プロローグ
地平線の彼方まで広がる荒野で俺はひたすら剣を振るい続けていた。所々に点在する一枚岩以外は目立つものが何もないこの地にいるのは、俺とホーンバッファロー(以下牛さん)という、毛むくじゃらの頭部から角が横方向に異常に伸びている牛型モンスターの群くらいであろう。まばらな草が生えている程度で、不毛の地というのがぴったり当てはまる。時折吹く風が砂を巻き上げ、それが目の中に入りそうになるが、スキルのおかげで視界が遮られることはない。
「だあああああ!!」
俺は一人雄叫びを挙げ、西部劇のように沈みゆく夕日を背に、縮地技術を使用して疲れた牛さんの背後に回ってしっぽを切り落とす。すると牛さんは耳障りな甲高い断末魔を上げて光の粒となって消滅したのであった。ちなみに尾の根元から血などは出ない。小さなお子様でも楽しめるようにとの配慮(実際にはアメリカのPTAに文句をつけられ、訴訟寸前になったので止めただけ)だ。戦闘に敗れればポータルのあるスタート地点の旅立ちの街に戻されるだけで、そのほかのペナルティは一切なし。所持していたバーチャルマネーが減るわけでもなし、ましてや幾何の間動けなくなることはない。
しかし、ほとんどの敵が無暗に武器を振り回しているだけでは僅かなダメージすら与えることが叶わないなど妙に難しい点もあったり(子供がモンスターを倒せず精神的な損傷を受けたなどと言って、やはり訴訟寸前になりかけたので、ビギナーズグラスというスラ〇ムやゴ〇リンもびっくりな雑魚ばかりのエリアが設けられた)、リアルマネーを要するサービスが存在しないなど玄人向けな部分も存在するのがこのVRMMO『フォーチュン・オンライン』だ。
通称FORLINE、フォーラインと呼ばれ、至線とも称される一方、このゲームのアンチファンや仮想現実を使用するゲーム自体に反感を持つ団体からはFOOLともあだ名される。まあ、何か新しいことをする→訴えられかける→対策を取るのループを繰り返しているのを見ると運営はその通りアホなのかもしれない。
とはいえ、動けば疲労は現れるし汗も出るなど、作りは非常に仔細でリアリティに富んでいる。その辺の雑草や砂埃も現実と大差ない。街のすすけたレンガも、葉っぱも、毛穴さえもほぼ完璧に表現されている。初めて見たときは驚きを通り越して感慨さえわいてきたものだ。
この点に惹かれる人も多く、現実では見られない景色を求めて、リタイアした老夫婦が登録することも多い。俺も勧誘特典求めて絶景マニアの友人を誘ったのだが、初めてこの世界に来たときの騒ぎようったら、なかなか忘れられない。ちなみに奴のレベルは半年近く先にプレイしていた俺より八も上、どうしてこうなった……。
仮想現実技術が現実のものとなってから十年が過ぎたが、このフォーラインに太刀打ちできる作品は今のところ存在しない。それはそうだろう、このゲームの運営会社のオーナーは世界的大富豪で、湯水のごとく莫大な金を開発費につぎ込んでいるのだから。
今から五年前、巨大企業ヘイムダル・インターナショナルの総帥が会議中、突如老若男女に熱い時間を過ごしてほしいと思ってしまい、金融機関や米国政府の元高官が設立したファンドと一緒に仮想現実技術を開発した会社を途方もない金額で買収したのだった。
ちらっとフリー百科事典でその額を見たのだが、彼自身の負担額は到底道楽に使えるとは、いや個人が出せる金額とは未だに信じられない。あれだけの金額があれば、野球やサッカーのシーズンチケットや豪邸、高級車をごまんと買えそうである。そして、開発会社の技術を使用して、氏は運営会社を設立したのであった。
そんな訳で、初期費用以外は無料というありえない金額設定でもう一つの現実が体験できる。他のゲーム会社が敵うはずもない。そもそも土台が違いすぎるのだから。まあ、こんなとんでもないことを思い付きで実行してくれるオーナーにはユーザーとしていくら感謝しても足りないのではと思うほどで、使える金の限られた学生の身分としては大変ありがたい。
さて、もうそろそろ帰るべき時間だろう。いい加減勉強しないと、友人たちと組んでいる夏のエリア攻略作戦への参加に支障をきたしてしまいかねない。
この日は大きな収穫を得た。経験値のわりと高い牛さんを百匹も狩ったのでレベルが一つ上がったし、レアドロップである高級食材バッファロースの塊を十個も手に入れてしまった。目の前のメニューのアイテム欄のその名の項目にはレアランクが表示され、七つの枠の中で輝く四つの金色の星に思わず見とれてしまう。全部売って武具を新調するか、一つくらい食べてしまおうか迷いものだ。