15
冬の夜は、とにかく早い。
周りはすっかり暗くなっていた。
部活の活動を終えて、安志や部長の家と反対方向にある僕の家はハシブトと一緒に帰っていた。
僕たちの家は、取井出市ではかなり田舎の方。市街地から離れていて、結構歩いていた。
途中のコンビニで僕は肉まんを買って、それを半分にしてハシブトに渡す。
目を輝かせたハシブトは、おいしそうに肉まんを食べていた。
こうしてみると普通の学生だよな、美人で、愛らしい普通の女子高生。
とても元はカラスには見えない。
コンビニを抜けると住宅街が見えた。
周囲は、高級感のある家々が並ぶ。このあたりは旧家が多く、家一軒一軒が大きい。
僕たちのような庶民の家は、さらに少し遠いのだが。
「部長は面白いな。すぐ赤くなる、不思議なものだ」
「お、おい、何言っているんだよ」
ハシブトは、肉まんを口に入れて言ってきた。
「一緒にいるときは汗をかくし、何もしなくても体は小刻みに揺れるし、しゃべり声もガタガタする。
二人でいるだけで、激しい運動をしたかのように汗だくだ。これほどまでに汗っかきなのだ。彼は?」
「それ、たぶん違うと思う」
「違うのか、ふむ。人間は難しいのだな」
何かを考えるしぐさを見せるハシブトも、またかわいらしかった。
ハシブトは絶世の美女、穏やかな笑顔で癒されるほどだ。
世間と少しずれているところを覗けば、地元じゃあ偏差値の高いこの学校の編入試験だってパスするぐらいだ。
僕と安志が生徒会長のことを再びリサーチし始めている間、ハシブトは部長と一緒に告白の練習をしていた。
その時にハシブトが起きた部長の動きを、僕に話してくれた。
こうしてみると、普通の女の子に見えていた。
「まあ、ハシブトがそれだけ美人なのだろう……て、おい」
「ゴミ捨て場だ、いい匂いがすると思ったら」
そういうと、いつも通りハシブトはゴミ捨て場の方に駆け寄った。
こういうところが、カラスの習性そのままなのだ。
きっとハシブトの彼氏になったら、苦労するんだろうな。
などと思いながら、僕は相変わらず引きとめるのが習慣になっていた。
「ハシブト、やめないか。みっともないぞ!」
「いいではないか。夜だし、誰も見ていないだろう」
いつの間にか手にしたビニール袋を、嬉しそうに僕に見せていた。
「ハシブト……まったくもう」
「たまらぬのだ、ゴミ捨て場は」
そういいながら、ビニール袋を一つビリビリと破いていた。
匂いは、決していいものではない。それはそうだ、当然ゴミだからな。
苦い顔で、僕は鼻をつまんでいた。
それでもかまわず、ハシブトが僕を引き離してビニール袋の中から出してきたものは、
「雑誌だ、かわいいな」
「ハシブト、みっともないぞ」
だけど、僕の話をあまり聞いていないハシブトは、持っていたボロボロの雑誌をじっと見ていた。
僕は、ハシブトの上から雑誌に覗き込む。
「かわいい服だな、今はこういう服が流行っているのか?」
「女子向けの、ファッション雑誌か」
「わしも、こういうのを着てみたいな」
「ハシブト……そうだな。うわっ、結構高いな」値段を見て、僕はまた驚く。
ファッション雑誌に載っている女は、かわいらしく笑顔を見せていた。
前に、美野里のお土産で買ったこともあるので、普通の男より詳しい。
ゴミから拾ったファッション雑誌を見るハシブトの目は、やはり女子の目を見せていた。
「かわいいな……」
「着てみたいのかハシブト……あれ?」
そんな時、ありえない人物がゴミ捨て場に現れた。
ゴミ捨て場に、現れたのが灰色で無地の甚平のような服を着た女。
ミディアムヘアーに、凛とした気難しい女は間違いなく生徒会長だ。
「黒田生徒会長?」
「な、な、な、なんで、いるんですか?扇君?」
その顔は普段の気難しい顔ではなく、今までに見たことないように取り乱していた。
すぐさま、逃げるように浴衣のような姿で夜の闇に走っていく。
「これ、生徒会長のモノですか?」
「知らない、私のではない!断じて違う!」
気になった僕は、逃げだしていた生徒会長に声をかけた。
顔は、赤くて驚いた様子だ。そんな生徒会長の行き先には、大きな木の門が見えた。
大きな門の先には、大きな屋敷もあった。
空いている門に飛びこむ生徒会長、追いかけて行ったが突入できずに重そうなギギギッと門は閉まった。
「生徒会長……あれは?」
「ほう、あのファッションは懐かしいな。わしも知っておるぞ」
後ろからファッション雑誌を持ったハシブトが、いつも通りの顔で僕を見ていた。




