37-1 鵺の姫と第二王子です
待合室に二人を連れて戻った私達は、お茶を飲みながら話を聞き始めた。
2番目のお兄さん、柊恩寺 群雨は、鵺の頭領にして篠山家当主━━篠山 萌芽に気に入られ、ここ最近は実家に戻っているけれど、基本は修行という形で篠山家で生活しているらしい。
篠山 萌芽はジィジの術の師匠をやっていた事もあるそうだ。
初耳。じゃあジィジよりも強いのでは? めっちゃ凄いじゃん。いくら長寿の妖でも、生きてるのが不思議な程ご高齢だしね。
そして妖術の修行。
体術の修行。
月を見ようと木に登って降りられない当主のお迎え。
崖からバンジージャンプしようとしたら、紐を忘れて落ちる当主の回収。
ペットの猪とカバに吹っ飛ばされる当主の救助。
手作りの筏で川から海まで流され、遭難した当主の捜索……おいコラ待て。
「そのトウシュ、なに?」
大変な目に遭いすぎじゃない?
「お年寄りですから」
「全国のお年寄りがそこまで波瀾万丈な目に遭っとると思うとるのか? 年の功と珍事件に遭う回数は必ずしも比例せんぞ」
篠山……フルネーム面倒くさい。阿万寧さんで良いか。阿万寧さんがフォローを入れるが、私も簪も『何言ってんだ?』と固まる。
因みに件の当主は、阿万寧さんの高祖父に当たるらしい。……本当に何歳です?
修行よりも当主のお世話に追われていたお兄さん━━群雨さんが疲れ果てた結果、一緒に学んでいて年が近くて可愛い女の子と、仲良くなってお付き合いに至ったのは、自然な流れだった。
「私達が交際している事を家族に伝えても……駄目だって、それでこんな事に」
悔しそうに涙を浮かべて、阿万寧さんは俯いた。
「かかくはつりあいとれてるのに、何がダメだったの?」
「鬼は次の王になれんからじゃろ」
あぁ、それ狙いか……。
常世では300年に一度、王戦を行い六華将の代表者から次の王を選ぶ。
けれども2度建て続けに王を輩出し、600年間王族となった一族は、次の王戦には出られない。
だから次の王は、必然的に鬼以外。
ただ六華将の家に娘を嫁がせたいだけなら群雨さんで問題無いけれど……。
「限り無く本命に近い保険だな。次の王は天狗か狐から出ると踏んでる連中が多いんだ。鵺の一族には、今回そこまで秀でた能力持った奴が生まれてなくて、龍は正式な嫡男が家出中。人形は基本臆病者しかいないから」
へー……私、狐にとって印象悪そうだから、狐が王族なったら虐められちゃうかもなぁ。
あと家出してる龍の嫡男、家で就職してるし、何なら今日此処に来てるんだよね……。
「よし。このおみあい、つぶそ」
「良いんですの!?」
「うん」
嬉しそうにしつつもだいぶ困惑気味な阿万寧さんに頷く。
兄ちゃんは多分断り方が分からないから此処に来ちゃうけど、だからこそお見合いには乗り気じゃ無いはず。
ジィジは私とお昼ご飯食べたくて此処に来ただけ。お見合いはついで。
だからこのお見合い、普通に私達にとってはどうでも良いんだよね。
いや……むしろ上手く行っちゃう方がマイナスかも。
……でもこの状況、疑問が一つある。何でこんな状況なのに、
━━━━原作でこの子は、兄ちゃんに執着しちゃったんだろう?
そこが分からなくて気持ち悪いけれど……もしかしたらもう一個の問題が関与してる?
「群雨さんのおみあい、こっちどうすんの?」
もう一個の問題について率直に問うと、簪と阿万寧さんはそこでようやく気付いたらしい。阿万寧さんのお見合いを潰すだけでは、何も丸く収まらない事に。
「そもそもあいてはどこのおじょうさん?」
「分からない」
は? いやいや、は? お見合い今日でしょ? この後お見合いするんでしょ?
「兄者? 父上や兄様が言わなかったのか?」
目を瞬かせる簪に、「それは確かに俺も聞いた」と。
群雨さんは、淡々と茶を啜りながら答えた。
「どこの誰なのか、聞いたし釣書も見た。けど、詳しい事を思い出せないんだ」
うわーお。完全にアウトな臭いしかしない。
「だから━━」
空間が群雨さんの手元で陽炎のように歪む。
「武器を持ち込んでいる」
無表情な彼の手には、一振りの日本刀があった。
……ん!?
「はぁ、そういう事か……。兄者、仕事で来たなら先にそう言うのじゃ」
私と阿万寧さんは、黙って簪に視線を向けた。
「兄者は王家の中でも一番裏方中の裏方で」
……あ。
「お口チャックと夜の散歩が得意な」
あ……あ……。
「人目に触れぬ御奉公をしとるのじゃ」
ゴクリ……。
「せいしきめいしょうは?」
「言った瞬間に妾も含めて首が飛ぶぞ」
「おーけー、はあく」
王家の暗殺者とか暗殺者とか暗殺者だ。




