44-1 緊急離脱です ((激怒
(三人称)
群雨は、己の血で濡れた手を一瞥しながら目の前の女に鋭い眼差しを向けた。
脇腹がジワリと。
熱と痛みと湿り気で、不快感に苛まれる。
「あらあら? 人間の手で致命傷を与えられるなんて、意外でした?」
振袖を着た、10代後半だろう妖艶な女が笑う。
鵺の男達と話していた女と、同一人物だ。
細く、箸以上の重たい物は持った事がないと言わんばかりの手には、ライフルよろしく電動ハンマードリルがあった。
勿論安全な普通の工具のドリルでは無い。
先端のドリルが太刀のように長く、更には霊力で殺傷力を上げているのか熱を帯びて光っている。
ドリルというだけでも殺傷力があるというのに、先端の触れた床が溶けているのを見て、群雲は絶対に当たらないように注意を払っていた……筈だった。
「最近の陰陽師は……随分凶悪になったもんだな」
「まぁ、よく私が陰陽師だと分かりましたね」
「霊力を使う人間は基本的に陰陽師だろう」
「神職が背伸びをして妖祓いになった……という可能性は?」
「あぁ……そうだったなら、もう少し苦戦しただろうな」
あまりにも挑発的な言葉だ。
しかし、その挑発が意外にも効果的だったのか、女の笑みが深くなる。
「どういう意味です?」
「素人の動きは読み辛いが、お前の動きは、幼少期から訓練を受けたソレだ。足捌きや目線を観察すれば、大体次の行動の予測がつく」
「……成る程、中々の変態さんですこと。世の為になる殺しをするとなれば、俄然やる気が出て来ましたわ」
女の目が、獣のようにギラつく。
だが群雲も同じような表情で彼女を見据えた。
両者の間には、戸惑いも躊躇も無い。
最早、見合い相手では無く━━━━
━━━━私の目的のための礎。
━━━━俺の敵なのだから。
女の動きは術で強化されているのか、人間のそれでは無い。
足に車輪でも付いているのかと言いたくなる様な滑り込みによる前進。
術による強化が無くとも、使い方を誤ったドリルは元々怪我必須の危険物である。
群雲は完全に攻撃を避け、同時に女の背後に回り込んで背中を斬りつけた。
「貴方、クールな見た目に反して脳筋さんなんですね」
一瞬だけ傾いた女の口から、そう紡がれる。
その口が弧を描いていたのを叢雲は見逃さず、すぐさま女から距離を取ろうとしたが、ほんの一瞬だけ遅かった。
横に凪いだドリルが当たり、片腕が焼き斬られた。
「あぁ、首を落とすつもりでしたのに」
「……人間は、斬られれば俺達のように回復しないんじゃ無かったのか?」
妖にとって、戦えば腕一本持って行かれる事は珍しくない。
即座に持っていた紐で止血する群雲の声は、落ち着き払っている。
「ええ、普通はそうですよ。でも、不公平でしょう? そんな反則な相手に生身で戦うなんて。此方も対策くらい致します」
「妖を余程憎んでいるんだな」
キョトンとした女は、今度はクスクスと可笑しそうに笑った。
「憎んでなどおりませんわ。だって、私が愛している方は妖ですもの」
「? ……ッ」
血が溢れた。
群雲の口から吐き出された赤黒いソレに、女が「効いて良かった」と呟く。
「毒……」
見合いのための部屋に入ってから、群雲は一切の飲食を絶っていた。
やはり見合い相手のこの女が黒だと判明した時━━最初に受けた致命傷。
その時に、傷口から仕込まれたのだろうと見当づける。
━━焼いたり毒を盛ったり……どれだけの術を付与してやがるんだ? あの工具……。
気になる所ではあるが、もうハッキリ聞いてしまいたい事を群雲は先に口にする。
「お前の目的は何だ?」
……ニンマリ。
「貴方の殺害。そして阿万寧姫と━━━━」
刀の一閃が、音速を遥かに超えた。
女の台詞に、群雲の怒りが頂点を通り越した故に。
「お前だけは、何が何でも……差し違えてでも殺す」
それは地を這うような、冷たい声だった。
「殺しても無駄ですよ! まぁ、殺せないでしょうけれど!」
対する女は、高らかな嗤い声で、瞳を楽しげに濁らせていた。




