17
放課後、僕はハシブトと廊下で大きな荷物を持って歩いていた。
大きいダンボール箱を僕が持ち、小さいダンボールを持つハシブトと一緒に歩く。
担任の脇坂先生に頼まれた代物で、意外と重かった。
「これ、試験かなんか入っているのか?」
部活中だけど、脇坂先生に言われて双眼鏡を首にぶら下げたままダンボール運びをしていた。
実は僕の担任でもある脇坂先生は、我が『バードウォッチング部』の顧問なのだ。
両手にずっしりくる重さは、かなり重かった。
隣でハシブトも同じようにダンボールを持って歩いていた。
「そうだな、少し重いな」
「早く教室に戻って、部活に行こう」
そう言いながら、授業に解放された生徒と何人かすれ違う廊下を歩いていた。
「ハシブト、さっきの話だけど……」
「イラストの事か?」
「ああ、ちゃんと話す時間がなかったから。どう思っているんだ?」
「わしは、あの生徒会長の孤独を癒しに行こうと思う」
「そうか……だけど、どうやって?本当に孤独かなんてわかるのか?」
大きくてよく見えないダンボール、慌ててくる前の生徒とぶつかりそうになるのを回避した。
冷静に考えてあの生徒会長、まともに口すら聞いてもらえない。
「そうだ、彼女は壁を作っておる。見た目には分からぬが」
ハシブトは、そういいながら立ち止まって持っていたダンボールを下ろした。
「どうした、重いのか?」
「喜久よ、これを持って見るがいい」
「腕がしびれたのか?」
「わしにそのような心配は無用だ。とりあえず持って見るがいい」
ハシブトの勧めで、僕は自分の持っていたダンボールを床に置いて、小さなダンボールを持ち上げようとした。
だけど、全く動かない。
なんだ、この重さは。僕の額から汗がだらだら流れ、歯を食いしばっても上がることがない。
「な、……なんだこれは……ダメだ」そして僕は、床にそのまましゃがみこんでしまった。
「人は見た目と中身が異なるというものだ。そして、人は見た目を作り変えることができる。
このダンボールもそうだ、同じ箱の形をしているが重さも中身も全く違う。彼女は『孤高』な壁を作っていた」
「でも、孤高だとして中身はどこにあるんだ?」
「彼女の中身が、あのイラストにある。それが彼女の本質だ」
「彼女は、あのイラストのような人になりたい?」
「そういうことだ」
ハシブトは笑顔を見せていた。まだ僕は、理解できなかった。
「イラストに描かれた器は素晴らしい、あれこそ彼女の性格が出ておるぞ」
「性格が出ている?」
「さよう、彼女が出てきたときは『作務衣』を着ていただろう。女性が着るのは珍しいが」
「なんだ、作務衣って?」
「簡単な話、職人が着る着物のようなものだ。
普通は男性の職人が着るもので、彼女は漆職人の娘と行っておったそうだな」
ハシブトの言葉、確かに美野里はそんなことを言っていた。
それよりも、ハシブトは僕が持ち上がらなかった小さいダンボールを、軽々と持ち上げた。
(こいつ、一体何者だよ)などとツッコミを入れつつも、大きな段ボールを持ち上げた。
ん、なんかさっきよりすごく軽く感じるな。
「ああ、生徒会長も職人の娘ってやつだろう。職人って一般的に頑固で、一途だし」
「そうだな、そうでなければならぬな。
職人は頑固で、孤高で、常に何ものにも惑わされない心が必要だ。
そうでなくては、職人の心が漆器に写るからな」
「ハシブト、詳しいな」
「わしは、漆器が大好きだからな。特にキラキラ輝いているものが大好きなのだぞ」
そんなとき、僕は前が見づらいながらもようやく教室を見つけた。
ハシブトを先に行かせて、僕は後から教室に入った。
「喜久、前にデートの時に生徒会長を調べたそうだな」
「ああ、部長に聞いたのか。ちょっと待っていて」
ダンボールを先生に言われた通りに教壇そばに置いた。
ハシブトも、重そうな小さなダンボールを置くとなぜかミシミシと音がした。
本当に何が入っているんだろう、これ。
などと思いながら、僕の胸ポケットにある生徒手帳を開いた。
「『黒田 嵯毅』。趣味は一人でいること、彼氏はいない、成績優秀で、中学からトップの成績。
家から近いだけで進学校に通わず、この学校を選んでいる。
後は狼を飼っているとか、空手で熊を殺したとか、取井出市の市長の娘とかいろんなデマもあるが。
総称して、プライベートを明かさない。ミステリーな雰囲気に惹かれてふった男子の数、四十名ほど」
「いろいろ調べておるな。では、好きなものは?」
「好きな食べ物は、納豆」
「そうではない、本当に好きなものだ」
「う~ん、それは分からない。あの生徒会長、鋭くて監視も……えっ?」
そんな時、僕はあるものを見つけた。
すぐさま、自分の机の方に駆け寄った。取り出したのが双眼鏡。
双眼鏡で一つ校舎を挟んで見える生徒会長室を見た。
双眼鏡から覗き込んだ生徒会長室のカーテンが、この時だけは開いていた。
「え、うそ……」
「何かあったようだな、喜久」
「ハシブト、見えるか?」
僕は持っていた双眼鏡を、ハシブトに貸してあげた。
「行くぞ、喜久。今こそ、彼女の孤独を癒すチャンスだ」
ハシブトは、すでに動いていた。僕も、彼女について行った。
僕たちが見た生徒会長室では、生徒会長にある異変があったから。




