40-2 初対面です
引き出しの壁が滅茶苦茶になった感覚。ていうか、瓦礫。
暫くの間、殆どの霊力を翼の修復に回してたツケがこんな所で回ってくるとは思わなかった。
私、訛りすぎだ。
瓦礫の中から、腕を伸ばしてどうにか這い出る。
相手の位置を音で探る。
天狗は鳥との共通点が多いけれど、聴力もその一つだ。
私が動く事で、一緒に小さく動く瓦礫の音。
相変わらずな水の音。
障子の向こうの影達の笑い声と、嗤い声。
提灯の紐に付いていた鈴の音。
何かがぐるりと旋回した時の、揺れる空気の音。
心臓の音。
心音がいやに大きい気がする。
大型の魔物? 何でこんな場所にいる訳?
私はもしかして、魔物が出る領地に強制転移でもさせられたんだろうか?
……いや、魔物にしては綺麗な気配だな……とにかく、タイミングが本当に最悪だ。
せめて片翼が戻っていれば動き回って急所を叩けただろう。
でも、まだ私の片翼は元の大きさの半分くらい。
まともに飛べもしない━━ハードモード。
「ふはっ……」
思わず口角が上がった。
『簡単に済まない』なんて、久しぶりの感覚だったから。
「いいじゃん。やってあげる」
ハードモードが何ぼのモンじゃあ!
真上からの風圧。
叩き潰す気満々なのを感じ取り、少しだけ後方に跳んでずれる。相手の体の一部が前方にある。
着地と同時に前方に戻る。
その時に羽根を2枚とって、脇差サイズの刃物に変えた。打刀でも良かったけど、長かったらその分、やっぱり見えてなきゃ使いにくい。
目指すは心音が一番大きい所。
さっきから、そこまで遠くに居る訳じゃ無いのに、攻撃の来るタイミングが若干遅い。それにさっき一瞬見たこの空間の広さと比較すれば……この敵にとって、現在地はテリトリー外の窮屈な場所に違いない。
私と一緒で、訳も分からず此処にぶち込まれたんだろう。
そう考えると、ほぼ高確率で悠揚から出された訳じゃ無さそうだね。
気持ちに少し余裕が生まれる。
そんな私の気持ちなど知る由もないだろう敵は、体をうねらせて、私の突撃を阻止しようとする。
だから、その余計な動きを逆手に取ってやる。
コイツはどうやら飛べるらしい。
荒々しく上に回避しようとしてるけど、無駄に動いて私に当てようとしてくる巨体を足場に、私も一緒に飛んでいた。乱気流の中を突っ切るように。
そうして随分上った結果、あの吊るされていた洋燈達に手が届くようになったのは、好都合だった。
洋燈と一緒に吊るされた鈴が鳴る。
沢山鳴り響く音の中、望んだ動き━━一撃目と同じ勢いの、下からの攻撃がついに来た!
紐を持って回転。
下から跳ね上げられる勢いに身を任せて、
「キリリリルアアァァアア━━━━!」
ずっと狙い続けた致命的な場所に、渾身の力で刃を肉に突き立てたのは、そんな甲高い悲鳴が上がる直前だった。
不快な高音に、怯みかける。けど、まだ浅い!!
「せいっ!!」
柄まで通してるはずなのにっ、何なのコイツ、表皮がもしかしなくても分厚い?
━━ブオンと。
離れた私の手。
風を駆け抜ける音と、風情も何もかもかなぐり捨てた鈴の音が、全思考を奪った。
……マジ? え? 私、落下中!?
しかも真上から勢いよく来てる。
コレは……空中で食い殺すつもりか、地面に確実に叩きつけるパターンだ!
どっちにしてもヤバい!!
ダメ元で飛んで避ける? いや、制空権は向こうが完全に掌握してる。そこに霊力使うよりも、防御に全振りする方がまだ生存率高━━
「キルルリイィアァァァアアアア!!」
「はえ?」
世界が一瞬真っ白になった。
けれど、本当に一瞬で、後はやっぱり視界は暗いまま……で、
いや……目隠しが、花びらみたいに散って、視界が、色が、戻ってきた。
明滅する世界。
紫電の中で焼けて、プリズムを放って、周囲に弾け飛んだ巨体。
そうして分かった事と、事実が一つづつ生まれる。
一つ目、分かった事。
私を殺そうとしていた大型の敵が、たった今消滅したという事。
二つ目、事実。
誰かに、抱き抱えられている事。
ラベンダーと薔薇の中間色のような綺麗な髪が見えた。
「はぁ……間一髪やったわぁ。大丈夫? おチビさん?」
鈴や洋燈、瓦礫の散乱した地上は、光の粒と雫が降り注いで、とても綺麗だった。
そんな場所で、私はついに出会ってしまった。
不思議な良い香りがする。
夏の夕立の後を思わせる━━優しい声音の妖。
「なんや自分、同胞さんか」
私と同じ紅色の瞳が、柔らかく細められる。
この世界の主人公。
今世の私の兄。
鞍馬 夜凪、━━その人に。




