39-1 好きな子が可愛過ぎます
「ざんぎょう120時間はドリョクのあかし!」
「「「ざんぎょう120時間はドリョクのあかし!」」」
「やすみはユメの中でとれ!」
「「「やすみはユメの中でとれ!」」」
「すいみん時間は!?」
「「「3時間かくほ出来たらかちぐみですっ!!」」」
「やめたいモノは!?」
「「「よくえいぎょう日からカンリショクッ!!」」」
地獄かな……?
ずぶずぶのブラック企業としか思えない朝礼(?)を聞いてしまった私達。
あまりにも怖くて藤君と一緒にその場で固まっていると、リーダーであろう鴨が此方に気が付いた。
「おや! おきゃくさまですか? ようこそ花玉池へ!」
ぴょこぴょこと可愛いお尻を揺らしながら、声を弾ませる赤ちゃん鴨。
今の朝礼さえ聞かなければ、純粋に可愛いと思えたんだけどなぁ。
闇が深いんだよなぁ。
「ごきょうだいですか? おもいでに花浮かべはいかがです?」
「きょうだいじゃありません。『花浮かべ』ってなに?」
きっちり否定してから尋ねると、鴨は丁寧に説明してくれた。
『花浮かべ』とは文字通り、用意された花をこの池に浮かべる体験の事だった。
カップルなどを狙っての体験企画のため、花言葉がアレな青紫陽花は使わず、悠揚の外から仕入れた菊やダリア等、別の花を浮かべさせてくれるそうだ。
「ここカラフルなの、そういう事だったんだ」
「数日たつと みずを すって青くなるんですけどね」
本当だ。青いアネモネとか芍薬がある。
「やります」
「そっけつしたね」
気付けば、藤君が財布を出している。
……行動力。
「姫様が花を水に浮かべてる姿は絶対に可愛いと思いまして」
「うかべるの私か」
「200円です」
良心的なお値段!
今時珍しいと思っていれば、さっきブラックな朝礼をしていた残り3羽の鴨の赤ちゃん達が、花の沢山入った大きな竹編みの籠を紐で繋いで引っ張って来た。
「あのなかの花は、おしはらいをした方しか とれないジュツがかかってますので、お兄さんにとってもらってください」
盗難対策かな? 案外きちんとしてる。
「ところでカゴ、おもくない?」
思わず聞いてみると、ピシ! と示し合わせたように並ぶ3羽。
「しんぱいごむよう。われらも妖ゆえ」
「ふつうのカモより力持ちです!」
「キンニクツーは次の日きます」
1羽だけすっごい正直者が居たよ。
次の日筋肉痛なってんじゃん……。
「どれにしよう?」
カモ達が互いに嘴で突き始めたのを他所に、とりあえず花を選び始める。
可愛い集団のブラックぶりに注目すべき話が全て持ってかれてたけど、じっくり見ると籠の中、凄く綺麗。宝石箱みたい。
どの花も、咲いた一番綺麗な瞬間で時が止まったみたいだ。
実際、そういう術を掛けてあるんだろう。
何気に椿とチューリップと向日葵が混在してる。
季節が滅茶苦茶なのも、こうして見ると面白い。
「あ、高天原で育てた花っすね」
「分かるの?」
「地元なんで。それに仕入れたって事なら大体あそこかと。年中ごちゃごちゃ咲いてるんで、花はあそこの収入源なんです」
あそこを収めてる藤君の実家、洞爺家が魔窟みたいな家だから、花と結びつくの一瞬遅れた。
「色々ヤベー教育されましたけど、花道とそれに関する教養は、普通の意味で厳しく叩き込まれました」
『普通じゃ無い意味の厳しく』が存在する物言いにツッコミ入れそうになったけど、止めておこう。下手に聞いたら私の血管が怒りで切れるかもしれない。
ていうかキミはどれだけポテンシャルが高ければ気が済むんだ。ドロドロだけど名家出身で、顔面が世界遺産レベルで、ヘタレだけど性格自体は良くて、腕っぷしも強いのに花道も出来る?
私を悶え殺す気ですか?
「決めました?」
ハッ! 思考が飛んでて選ぶのを忘れていた。
どれも綺麗だし! これでいいや!
「これ!」
「…………選び直しましょ」
なんで?
私が指差したのは赤い菊だ。
何でダメなんだろう? でも藤君がニッコリもう一回「選び直しましょ」と言うので、別の花を選ぶ。
「これは?」
「もっと選び直しましょ」
水仙も駄目らしい。何故だ? 『もっと』て何だ?
「…………藤君えらんで」
「え」
「またダメだしされるのヤだもん」
ここまで選び直しを要求された私は、正直不満です。
実際に口に出しはしないけど、そう言わんばかりに頬を膨らませる。
面白そうって私もちょっとは思ったけれど、そもそもの言い出しっぺ藤君だし。
「じゃぁ……花金鳳花かなぁ」
淡いピンクの、幾重にもふわふわした花弁が重なってる丸い花を渡された。
お菓子見たいなお花。これ牡丹か薔薇かと思ってた。
花金鳳花って名前なんだ。聞き覚え無い花だけど、洋名だったら聞いた事あるかな?
両手で作ったお皿に優しく置かれた花と藤君を交互に見る。
「姫様によく似合うと思って」
「……えへへ」
胸の中がぽわんと暖かくなって思わず笑うと、藤君が不思議そうにしていた。
「おとこの子にお花もらうの、はじめてなの。うれしい、あと照れちゃうね」
前世、まぁ成人はとっくに済んでたからさ……。
付き合ってた人、居たんだよね。
花どころか何にもくれなかった上に浮気したクソ野郎のな。
本当にあの男と関わったのは人生最大の汚点だった……あ、殺意で霊力爆発しそう。思い出すの止めよ。
だって今、
「やばぃぃ……はにかむ姫様かあいぃ。つーか、はにかんでる理由からかあいぃ……」
すっごくカッコ良いのに、5歳児の一喜一憂に真っ赤な顔を覆い隠す、滅茶苦茶可愛い男の子と一緒に居るんだもん。
耳が赤いの、本当に可愛いね。
「いっしょにしゃしんとる?」
「とるぅ……」
この後、藤君とのツーショットより、私1人だけの写真を多く撮られた。
余談だが、藤君が赤い菊を駄目と言ったのは、花言葉が『あなたを愛しています』だったから。
体験企画とはいえ渡すのが恥ずかしかったし、渡すならちゃんと贈り物にしたかったんだって。
水仙が駄目だったのは、これもまた花言葉が『報われぬ恋』で、単純に好きな子に送りたくなかったらしい。
「その場で言えばよかったのに」って言ったら、教養で身につけたとは言え、花言葉に詳しい事を知られたくなかったんだって。
このやり取りをするのは、私の背がもっともっと伸びた未来。
落ち着いて見せても、本当は毎日気が気じゃ無いから、前の日よりも意識してもらいたくて、チークやグロスを鏡の前で試して、アイシャドウの色で毎朝悩んでしまう頃。
服は可愛いだけじゃ無くて、もう一歩綺麗なお姉さんに見えるように。
足りない身長を補うヒールの靴と、気分を上げる為の勝負下着を秘密で着けちゃう。
そんな、今より少し大人の女の子になった頃である。
この未来が、およそ10年後なのか20年後なのか、はたまたもっと先くらいなのか……。




