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私は、何をやっても駄目だ。
上手くいくことがない、これで何人目だろうか?
それなのに、そんな私をなぜ好きになる?
私は、ずっと一人でいたいだけなのに。
暗い倉の中、私はいつも一つの事を考えていた。
ここはひんやりとして、気持ちがいい。私のお気に入りの場所だ。
倉には、多くの私の子供たちが眠っていた。
私は、不意に私の子供に手を手にした。
だけど、私は子供をコナゴナにした。
もっと、きれいな黒が出ない。
誰が見ても立派な黒が、どうしても出ない。
だから私は孤高にならないといけない。
そう、それを信じてまた向かっていく……
ハシブトの転校から一週間ほど、ハシブトの周りの環境ががらりと変わった。
季節外れの転校生のハシブトは、クラスであっという間に人気者になった。
見た目はきりっとした顔の美人でありながら、穏やかな性格は男女ともに人気があったからだ。
僕とハシブトに教室に入ると、騒然としていた。
集まる視線は、ほとんど僕と一緒に入るハシブトに向けられた。
男子はもちろん、女子までもハシブトのことを好意的な目で見てきた。
「ハシブトちゃん、おはようね」
「お、おはようございますっ、ハシブトさん」
「うむ、おはよう」
男子学生が、アイドルの様にハシブトを扱う。
女子たちも、ハシブトの周りに人が集まっていた。
ハシブトを生徒たちが囲んで、あっという間に僕ははじかれてしまった。
人に囲まれた、ハシブトは黒髪で白肌の美人だ。
すらりと立った背の高さに、穏やかな笑顔を絶やさない。
美野里がハシブトに抱きついて、孤独を癒した大きな胸。
だから僕はクラスで噂されるハシブトが、眩しくて羨ましかった。
穏やかな笑顔を見せて、周りには人が集まって、自然と笑顔がはじけた。ハシブトがクラスの空気を変えていく。
人に囲まれて、輪ができるハシブトから少し離れて僕は自分の席に着いた。
(ハシブトは、人気だな)
遠巻きで見ている僕は、教室に入るなり距離を取るのが最近の日課だ。
「よっ、喜久」
冬でも肌が黒くスポーツマン風の男子が、手を上げて僕に近づいてきた。
彼の名は、『小椋 安志』。僕と同じクラスメイトで親友。
スポーツ刈りの安志は、相変わらず爽やかな笑顔を見せていた。
「なんだ、安志か。ハシブトなら向こうだ」
「何をひがんでいるんだよ。俺は、喜久に用があるんだ」
ブレザー姿で、カッコいい顔立ちの安志。爽やかな雰囲気を持って、短髪の彼はイケメンだ。
もちろん、彼も女子には人気の男で女子の視線が常に彼に向けられていた。
ほら、遠くの女子が今も安志に熱視線だ。
そんな安志も頬杖つく僕の隣で、人だかりができる方を覗いていた。
安志とは同じ部活のよしみということもあって、僕は彼とは仲がいい友達の一人。
運動神経もよくて、運動部からしょっちゅう誘いが来る安志。
だけど、安志はウチの部活の部員の一人。
もったいないというか、ふさわしくないというかそんな安志を、ある日部長が連れてきた。
「それにしても、扇一族にあんな美人ないとこがいるとは思わなかったよ。
一個下の妹も、すんごくかわいいし」
「ま、まあな」
「特にハシブトさんって、ホントすごいよな。
成績優秀で、スポーツ万能、気立てのいい美人な上に、巨乳だぜ。
これだけのパラメータを持っている美人は、悪魔の生徒会長ぐらいだな」
そういって、安志がちらっと眼をやったのが一番前の席に座る一人の女子。
落ち着いた顔で、行儀よく座っているミディアムヘアーの女は、いつも通り前を向いていた。
確かに美少女と呼ぶにふさわしい顔で、女優としてもやっていけそうな整った顔。
だけど、いい噂をほとんど聞かない。
「黒田生徒会長か、あの人はすごく難しい相手だからな」
「ああ、全くだ。あの生徒会長には、人を寄せつけないオーラがあるからな」
「安志、本当にごめん」
生徒会長の顔を見るなり、ある失敗を思い出してしまった僕は謝った。
