36-1 スキャンダルです
ジィジが「夜凪達迎えに行ってくるから、その間此処で良い子にしてるんだぞ」と笑顔で離れて早数分。
「うわあああぁぁあん!! 夜凪殿が汚されるのじゃあああああ!!」
「なんてこというのこの子……」
料亭の待合室。開け放たれた障子窓の向こうは広々とした中庭が広がっているのだけれど、私達のいる部屋からは、淡い水色の女郎花と萩が静かに揺れる様がよく見えた。
此処の植物、何でも本当に青系統になるんだね。
ガチで真っ青だったらホラーっぽくて怖かっただろうけど、ネモフィラくらいの色合いだから目に優しい。
そして私は今、のじゃロリに捕まっている。
ていうか、簪である。
何で此処に居るのか聞いたところ、偶然にも今日、簪の2番目のお兄さんもお見合いらしい。折角だから簪も美味しいご飯食べといでみたいな事を言い、簪パパが送迎馬車など含めて手配したようだ。今朝、麦穂だけじゃ無く小鞠さんも忙しそうにしてたのはそういう事だったのね。
ていうか、送迎馬車とか出してくれるんだ此処。何でジィジ、列車使ったんだろ?
ま、いっか。銀河鉄道、結構面白かったし。
「えぐえぐっ……きっと婚約してる事に託けて屋敷に連れ込まれてしまうんじゃ。朝昼晩問わず尻尾の蛇に蹂躙されるんじゃ……ぐすんぐすん」
にしても酷ェ言い草だな……。
鵺の子にも兄ちゃんにも超失礼だよ。
「簪、ヌエきらいなの?」
「いや、夜凪殿の妻の座を狙う全雌が死ねば良いと思うとる」
おいおい。セッティングした大人達はともかく、当事者の子が兄ちゃん狙ってるかなんてまだ分からないでしょ。
てか、好みの男が兄ちゃんっていうのは聞いたけど、いつの間にこんな過激派ファンになってたのかな? フリーになって、色々外れた結果か?
「おのれ鵺……篠山家め……っ」
涙目でぐぬぐぬ拳を握る簪。
初秋の穏やかさが、全部この子の声で吹き飛んでいく。
悲しい……。お腹も空いた。
「〜〜〜〜ッ! ……っ」
私の耳はその時、部屋の外で誰かが言い争っている声を拾った。
「どうしかしたのか?」
私の様子に気付いた簪が不思議そうに目を丸くする。
「へやのそと……まんまえじゃ無いけど……くるトチュウの、ろうかのかど? あたり……? わめきごえがきこえる」
「品の無い輩じゃな? 妾達も普通に来るスペースじゃぞ」
「やれやれ、まったく」
普通は無視しなくてはいけない。
が、落ち着き払って話している私達の好奇心は猫並みである。
普通に待合室から出て様子を見に行ってる最中だよ!
「わ、私! 貴方の事なんてもうキッパリ諦めてるの!」
場所は思った通り廊下を曲がってすぐだった。
まだ姿形は肉眼で捉えていないけれど、此処まで来れば女の子の声が、はっきり聞こえる。
簪とアイコンタクトを取る。
『気配消すぞ』
『がってんしょうちのすけ!』
足音も気配も断ち、気分は獲物を追い詰め仕留める寸前の狩人。
廊下の角の影から、私達はとうとう争っている人物達を目に━━━━あえぇぇえええ!?
ちょ、っと! 待て待て待てェ!!
10代半ばくらい美少女が、同い年くらいの美少年に壁に追い詰められ、濃厚なキスを交わしていた。
これ子どもが見て良いやつ!? いや、私は中身がアラサーいってるから問題無い! でも簪には刺激強いんじゃ無い!?
「あ……兄者?? 何をしておるの??」
私、絶句。
美少女&美少年、これでもかってくらい目を剥いてこっちを見た。
美少年、まさかの簪の2番目のお兄さんかよッ!!
つまり何? 今私……王族のスキャンダルに真正面から鉢合わせてしまったって事!?
「なんだ……簪か」
見ていたのが妹だと分かった瞬間、落ち着きを取り戻した黒髪の美少年が、美少女に再び向き直る。
「は!? 続ける気なのか!? 正気か兄者!?」
「誤解するな。落ち着かせてやっていただけだ」
「いや落ち着いとらんじゃろ! 乱れとるじゃろ!」
うん、そうだよね。
美少女が静かでいる事が、それを語っている。
ぽわーッと完全に茹っている状態なのだ。
息は荒く、頬の血色が良過ぎるくらいになっていて、口を少し開けた状態で目が潤んでいる様が…………一言で言うと、艶かし過ぎる。




