね」

イエイヌはあっさり言ってきた。ためらいもなく笑顔で。


「百年?」

「そうだぞ、百年。魂の回復にはそれだけ時間がかかるんだ」

「それじゃあ、二度と彼女(ハシブトさん)に会えないじゃないですか!」

それを叫んだのが嵯毅だった。うなだれる僕の心の声を代弁するかのように。


「だから、人間になりっぱなしになることはありえないんだよ。

ボクみたいに、狼とイエイヌを繰り返していないと魂の消耗は早いんだ」

イエイヌの言葉が最後に突き刺さった。そのまま僕が持っていたシャケを嬉しそうに口で奪っていく。

それを僕は聞いてすぐさまイエイヌに近づいてハッピの襟をつかんだ。


「何もできないのか?」

「うん、どうしようもないねぇ」

「何とかしてくれよ!」

「え~、でも……」

「何とかしてくれ、頼む!」

僕は叫んでいた。泣き出しそうな顔で、強く叫んでいた。

シャケを持つイエイヌは困った顔を見せていた。


「それは無理……」

「ハシブトは、僕にとって大事な仲間なんだ!」

僕の強い叫びにイエイヌはそれでも人懐っこい笑顔を見せていた。


「無駄だよ」

「なんで、なんで?」

「運命は変らない、死んだ人間が、存在していない人間が本来この世にいる事さえおかしいんだ。

それは久兵衛の呪術によるもので……」

「それでも僕は……」

「もうやめて!」

そんな僕とイエイヌの間に割り込んだのが、悲壮な顔の嵯毅だった。

嵯毅の隣ではイエイヌがおいしそうにシャケをかぶりつく。


「嵯毅……」

「喜久、きっとどうにもならない事なのよ。ハシブトさんのことは。

彼女はこの時代の人間じゃないんだから」

嵯毅の正論に、僕はうつむくしかなかった。


「分かっているよ……」

「だったら、現実を見て!」

そう言いながら前にいた嵯毅が近づいてきて、僕に抱きついた。

着物姿の嵯毅に抱きつかれて僕は浮かない顔を見せていた。

どんな顔をすればいいのかもわからない、ただ悔しい顔を見せていた。


「卑怯かもしれないけれどあなたを見ている人もいるの、それだけは分かって」

「……ありがとう嵯毅。だけど」

そう言いながら嵯毅を引き離した。

突き放された嵯毅は、切ない顔を見せていた。


「それでも僕は、何とかしたいんだ!」

僕は最後にそう言いなつと嵯毅は泣き出していた。

「そう……ごめんな……さい……」

顔を隠すように着物の袖で自分の顔を、涙を拭いていた。

僕はまた傷つけてしまった、嵯毅の事。


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