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37-2 鵺の姫と第二王子です

(三人称)



 七夜月達が待合室で話をしている頃。

 藤紫達は……、


「ゴルァア! 阿婆擦れメイド!! アンタ今雑魚犬狙うフリして私の事狙ってましたね!?」

「あー! すみませぇん♡ どっちも雑魚犬ですからぁ、ちょぉっと間違っちゃいましたぁ! テヘヘ♡」

「どっせぇぇい!! 私も足が滑った死ねぇぇえ!!」

「はああぁぁあ!? テメェも明確に狙って来てんじゃ無ェですか巫山戯んなよ!?」


 主にメイシーと彩海が、隙有らば雑に互いの寝首を掻きつつ獣の式神を潰していた。


「僕もう要らないかな〜?」

「元気やなぁ、女の子は……紙弦(しづる)、俺等此処数分あれ狩った?」

「いや、なんか狙いがあそこの怖い奴等に集中してますぜ」


 上から夜凪、藤紫、そして今回ようやく名前が出る少年、紙弦。

 女子達が奮闘している間、彼らは平和そのものだった。


「そういえば、藤さんは坊ちゃんが見合い中も護衛されるんですか?」

「いんや、僕は姫様の護衛」

「「姫様?」」


 キョトンとした顔で「要人の子でも来てんの?」等と言い出す彼等の反応に、藤紫は『やっぱりな』と思った。

 あの父親は不自然な程に七夜月を拒絶している。


 ━━現世の鞍馬邸では、恐らく姫様の話は禁句。人の入れ替わりが此処最近激しいとも聞くし……知らない奴のが多いだろうな。でもあっちは、お館様がずっとあの優秀な補佐官様を配属してるから……全員が知らないなんて事にはならない筈。それが唯一救いかなぁ?


「なぁ藤紫君……、真逆とは思うねんけど━━」


 夜凪の台詞が途中で止まったのは、空気が変わったからだ。


 圧倒的な霊力で、式神の気配が一切絶たれた。

 雨粒のような粒子がキラキラと弾け、周囲を舞い、宙へ溶ける。


 攻撃する対象が急に霧散した事で、拳が空ぶったメイシーは一瞬転けそうになったが、直ぐに体勢を立て直す。そして彩海は嗅ぎ取った気配に「ヒィッ!」と、小さく悲鳴を上げた。


「久しぶりだなぁ夜凪ぃ」


 隣に居る藤紫とは、また別の種類の金髪の美丈夫が笑みを浮かべて歩いて来る。

 濃藍の羽織に灰桜の袴、首に紅藤のストールを巻き、チャコールグレーの中折れ帽。

 今日はいつもより落ち着いた色合いだと夜凪は思った。

 黒い扇では無く、帽子を手に持ってヒラヒラ振っているのも少し新鮮だった。


「正月ぶりやね」


 当然ながら常世での話では無い。時折現世の屋敷に彩雲が赴くのだ。


「お前さんまた背が伸び……てはないな! ははははは!」

「……ぶん殴ってええ?」


 ポンポンと頭を撫でる彩雲に、夜凪のこめかみがピクピクする。


「そうカッカすんな。背が縮むぞ」

そこ(身長)に触れる会話や無いなら怒らへんのやわ」


 引き攣った笑みを浮かべる孫が面白いのか、彩雲ば悪びれ無くポンポンし続ける。


「ああ、そこのが元唐傘と、山犬の生き残りか?」


 彩雲の紅の瞳が、藤紫の横で固まっている紙弦とメイシーのすぐ近くで小さくなっている彩海を順に見た。

 彩海は見られた瞬間、一瞬で紙弦の背後に隠れた。


「思ってたより元気なヒヨっ子どもじゃ無ェか。饅頭でも食うかい?」


 個包装された栗饅頭を差し出す彩雲。彩海は気になっているようで紙弦の背後から饅頭を覗き込んではいるが手を伸ばさない。それを見て紙弦が代わりに彩海の分も受け取った。


「有難うございます」

「男前見たら誰彼構わず求婚する悪癖があるって聞いたが、俺はお目に敵わなかったか〜」

「大旦那、それセクハラですぜ」

「そりゃ失敬した」


 彩海は、先程から震えが止まらない。

 正直、顔は藤紫ほどでは無いがストライクゾーンの美丈夫だ。しかし、危機察知能力が彼女は人一倍高い。


 ━━『凄く強い』なんて次元じゃ無い。《《この方は》》、正真正銘の化け物だ。


 求婚など恐れ多いくて、とても出来なかった。

 無意識に上位存在を敬うのは、犬の本能でもある。


「さぁて、ボチボチ行くか。藤紫、お前さんは七を連れて庭の散歩しとけ」

「はい!」

「お館様! 私も━━」

お前さん(メイシー)は麦穂に用事言いつけられてんだろ?」

「そうでしたぁ……シクシク」


 藤紫が立ち去り、夜凪達は鼻歌混じりの彩雲と、完全に沈んでいるメイシーの後ろを着いていく。


 3人とも、先程の会話は聞こえていた故に、この間『七って誰?』と同じ疑問を抱いたが、口には出さない。


「ジジイ」


 だが、夜凪だけは少し様子が違った。


「お前さん、ウッカリでも相手さんの前でその呼び方すんなよ?」

「ンな事より……後で話あるんよ」

「……へいへい、聞いてやるよ。儂も気になってるしなぁ?」


 今明かせるのは、夜凪の言う話が七夜月に関する物では無い、という事だけである。

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