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43-2 絶望到来です

「中居さん」


 だから私は、兄ちゃんと中居さんの会話を終わらせる事にした。


「もういって。たたかえない おきゃくさん、まだいっぱい居るよね?」

「はい、姫様達もご武運を」


 中居さんの姿が、小さく美しいアゲハ蝶になって消える。

 私は兄ちゃんの着物の袖を引っ張った。


「いこ」


 兄ちゃんがハッとした顔でこっちを見る。

 何も言い返せなかった自己嫌悪にでも陥っていたんだろうか? お年頃の男の子は大変だ。


「避難……ホンマにせんで良かったん?」

「ん!」


 勢い良く頷くと、兄ちゃんが「そっか……」と、少し悲しそうに笑ってから、今までプイプイの上に、私と一緒に乗ってたのに降りた。


「いざとなったらお兄さんが囮になるから、プイにしがみ付くんやで。プイ、死ぬ気で走れよ?」

「……みゃ」


 今、プイプイに物凄い圧が掛かったね。怒ったジィジ並みに重たいの……。


「あとコレ付けとき」


 そう言って、兄ちゃんは自分の首にかけて、服の中に仕舞い込んでいたペンダントを私にかける。

 何か術がかかってる?


「いざという時時助けてくれるヤツや」

「! ……かりられない!」


 大事じゃん! 多分ピンチの時の結界とか、死にかけた時に治癒してくれるアイテムでしょ? 超大事じゃん!


「良えから、ちゃんと付けとき。……良え子やから、な?」


 兄ちゃんが頭を撫でてくる。

 私はどうも、兄ちゃんの中でか弱い子枠に入ってるようだ。いつも小さな怪物枠だからちょっと新鮮かも。


「あぁ、そうや……名前」


 ギクリ、と。

 体が俄かに強張った。

 何を隠そう、実は私……


「七夜月ちゃんて言うんやね?」


 のらりくらりと、まだ兄ちゃんに名乗って無かったのである。


 だって、あの塵と一緒に住んでるんだよ? 変な事を吹き込まれて、私を敵認定しててもおかしく無い。


 せめてジィジがや麦穂達が一緒に居ればいきなり攻撃してくるタイプだったとしても問題無いけれど、私1人じゃキツイと思ったんだよ。

 だって兄ちゃんて━━


 ━━━━━━ッ!!


「みゃごぉおお!?」


 プイプイの叫びで、ようやく自覚する。

 音と呼べるようなものは無かった。

 いや……あったのかもしれないけれど、大き過ぎて聞こえなかったんだと思う。

 私は兄ちゃんに抱えられていた。

 私達の立っていた床が、いきなり崩れたからだ。


 崩れた床の下。

 空間の底には、感じた事の無い絶望で、充満していた。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ヒャヒャヒャ!! ヒーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」


 無数の感高い笑い声。

 赤子の笑い声。

 女の笑い声。

 老婆の笑い声。

 男の笑い声。


 全ての種類の、狂った笑い声が


 ━━━━空気を震わせる。




 ***


(三人称)



「選ばせてやる。今すぐ術を解除するか、その小さな脳ミソをぶち撒くか」


 血溜まりの中、頭を踏みつけられて無様に倒れる初老の鵺族の男が居た。

 ズルリと皮を剥かれた手の指先が、微かに一回、ピクリと痙攣する。

 しかし、もう手には用が無い。

 ある程度の情報を取りはしたが、一番重要な情報について男が答えないのだ。


 堪忍袋の尾など、もう擦り切れて存在しない。


 笑顔だった。それはもう冷たい笑みだった。

 そんな表情で踏みつけているのは、裏社会のドン━━では無く、藤紫だ。


 彼の後ろでは、紙弦と彩海がカタカタ震えながら手を取り合っていた。


「王子様が御乱心……」

「本邸は、堅気の集団じゃ無いって……本当だったんだ……」


 何やら大変な誤解が生まれているが、それを気にしていられる余裕は無い。

 すぐ目の前に居たにも関わらず、七夜月と強制的に引き離され、スマートフォンの電源が落ちた。挙句の果て危険な魔物擬きが跋扈する空間に連行されたのだ。藤紫の機嫌はMAXで悪かった。


「出来な、い……この術は、一度発動したら、一番強い魔物擬きを倒さなければ……」


 ミシリ。


「後はお前が死ぬかだろ? それに出来ないんじゃ無くて、やらないんだろ?」

「くっ……そう、だが……やれば……脳が焼け焦げて……」

「死ぬって? 今潰されんなら一緒だろうが」

「ひっ……ぎァ……ッ」


 ミシミシ……パキリ……。


 完全には破壊されていない。

 足に体重をかけて、ゆっくりと頭蓋の破壊されていく音が響く。


「じゅーう、きゅーう、はーち……」


 突如始まるカウントダウン。


「ほ……本当に、ぐっ……殺す気なのか!?」

「本気、本気」

「いくら鞍馬家の使用人とはいえ、鵺の━━篠山家の者に手を出してタダで済むと……」

「うるせぇ。()()()()()が」


 男は、その言葉を聞き完全に表情が抜け落ちた。

 ようやく自分達が何をやったか自覚したのだ。


「……いだ」

「あ?」

「あの女のせいだ!! あの女のせいだあの女のせいだあの女のせいだあの女のせいだあの女の━━」


 ゴキッ!!


「殺っちゃって良かったんですか!?」

「重要人物の影丸出しにして壊れてましたけど!?」


 容赦無く頭を潰した藤紫に、ドン引きとツッコミと驚愕が入り混じった紙弦達の叫びが上がったのは、当然の事だ。


「あと2人仲間が居るって言ってたから。運良く生きてたらそっちに聞くわ」


 冷ややかにそう言うと、藤紫は刀を抜いて周囲を破壊し始めた。

 男から得た情報から、急いで術を解除した方が良いと判断したのだ。


 判断材料は、術の範囲内に居る存在と、同等の強さの魔物擬きが生まれる事である。


 ━━巫山戯んなよ。此処には今、お館様(真正の化け物)が居るんだぞ……ッ!


 強い個体は生まれる迄にある程度の時間を要すると、今死体になった男は言っていた。しかしこの術が展開されてから30分近く既に経っている。具体的な時間が分からない以上、焦って当然なのだ。

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