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48-1 ジィジは最強です

「えいや!」と壁を叩くと、そこがクルクル回って半開きで止まった。


「はい、ゴー!」

「これ入ってしもたら、紫陽花女撒いてしまうんちゃうやろか?」

「だいじょーぶ だいじょーぶ」


 プイプイに飛び込んでもらうと、少ししてから薄暗い通路が……


 ドゴシャアアア!!


 はい、明るくなりました。

 理由は簡単だ。紫陽花の女が壁をブチ破って、そこから光が入って来たからだ。


「今更やけどさっきからこの空間壊し過ぎちゃうかなぁ!?」


 此処に来るまでの間、確かに何処もかしこもボロボロになっている。

 でも考えてみてほしい。

 私達が自然に外へ出されていないという事は、まだまだ此処の術式を維持している奴が居るって事だ。


アイツ(紫陽花)をかたずけるまえに、ジュツシャが精神崩壊おこしたらラッキーだよね」

「ちょいちょい物騒な言葉が流暢やの何なん?」

「そっちのが、ジィジが可愛いって」


 言ってた時、かなりお酒飲んでたけどね。


「ジジイ締める」

「やさしくよ? 今からジィジたよるんだから」

「そうなん?」


 うん。漸くさっき言いかけてた化け物殺しのセオリーの話に戻れるよ。


「バケモノはね、同レベ以上のバケモノぶつけるのよ」

「それってつまり━━」

「ついた! 兄ちゃん、あたまさげて。プイプイはスライディングでぜんしんね」

みゃご(ハゲる)みゃ(けど)ごぉぉ(自棄)おおお(じゃああ)!」


 プイプイが死ぬほど高速で滑っていく先にあるのは、問答無用で壁だ。それもモルタルだろう。


 けれども、私には見えている。

 紫陽花女が、あの壁を壊す未来。

 そして━━━━、




 ***



(三人称)


「あー、はいはい。そういう事かぁ」


 彩雲は6畳ほどのお題解(・・・)決方の(・・・)一室で、阿万寧と向かい合わせに座っていた。

 彼女との間にある卓袱台には、随分と怯えながら書いたと思われる文章の綴られた紙切れが一枚。


「なぁ、鵺の姫」

「は……はい」


 阿万寧は、低い彩雲の声にガタガタ震えながら返事をする。真っ青に染まった顔はずっと下を向いたままで。


「お前さん、この事は知っとったか?」

「知りません……でした」


 胡座をかいて肘をつく彩雲は、それはそれは綺麗に微笑んでいる。

 だが阿万寧の方は、体が芯から冷えていく感覚しか今は無い。


「ふむ……嘘は吐いておらんようだな。いやぁ、良かった。もしお前さんもグルなら、


 ━━この場でくびり殺しとったわ」


 赤い眼の奥に滲んだ狂気を見て、とうとう阿万寧は耐え切れなくなった。

 震える体に叱咤して、驚くほど素早く土下座をし始める。


「我が一族の者達が、誠に申し訳御座いませんッ!」

「良い良い。お前さんは無関係なんだろう」

「この紙に書かれている事は存じませんでしたが、全くの無関係という訳では御座いません。大叔父達から、このお見合いが上手くいかない場合、我が幻月(げんげつ)領が危機に瀕すると聞かされておりました」


 彩雲は「ふむふむ」と、扇で手遊びをしている。


「それは、儂が お前さん等を滅ぼす という意味か?」

「そこ……までは、分かりかねます」

「おっと、無意識に圧をかけとったか。子ども相手に大人気ない事をした。すまねぇな」


 物理的に苦しかった呼吸が、ほんの少しだけ楽になる。しかし、現状は何一つ変わっておらず、罪悪感で既に潰されそうな阿万寧の息苦しさは、やはり続いた。


「上手くいくっつーのが、こうなるとどっちの意味なのか……あぁ、浅はか極まりねぇお前さん等は、ここに書いてある通りになるのが、そういう事なのかねぇ? お前さんとしちゃどう思う?」


 それは所謂、密書という物だった。

 彩雲が塵のように摘む紙には、この見合いの本当の狙いが書かれていた。


 阿万寧を夜凪の婚約者としてやがて嫁がせるのでは無く、彩雲の後妻として嫁がせ子どもを産ませて鞍馬の実権を握らせる……という。


 準備万端とばかりに、手紙の横には透明な袋に入れられた錠剤が二粒置かれていた。

 どういう効能かは書かれていないが、既成事実を作るのに役立てろという旨が紙に書いてある。

 ……そういう事だろう。


「儂は胡富一筋でなぁ。この手の悪ふざけは本気で嫌悪感しか無ェのよ。萌芽爺さんには世話になったから冷たくしたか無ェが……もし今後、ウチにこんな飯事遊びさせんなら、領地が荒れ野になるって伝えてくれや」

「しょ……承知致しました」


 彩雲は天井を仰いで考え込んだ。


 ━━にしても、一体何が鵺をそうさせたんだろうなぁ……此処から出たら、藤にそのまま調べに行かせるか。


 目を静かに閉じて、肩をぐるんぐるん回しながら、彩雲は立ち上がった。


「如何なさったのです?」

「準備運動さ。因みにお前さん、結界は強力なの張れるかい?」

「え、まぁ……得意な方ではありますね」

「そりゃ良かった。じゃ、自分の身は自分で守りな」


 不穏な台詞に、思わず阿万寧の表情が引き攣った瞬間だった。


 ガシャアアアアアアア━━━━


「キャアアアアアア!!」 ←阿万寧

「みゃごおおおおお!!」 ←プイプイ(萌芽)

「うわぁ!?」 ←夜凪

「ジィジきたよー!」 ←七夜月


 様々な声が聞こえる中で、彩雲はそれはそれは好戦的なギラギラした笑みを浮かべていた。


 彼にとって、有象無象の弱者ばかりと成り果てた世界で、久方振りに骨のある相手だ。当然と言えよう。


 拳がぶつかる。


 己と同等のである筈の強さを持つ紫陽花の女を、


 力の限り。


 周囲の全てを文字通り巻き込んで。


 まるで大気圏を突破したスペースデブリよろしく、燃え尽きるほどの勢いで……。


 音速も、高速も超えて。


 ━━━━彩雲は殴り飛ばした。






 風と霊力の衝撃波が周囲を嵐の後のように破壊した。


「常に今の自分を超えられる存在でありてぇよな」

「ジィジかあっくいー!」


 2名と1匹が、後ろでひっくり返っているのを他所に、一仕事終えてとても爽やかな汗を拭う仕草の彩雲と、その周りを元気に七夜月がウロチョロし始めた時、漸く彼らを閉じ込めていた鵺の術は、解除されたのだった。

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