45-1 主人公たる所以です
(三人称)
「野暮なオバはんやねぇ、家族との挨拶くらいゆっくりさせぇや」
彼の脇差は、全ての攻撃を完璧に受け止め跳ね返していた。
その際、一切攻撃を仕掛けた敵は見ていない。
紅い瞳は、妹が消えた場所を静かに見守っていたままだった。
紫陽花の女は異常を感じ取った。
拳にも、翼にも、腐蝕の効果を乗せていた。
だというのに、脇差にその効果の兆候が見受けられないのだ。
再度、翼を模した影の先で細い体を蜂の巣にしてやろうと回数、そして速さも倍になる。
しかし夜凪は、やはり全てを受け切った。
それどころか右の手首を切り落とした。
「ようあの子の可愛い手ェ、グズッグズに溶かしよったなぁ」
右は、七夜月が紫陽花の女の腐蝕により怪我をした方の手だ。
今までの温厚さがガラリと塗り替わる。
これから獲物を痛ぶる獣のような残忍な笑みを浮かべる夜凪に、紫陽花の女もまた、口が裂けそうな程口元を綻ばせた。
指を刃の側面に滑らせる。
氷のように冷たい霊力が走り、硬度が増す。
真上から来る拳を避ける。頭部の紫陽花が一斉に己の方を向いた瞬間に、胞子が爆ぜる事を悟った夜凪は息を止めた。
素早く伸びてきた紫陽花を全て切り裂く。
寸前に腐蝕のガスが顔面を襲い、顔の皮膚が黒ずんで溶けたが、霊力を巡らせ直ぐ元に戻す。
急所であればある程、傷の治りはどの妖も遅い。故に、必然的に一緒にガスを浴びた目はまだ完治していないが、ソレでも紫陽花の女は立て続けに攻撃を繰り出す事が出来ない。
それは今までの少しの戦り合いで判明している。
つまりそこまで問題では無かった。
紫陽花の女がまた頭に花を食べ、今度は両手を広げた。
影が足元全てに広がり、空間の上下が逆さまになったのは、その直後の事だ。
夜凪の体も逆さまになって落ちる。
しかし彼は天狗だ。頭から激突して首の骨を折る前に、翼を広げて不時着した。
だが、重力に従って落ちて来たのは、夜凪だけでは無い。
先ほど足元を覆った影が、格子状に斧のような刃を形成した天井になって降って来た。
ゴシャァアアアアアンッ!!
轟音と共に煙が上がり、世界が白く霞む。
紫陽花の女は、「アヒャッ!」と笑う。
夜凪を殺したと判断したのか、違うのか、ずっと笑っている為判断は出来ない。
紫陽花の女の背後で景色が割れたのは、その笑い声が再び長く続くかと思われた時だった。
━━━━斬ッ。
そんな風が吹いた。
数は少ないが所持していた術符を使って、夜凪が転移をしたのだ。
夜凪の体は腐蝕と切り傷でボロボロである。腐り果てた皮膚を治す暇も惜しんだからだ。
そんな酷い有様だが、動く事は可能だった。
そうして真上から無駄も容赦も無く、紫陽花の女を左右に二等分にした。
が、紫陽花の女は真横にも居た。
━━植物系によくある繁殖か……。
「ヒャハハハハハ━━」
「黙れ」
ぶんと無造作に振った刀が、上半身と下半身を分断する。
すると今度は、前後から2体で来た。
「「ヒャハハハ━━」」
2体が斬られる。
「「「ヒャハ━━」」」
増える。爆ぜる。
「「「「ヒャ━━」」」」
増える。爆ぜて、残った分が斬られる。
繁殖と言っても記憶は引き継いでおり、紫陽花の女の認識としては、己が死んでる感覚は無い。
故にされた事、あった事を全て覚えている紫陽花の女は、己の状況が奇妙である事に気が付いた。
最初、この夜凪が絶望していた気配を紫陽花の女は確かに感じ取っていた。
苦戦もしていた。
そこから今現在までの時間は、5分にも満たない。
なのに何故、己だって数だけで無くスピードも上げているのに、赤子の手を捻るかの如く何度も何度も、手が届く前に斬られるのか……。
もう適応しているからである。
紅い目の残像が見えた瞬間、紫陽花の女は影の翼を再び出した。
今度は最初の時のような直線的な動きをさせるつもりは無く、一度散りじりにし、もっと不規則に動かして攻撃を当てるつもりで。
けれども尽く。
まだ翼を散らせる前に、夜凪は己の血液を撒き散らすのと一緒にソレを切り裂いた。
そしてそのまま、心臓を穿つ。
女の手が肩と背中に触れ、皮膚の腐蝕が始まるが、夜凪は今度こそ手応えを感じ、ソレを気にする事は無かった。
元より予測出来ていたからだ。
この一撃は暫く動けないくらいには、重傷を与えられると。
その手から力が抜け、腐蝕の影の海となった下へと、紫陽花の女が落ちて行く事も。
驚異的な直感と適応能力。
これらを組み合わせ持ち前のセンスで、『勝つための最適解』を導き出し、行動パターンを予測し対応する能力。
それが原作主人公にして、七夜月も一対一の場合恐る鞍馬夜凪の才能である。
━━運良く生き残った……。これで暫くは動けんはずや。後は此処からの出口を探すだけ。
足場が崩れ、紫陽花の女と会敵した際、ただでさえ閉じられた特殊空間の、更に隔離された場所に来てしまった事は把握済みである。だから七夜月を逃す手段が、適当に壁に穴を開けて放り込むといった物では無く、緊急脱出用のペンダントだったのだ。
━━これだけの強敵や。お題を出すタイプと一緒やったら、術者がなりふり構ってへん限り、半殺しでも扉が出てくる。
確実性をとるなら完全に生命活動が停止している方が好ましいが、大きく強力な術の行使には代償が必要だ。それは部屋一つに対しても例外では無い。
例えば弱い敵の居る部屋なら『完全に殺せ』というお題は簡単な為弱小な術に分類されるが、強い敵の場合だと殺害は困難になる為、強力な術に分類される。
こんな巨大な空間を作っているのだがら、とんでもない強敵の部屋が一つか二つ有ってもおかしくは無いが、そこにコストを掛けていると、彼は思えなかった。
しかし、夜凪は完全に認識を誤っていた。
此処は隔離空間ではあるが、お題解決方の部屋では無い。
紫陽花の女は、この術の範囲内に存在する強力な妖の強さを元に生まれた━━魔物擬きなのだと。
「━━ヒャハァ」
「……ッ!?」
振り向いた瞬間、夜凪の体は流星のように蹴り込まれて壁にめり込んだ。




