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三日後の放課後、理科準備室の部室でいつもの光景があった。
部活活動前に安志が、机で図鑑を見ていた。
それをハシブトが覗き込む。今日はあいにくの雨だ、活動は出来そうもない。
夜遅くには、もしかしたら雪が降るらしいと冬の天気予報。
いつも通り部室には僕と部長、安志とハシブトの四人がいた。
部長は、生徒会長の告白から落ち着いていた。
意外なほど立ち直りも早い部長に、逆に気になっていたけれど。
「これが白鳥、正確には『オオハクチョウ』。さすがにこのあたりでは見えないけどね」
「オオハクチョウか、きれいだな」
「無論だとも、オオハクチョウは野鳥の中でもとても美しい。ハシブトさんの様にね」
「相変わらずキザだな」
安志の言葉に、僕は茶々を入れた。
安志は爽やかに笑ってハシブトにオオハクチョウを説明していた。
「オオハクチョウは、冬を日本の湖で過ごすんだ。
昔からオオハクチョウに日本人が餌付けをしていたから、日本の湖では見られるんだ」
「ああ、今年も見られるといいな」
小太りの部長は、棚にあった地図を広げた。
「そうだな、場所はこのあたりか?」
広げた地図は、このあたりのものではない。
山が見えて湖が見えた地図。湖には赤くマークされていた。
「ハシブトさん、ここがロケーションポイントだよ」
「ここで、白鳥が見られるのか」
「去年見たときは朝とか、すごかったよね」
僕は思い出していた。去年、見たあの美しい光景を。
「今年も行くぞ、『バードウォッチング部』の掟だからな」
「部長、やるんですね」
「さすが部長」
「ああ、スキー合宿恒例の掟だ。
元々この部を作った先輩方が作った伝統、それを守らねばならない」
部長は口を真一文字にして、気合を入れていた。
こうしてみると、失恋のショックを全く引きずらない。
部長は、本当に鳥が好きなんだな。
一月の終わりは、スキー合宿があった。
毎年一回、三年生以外はスキー合宿に行くために福島のスキー場に行くことになっていた。
そして、このスキー合宿は『バードウォッチング部』では恒例の行事もあった。
それは、早朝のバードウォッチング。オオハクチョウの水浴びを見に行く掟があった。
「スキー合宿とは、なんだ?」
「僕の学校で、毎年一回三年生以外全員参加の学校行事だよ。スキーを楽しむものだけどね」
「ほうほう」と、ハシブトが頷いていた。
「喜久は、スキー張り切り過ぎるからな。スキーで疲れてすぐ寝ちゃうし」
僕と安志は、スキーが得意だ。というより、運動神経には勉強より自信があった。
中学の時は、運動部の助っ人として参加したな。
陸上部とか、野球部とか、サッカー部とか。
中学は違うけれど、僕と安志にはそんな共通点があった。
「安志だって、スキー得意だろ」
「まあな、滑るものはなんでも得意だ。ハシブトさんもスキーは得意なの?」
「わしは、やったことないぞ。なにせカラ……」
「ハシブトは、やったことないぞ」慌てて僕は声を挟んだ。
『カラス』ということは、学内でタブー。うっかりハシブトの正体を言うわけにはいかない。
「カラって?」
「カラ、カラ、辛いものが大好きなんだよ、な。ハシブト」
「わしは、辛いものは苦手だぞ」
ハシブトは、全く空気を読まない。僕は、苦笑いをするしかなかった。
安志は、それでも「そっか」で聞き流してくれた。
「メインはあくまでスキーだ、だがこのことは内密にな」
「ええ、分かっていますとも」
「じゃあ、二日目早朝に集合ってことで」
「ああ」部長の指示に僕と安志は、手で双眼鏡の形を作って互いに前に突き出す。
一応、『バードウォッチング部』の合図だ。
ハシブトは、難しい顔で僕たちを見ていた。
それは、スキー合宿で行う『バードウォッチング部』の掟。
昔からできた、この部活が長い伝統で繋がっている気がした。
僕は、そんな時にあることを考えていた。
(カラスって、スキーができるのだろうか?)
単純にそんな疑問があった。




