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35-2 兄ちゃんです

 制服効果だけでなく吊り橋効果もヒットし、真っ赤な顔で彼女はアワアワしていた。

 していた筈だ……が!


白銀 彩海(しろがね あやみ)です! 生理来てます!! 交尾してくださいッ!!」


 近年考えうる限り、最低極まりない告白をかました。


 空気が、明らかに凍りつく。


「……彩海、彩海。ちょいとこっちおいで」

「坊ちゃん、アレはもう他人って事で捨てやしょう。坊ちゃんの品位が損なわれる」


 否、もう損なわれた……。そう口にした麹塵の少年の拳が、怒りに震えている。


「いやぁ、飼い主の責任ってのがね、あるから……」


 対して、もう1人の彼の表情はとても朗らかだった。

『もう嫌だけど、慣れました』と、顔に書いてある。

 そんな少年達の声は、勿論二人にもバッチリ聞こえている。

 少女がギラリと睨み利かせた事は、言うまでもない。


 そんな彼等に、ようやくフリーズ状態から戻った藤紫が渇いた笑みを浮かべる。

 コレが全くの赤の他人なら、藤紫は少女を絶対零度の目で物理的に斬り捨てていただろう。


 ━━流石に、若様の()()()斬ったら、遺恨が残って面倒だよなぁ。


「あー、ごめんね? 僕もう番いるから……」


 ガクッと、その場で少女━━彩海は崩れ落ちた。


「無念……っ」

「何なのこの子?」

「すみませんねぇ、うちの子が」

「すぐリード付けますんで」


 彩海をそそくさと回収する二人の連携は、本当に慣れているソレだった。


「所で、お兄さんは俺等の迎えに来てくれはったって認識で良いんですやろか?」


 問いかけたのは桃紫の髪の少年━━鞍馬 夜凪である。


 己の服装が鞍馬家関係者である事を意味していると重々承知している藤紫は、即座に「はい」と応える。


「洞爺 藤紫です」

「顔良すぎん? 何食べたらそうなるん?」

「普通に米っす」


 背後から「藤先輩(せんぱぁい)!」というメイシーの声が聞こえて来たのは、丁度その時。

 常世の屋敷も現世の屋敷も、鞍馬家は少数の要職を除き、ほぼ使用人は和装を纏っている。

 場所が場所である為いつもの膝上丈では無いが、ヴィクトリアンメイド服姿の使用人(メイシー)に、少年二人は『可愛い、珍しい』とごく普通の感想を浮かべた。

 しかし、彩海だけは違った。


「何だアイツ……」


 彩海は、とても珍しい犬(※狛犬では無い)の妖だ。

 非常に鼻が良い。そんな彼女にとって、夢魔の匂いは初めて嗅ぐものであると同時に、()()に近かった。

 しかもそんな女が、一瞬で玉砕したとは言え、一回ロックオンした男を何やら甘ったるい声(※喋り方の癖)で呼んでいる。


 つまるところ、印象がよろしく無かった。


「私も昨日から先輩と組まされてストレス溜まってるのにぃ、予定に無い動きしないでもらえますぅ?」

「若様達がもう襲われてたの。全力で走って来なきゃ駄目な案件」


 ひょこりと。

 藤紫ごしにメイシーが覗き込めば、改めて見て目が合ってしまった少年二人の体温が上がり、少女はやはり怪訝に眉を寄せている状態。


 二人の異変に気付いた藤紫が「あ!」と声を上げて動いたのは直ぐだった。

 彼等の目を覆うように手を当てた彼は、簡易の解呪と同じ要領で力を流す。


「先言っとかないとでしたね〜、すみません。あのアホの子夢魔だから、あんまり常世の空気馴染んでない奴にはオートで魅了かかっちゃうんすよー」

「ナチュラルにディスらないでくれますぅ? 肋の骨また折られたいんですかぁ?」

「あはは! 調子乗ってると首の骨先におるぞクソ後輩、()()()()()()


 二人のやりとりに、夜凪達は仲が悪いのかと思い冷や汗を静かに流す。しかし、彩海だけはやっぱり違う反応をした。


「おい」

「ん? あぁ、敢えてスルーしてたリードの子。どうしましたぁ?」


「そこもお兄さんの番って、アンタ?」

「喧嘩を所望かクソ餓鬼? 良し買ってやる」


 メイシーにとって、藤紫は同僚であると同時に、大事な姫様(七夜月)のお気に入りになった憎き恋敵的な奴でもある。

 今の会話だって、仲の良さは伺えなかった筈だ。

 友達どころか番と間違われるなど、彼女にとっては筆舌尽くし難い屈辱である。


「彩海! 絶対違うぞ謝れ!」

「変な突っかかり方するんちゃうで! ごめんなぁメイドさん、よう言って聞かすから」

「止めないで若様! コイツ馴れ馴れしくてウザい系の雌の臭いするんです! 王子様と近いのムカつく!!」

「やっぱ殺す! このヘタレと一緒に消し炭じゃあ!!」


 彩海を抑える夜凪達と、ちゃっかり自分も消す気でいるメイシーを押さえ込む藤紫。

 収拾がつかなくなって来た所に、


 ━━無音。

 否、正確には音が響くよりも先に強襲。そしてまた即座に全員が反応し、最後に激しい水音が鳴り響いた。


 またしても、同じ猿にも犬にも見える獣の群れだった。


「何なんですかぁ? この式神達……ビックリする程弱っちぃ癖にぃ、嫌な所から来ますし早ぁい。若君ぃ、()()()()()って聞きましたけど何方の恨みを買ったのでぇ?」


 濡れたスカートの裾を絞りながらメイシーが問い掛けるが、夜凪は何とも言えない表情で目を逸らした。


 藤紫とメイシーが前日から悠揚に派遣され、夜凪達の元に訪れたのには、そう言った事情があった。

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