33-1 レッツ、ランチです
「ほう……? コレはまた……」
そろそろ夏の気配さんが形を潜めてくれないかな〜? と思う今日この頃。
少し前に5歳になった私は、ジィジの部屋でオヤツを食べていた。
ツクツクホウシの名残惜しそうな声がBGM。
甘いの食べたから、次は塩っぱい物が欲しいなー。
「ジィジ、おせんべ たべたい。ジィジのよこのカンとって」
「ん」
ゴト ←リンゴ
「これリンゴ」
「ほい」
コン ←サブレ入りの木皿
「これサブレ」
「こっちか」
ゴン ←硯(大サイズ)
「……じぶんでとる」
ジィジは読んでる手紙に夢中で、周りが見えていないようだ。
自分でとった方が早いと判断した私は、まだ少しフラつくけれども、慣れてきた体でジィジの横に移動した。
大きなこの缶の中には、ジィジが隠し財産よろしくお煎餅を貯蔵している。
とはいえ金庫のように鍵がかかっている訳では無いから、本来開けるのは簡単だ。
……ただ、今はジィジが肘掛けにしていた。
そろそろ泣いて良いだろうか?
「ジィジ……」 ←悲しそうな顔
腕を退けて欲しくて着物の袖をきゅっと握った。
「あぁ、すまんな」
腕がどけられ、ようやくお煎餅にありつける。
わーい! お醤油……あ、明太子入ってるのも美味しそう……海老味も……迷う。
「七」
「なぁに?」
どれにしようか迷いに迷い、とうとうチーズを挟んでいる物に決めた。
チーズのお煎餅って、ほとんど外れないよね。
「夜凪に会ってみるか」
「ふぁ?」
お煎餅をくわえた瞬間に聞かれた事だったので、間抜けな返事になってしまった。
「夜凪に見合い話が来ていてな」
「どこ?」
「鵺の一族からだ」
あ、あの子との婚約の話って、このタイミングで出てたのか。
原作では、兄ちゃんの元婚約者候補がちょいちょいしゃしゃり出てくる。
所謂ヒロインちゃんの当て馬キャラだ。最期は凄惨な死に方して、多くのファンがスッキリしていた。
「なんで私にきくの?」
「会いたくないか?」
「どーでもいいかも」
別に兄ちゃんの事は好きでも嫌いでも無い。
会った事が無いからだ。
あの塵カスクソ野郎は私を害してくるけれど、兄ちゃんは私の母親が話していなければ、私の存在すら知らない可能性が高い。
「そうかい、なら無理に会う必要は無いさ。けど見合いの日な、飯は料亭の美味いもん食わねぇか? 一般公開してる方で丁度食べ放題やって━━」
「いきたーい!!」
なーんだ! 気の重たい話かと思ったら、お昼外で食べよって話ね! 行くに決まってるよ。六華将の家がお見合いに使う料亭でしょ? 絶対お高くて美味しいところだ!
食べ放題! 前の日からお腹空かせておかなきゃ!
━━当日。
空はすっかり秋色を帯びているのに、まだ頬がじんわり温まる。
そのくせ夏は『必死に生きてます!』と言わんばかりに騒々しかった蝉の声が、別の楽しげな虫の音に変わっている。
ジィジの転移術で、発雷領の隣(※青柳領じゃ無い)の領地にある駅のホームまで来ている今日この頃。
ホームと言っても、正直廃駅にしか見えない。
いや、廃駅に見えればまだ良い方だろう。
石造りの長方形の建造物があるだけで、周りはどう見ても野原ですから。
そんな場所で私は……、
「きもの……いっぱいたべられない」
━━とてもションボリしていた。
朝一麦穂がやって来たかと思えば、件の料亭はちゃんとしたドレスコードが必要らしく、着物姿になってしまった。




