5-1 来客です
ジィジにバウムクーヘンを強請って直ぐだった。
私以外の、唯一の幼い女児の声が、私達を呼び止めた。
「何だ鬼の姫よ?」
ん? ジィジ? 相手お姫様だよね? 何かすっごい上から目線な物言いじゃない?
お姫様萎縮してるよきっと。
「……っ、何故殺したのじゃ?」
あぁ、やっぱり萎縮してた。それを悟られまいと、虚勢を張ったんだろう。だから思ったよりも大きな声で、その疑問はぶつけられた。けれどもコレには、私達だけでは無く、聞こえていた狐側も『は?』と、声にこそ出していないが同じ事を思っただろう。
「御前試合では、命の取り合いはせぬと妾は習ったぞ。なのに━━「姫様!」
鬼姫様の口を侍女が慌てて塞ぎ、護衛の1人が「申し訳ございません」と謝罪する。
「姫様は、御前試合について未だ完全には理解しておらず……」
「は?」
その声は、私でもジィジのでも無かった。
息子の亡骸の側まで来ていた、母親狐のものだ。
「自分の行動がどういうものか、理解していなかったの? そんな曖昧な判断で……殺し合わせたの?」
鬼姫様は、他者から本気の殺気を向けられた事がきっと無いのだろう。守るように抱きしめている侍女の腕の中から、小さな悲鳴が聞こえた。
ていうか『殺し合わせた』って言った?
「ジィジ、今回は王族の命令じゃ無いって言ってなかった?」
解説プリーズと、目で訴える。
「その通りだ。だがな、完全に無関係な下々の喧嘩の審判を何故王族がするのか、疑問に思わんか?」
そうだ。王族だって暇じゃ無い。公平に審判を下すためと言うのなら、同じくらいの家が審判すれば良い。王族である必要は無い。
「ただのタイミングの違いなのさ。王族が『暇じゃ余興に戦え』と言うのが先か、揉めてる有象無象の輪にしゃしゃり出て『見苦しいから戦って白黒つけよ』と命じるか」
今回は後者だったのか。そして、あの母親狐の反応を見るに、正に目の前の鬼姫様がソレを言い放ったんだね。
「ソレでも殺すのは……!」
また何か言おうとした口が塞がれた。
「そっちの教育はどうなってんだ全くよぉ」
呆れるジィジに、鬼姫様の護衛達がどんどん暗い顔つきになっていく。
「王族が動くってのは、ソレ相応の理由あってこそ。目下のモンが下らん理由で動かしたんなら、尚更ケジメをキッチリつけなきゃなんねぇ」
そっか。つまり今回の騒動って、幾つかの思惑も絡んだんだろうけれど、元を辿れば鬼姫様なんてビックな存在が動いたから大きくなったんだ。きっと彼女が出て来なければ、良い感じの落とし所を見つけて終わった。御前試合なんて名目で私が駆り出される事は無かった。
何を思って彼女が今回首を突っ込んだのかは知らないけれど、……軽率だったって事だね。
「チッ……、何でお前さん等が先に教えて無ェんだ」
再び歩き出すジィジの目を盗んで、なんとなく鬼姫様の方を向いた。
すると、泣き始めた彼女は面を外していて、その素顔に私は固まった。
…………柊恩寺 簪。
『碧天は今日も』の展開を左右する、重要な少女だった。
***
水が流れ込む。
美しかった水晶の洞窟は、今や巨大な棺桶だった。
最奥の少女の髪はザンバラに斬られ、不釣合いな大きな絹の着物には、ビッシリと逃亡防止の呪詛が織り込まれている。瞳に光の無いボロボロの少女は、入り口の少年に気が付いた。
「なぁ、天狗の……、妾は何を間違うた?」
「姫」
「妾……妾はただ理由が欲しかったんじゃ。此処に居て良い理由が欲しかったんじゃ。誰かに迷惑をかけようという気など無かった。普通に生きて死にたかった。恨まれたく無かった。憎まれたく無かった。だから、誰とも反発せぬように、物分かり良く静かに生きていたんじゃ…………なのに、その結果が何故こうなるのじゃ?」
「だからっ、助けに来たんだろう!」
「……答えになっておらんな。……もう良い。妾はもう疲れた。この呪詛はお前には解けん。疾く失せよ」
水の流れる量が増し、水位が少女の首元まで来る。
「姫!!」
「くどい」
少女はそう告げると涙を流し、己の舌を噛み千切った。
『碧天は今日も』 10巻 72話『水晶の花嫁』より




