40-1 初対面です
(三人称)
「大旦那様の意見を無視して本当に良かったのだろうか?」
料亭内のとある一室で、3人いるうち、1人の男が言った。
「仕方なかろう。血を見るよりはマシだ」
一人、筍の煮物を口に運ぶ。
しかし、あまり美味しそうには食べていなかった。
「……可哀想な事をしてしまった」
「おい」
「あの子は……道具にする為に、育てたのでは無い」
暗い面持ちで、3人とも黙り込む。
丁度そのタイミングで、障子が開いた。
「皆様、お待たせ致しました。お食事は如何でしょう? お口に合いまして?」
鈴のような女の声。
対して、3人の表情は暗い色から完全に消沈した。
招かれざる客という訳では無いが、歓迎したい相手でも無かったからだ。
「悠揚の着いたら、一切話しかけて来るなと言ったはずだが?」
「申し訳ありません。少々、予定が狂いまして、━━お願いが出来ましたの」
女の声と目が、冷たく鋭い色が乗る。
「これ以上、何を要求する気だ……」
対して、そう言った男の声は静かであるものの、沸々と湯が煮えそうな音を含んでいる。
「まぁ、元々の要求とさして変わりませんが……あの子が、絶対に嫁がざるを得ない状況にして下さい」
いっそ爽やかな笑みで言い切った女に、3人の尾の蛇達が一斉に威嚇を始めた。
「相変わらず可愛らしい蛇さん達です事。ですが皆様、もう私達は同じ船に乗っているという事を、お忘れかしら?」
箸や匙を握る手に力が籠る。
それを見て、彼女は相変わらず軽い調子で言葉を吐いた。
「簡単な事ですわ。料亭内の妖達を閉じ込めるだけですから」
***
「あ、お館様からだ」
紫陽花園を出て建物の中に戻るや、藤君のスマホが鳴った。
スピーカーモードじゃ無いから聞こえているのは藤君の声だけだが、多分そろそろ合流出来るんだろう。
お腹空いたー。何があるのか楽しみ〜。
芋栗南京は季節的に絶対あるよねぇ。
空腹と、紫陽花園での平和なひと時に気が緩んでいたんだろう。
耳奥で、妙━━な━━音が━鳴━━━━った。
━━え?
「姫様!?」
私と藤君の目線の位置がおかしい。
動いても飛んでもいないのに……、何で彼の頭が、私の斜め下にあるの?
ぐらり、と。
慌てて差し出された藤君の手を掴もうとしたのと、ほぼ同時だ。
平衡感覚を失い、その場に膝をついた時には、もう遅かった。
「……どこ?」
一度顔を上げたら、目の前がチカチカして気持ちが悪くなった。
霊力が乱れてるのが分かる。
少しの間、目を閉じる。
今のは、料亭の中だったんだろうか?
一瞬だけ見えた景色は、到底そうには見えなかった。
四方は延々と小さな四角い枠がハマった壁が見えた。
そう、木製の薬棚の引き出しみたいな。
時折その中に、鮮やかな色紙を使った障子戸があった。中では、異形の影が楽しそうにしている姿が映っていたと思う。
まるでこちら側が見えていて、嘲笑ってたようにも思えた。趣味、悪い……。
上は、天井がどこなのか見えないくらい高くて、西洋ガラスの洋燈や紙の丸い提灯が、宇宙の星みたいに浮いていたり、鈴と一緒に、吊るし雛みたいにぶら下がっていた。
パッと見えたのはここまで。今は、耳が近くを流れているらしい水の音を拾っている。
水の音……近いな。
囲まれてるみたい。
前後左右から、ピチャピチャ音がする。
そろそろ、目を開いても大丈夫だろうか?
自分の手が、まず視界に入る。
よし、普通に見える。
ふらふらしない。
「いけるね」
そう思った矢先、細長い何かが視界の端から猛スピードで駆けてきた。
「な……っ!?」
バチンッと、一瞬で目を何かに塞がれる。
何これ目隠し!?
取れなーい!!
頭の後ろでシッカリ結ばれてるのってリボン? 結び目は硬いし、目隠し自体が目元に引っ付いてるみたいになっててズレない。
四苦八苦していると、
何かの、気配を感じた。
……オーケー、視界を奪った犯人は十中八九コイツだ。
耳を澄ませる。
……水の音が邪魔だけど……。
━━ズオッ!!
早い!
━━ドグシャッ!!
左から襲ってきた衝撃に、鞠みたいに体が吹っ飛ぶ。避けるのは無理だと判断して、咄嗟に体を霊力で強化したけど……これ痛い。