安志は、穏やかな顔で指を立てていた。
「喜久、あれはしょうがない。不可抗力だし」
「でも、あんなに早く手回しをしているとは……」
「特別なんだよ、彼女は。こういっちゃなんだが、あんなひねくれ者にはどんなテクも通用しない」
安志が強く言うと、生徒会長は一瞬こっちをチラリと見てきた。
慌てて、僕達は視線を逸らした。
――それは、一週間前の事。
三学期最初の通学の時に、問題は起きた。
生徒会室が貼り出す掲示板、そこに書かれたのが生徒会長にフラれた人間を貼り出したもの。
生徒会長は見た目通りの美少女だ、だから好きになる男子は絶えない。
高貴な生徒会長だから、好きになりたい気持ちは分からないでもないが。
見た目もあって男子から何度も生徒会長は告白されていた。
そんな告白される生徒会長は、告白して振り続けていた。ふった相手を生徒会広報誌として掲示した事件。
そして、その名前にはなぜか僕の名前が書かれていた。
意外だったし、僕自身も驚いていた。
当然、男子はもちろん女子たちから反発を受けていたけれど当の本人は相変わらずだ。
「私に告白して、フラれるのが悪い」と一蹴してしまう。
この生徒会長は、とにかく性格に難があった。
『冷酷無比』だの、『悪魔』だの『独裁者』だのと揶揄された。
それでも生徒会長を引きずりおろされないのは、成績が優秀で仕事がよくできるし、生徒会長をやりたがる勇者も現れないこともあった――
戻って教室、生徒会長は再び前を行儀よく向いていた。
僕と安志は、小声で話を続けていた。
「それにしても喜久の名前とは……」
「本当にごめん、僕が気づいていれば……」
「まあ、あの生徒会長じゃしょうがない」
安志の言葉に、僕はため息をついていた。
そう言えばあの掲示板から、なんか女子が僕を見る目がきつくなった気がするし。
「そうそう、文化祭で生徒会が嫌いな人間アンケートとかやったりしていただろ。
あの生徒会長に嫌われると、部活動も消されるぐらいだからな」
「ウチの学校、野球部もそれで廃部にさせられたしな」
「幸い、まだ喜久以外には被害が出ていない。
やることが極端っていうか、プライベートもあったもんじゃないよな。
でも、人間って面白いもんだよなぁ。あんなにひどい悪魔なのに、それに惹かれる人間もいるのだから」
安志は、遠目から生徒会長の後姿を見ていた。
「あまり見ないほうがいい、またやられるぞ」
「そうだな。それより副部長」
安志が僕のことを部活の役職で呼んできた。
実は同じ部活に僕の方が先に入ったから、建前上『副部長』になっていた。
この役職で呼んでくるということは、部活の話をする彼なりの合図でもあった。
「安志、どうした?」
「今日は活動やるのか、部活?」
「部長から連絡があって、今日もこられないみたいだ。
でも三学期入って全然活動しないし、今日はさすがに部活やろうか」
「部活とはなんだ?喜久」
と、そこに見せたのがいつの間にかやってきたハシブトだ。
さっきまで生徒たちに囲まれていた人気者は、飽きたのか解放されて僕たちの方にやってきた。
「あっ、えと……あまりハシブトにはおすすめできないが、僕は部活を……」
「ハシブトさん、部活まだ決まっていないよね?」
すると、すぐさま安志がハシブトの手を取ってきた。
いつも通り穏やかで爽やかな笑みで、安志をじーっと見ていた。
「それで、部活とはなんだ?」
「副部長、ハシブトさんも今日は体験入部させようぜ。
この部活、すっげぇ楽だから。おすすめだよ」
「ほう、楽なのか」
「そうそう、俺が安志。で、ハシブトさん、こっちが副部長の喜久だ」
「何勝手なことを……」
「いいじゃんよ、ハシブトさん、絶対気に入るって。俺たちの部活、特に女子部員は欲しかったんだ」
いたずらっぽく笑う安志は、何か企んでいるようにも見えた。
僕は、やれやれと言った顔でハシブトを見ていた。
「やはり聞くが、部活とはなんだ?」
ハシブトは、その質問の三回目をしていたからさすがに観念した。




